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いつもながらの柴田の凡人には理解しがたい行動に、さすがの真山も一瞬唖然としてしまった。

「真山さん、追いかけへんの?」

「何で俺が?」

彩の言葉で冷静に戻り、真山がいつもの無愛想な返事をする。

すると、仕方ないとため息をつき、彩が千円札をその場に出した。

「何、これ?」

「アタシ、『柴田が酔っ払いに絡まれる』に千円」

「は?」

「金太郎、アンタは?」

「は?えっと、じゃあ『東大ちゃんが泣いている』にごひゃく・・・いや、千円いっときます」

彩の鋭い目つきを感じ、遠山が上方修正した。

「近藤さん?」

「あ、では『柴田さんが真山さんに助けを求めている』に千円、お願いします」

「と、言うわけなんで真山さん、見てきてくれへん?柴田」

「何で俺が・・・」

真山はなおも、嫌そうに言った。

「だって、今酔っ払ってないの、真山さんだけやもん。

見てみぃ。金太郎も野々村さんも近藤さんも顔真っ赤やん。こんなんで柴田見つけられると思う?」

「賭けなんて急にするからだろ?俺関係ないもん」

「真山さんも参加したらええやん」

「嫌だね。ばーちゃんの遺言で賭け事だけはするなって」

「嘘言いな!賭けマージャンのこと、警視庁にいったろか?」

「あー!もう、わかったよ。じゃあ、はい」

真山が無造作にポケットから千円を取り出し、彩に渡した。

「で?真山さんは、なんに賭けんの?」

面倒くさそうに真山が立ち上がり、ゆっくりと首を回しながら言った。

「お前らが言ったこと全部に、五千円」

そして、真山もまた人ごみに消えていった。

 

「足りんやん。お金」

「まぁまぁ、真山君らしいじゃないか」

「あ、そういえば元係長もいたんや。どれに賭ける?」

「んーと、じゃあ僕は『真山君と柴田君がこのまま戻って来ない』に千円、かな?」

「ええとこ突くなぁ」

彩が笑った。

「さすが、ゴリさん・・・」

近藤が感心したように呟いた。

 

 

柴田は、そう簡単に見つからなかった。

人の多さのせいにも思えたが、自分が意地を張って探しにいかなかった時間と、酔いのせいかあまり思うように動かないからだのせいにも思えた。

「・・・どこだよ、あの馬鹿」

何しろ、相手は筋金入りの方向音痴だ。

しかも酔っていた。思っているより遠くに言ってはいないと思うが、何故だか嫌な予感が過ぎる。

『柴田が酔っ払いに絡まれる』『真山さんに助けを求めている』『泣いている』

先程みんなが口々に言っていた無責任な賭けの内容が頭を過ぎる。

「早く柴田を見つけなくては」それだけが、真山の今の原動力であった。

 

 

しばらくして、耳に聞きなれた声がした。

けれども、聞こえてくるのは少し痛い声。

 

「やめてください!」

どうやら酔っ払いに絡まれているらしい。

(木戸、当たりだな・・・)

 

「やめてくださいってば!もう〜!真山さ〜ん!!」

(近藤さん、当たり。)

 

「真山さ〜ん、助けてください〜!!真山さぁ〜〜ん!!」

(あ、泣いたな。京大当たり。)

 

そこで、ようやく柴田のいる所にたどり着いた。

「何してんの?柴田」

「あ、真山さ〜ん。助けてください〜。この方が・・・」

柴田がべそをかきながら、真山の後ろに身を隠す。

「なんだぁ?お前。俺はこのオネーチャンに用事があるんだよ!」

酔っ払いのオヤジが据わった目でこっちを見ている。

柴田を横取りされて、気分が悪いのだろう。

・・・けれどもそれは俺だって同じだ。

 

無表情で胸ポケットから警察手帳を出す。

そしてにっこりと作り笑いをして少し脅す。

「すみませんね、これも仕事なもんですから。あ?それとも拘置所とか興味あります?」

酔っ払いが顔の色を赤から青に変えた。

「す、すいません!!」

大慌てで酔っ払いがその場を後にする。

―相手が悪かったな―心の中で小さく呟いた。

 

後ろを振り返ると、柴田がまだうっすらと涙を浮べていた。

「だからお前、何してんの?」

「こわかったです、真山さん〜」

「はいはい。アレぐらい自分でどうにかしな。子供じゃないんだから、な?」

「はい・・・スミマセンでした・・・でも、どうして私、こんなところにいるんでしょう?」

「覚えてないの?」

「はい。お酒をいただいたところまで覚えているんですけど・・・」

「お前、この先一生禁酒ね。」

「ええっと・・・何かご迷惑おかけしましたか・・・?」

「うん。みんなの前でストリップしようとしたり?」

「えっ?」

「俺に抱きついたり?」

「ええっ?」

「俺の名前呼ぼうとしたり?」

「ええええ〜!?」

柴田が真っ赤になってあほのように口をパクパクさせている。

「じょ、冗談ですよね?」

「全部本当。嘘偽り無し」

「もう、お嫁にいけません〜。」

「あれ?いく気だったの?お嫁」

「・・・勿論です。あぁ、すみません。未来の旦那様〜」

本気で悲しそうな柴田の顔を見て、真山が楽しそうにくっくと笑う。

 

「・・・で、どんな感じがしました?」

「何が」

「えっと、その、私が真山さんのお名前をお呼びしたわけでしょう?」

「ううん。お前意気地ないから、結局呼べずじまいだったぞ」

「はぁ。そうだったんですか・・・。ちょっと残念です」

「残念なの?何で?」

「だって、真山さんのお名前を呼ぶことなんて、酔ってなきゃ出来ないじゃないですか?」

「酔ってても出来なかったくせに」

「あははは。」

「ってゆうかさ、呼べばいいじゃん。名前くらい。減るもんじゃないし」

「え?いいんですか?」

「別に、駄目って言った覚えないけど?」

「そういえば・・・言われた覚えもありませんね」

「だろ?」

真山が、得意げに言った。

「でも、なんか照れませんか?・・・名前って」

「何で?ただの記号でしょ?」

「記号って・・・じゃあ真山さんが呼んでみて下さいよ。」

「いいよ、別に。『純』・・・これでいい?」

「・・・なんか気持ちがこもってないです。」

「あのね、名前呼ぶたびにいちいち気持ちなんて込めてられるかっての。

俺が一日何回お前の名前を呼ぶと思ってんの?」

「でも、・・・一回くらい、気持ちを込めて下さいよ」

「面倒くせぇー。パス」

「じゃあ、私がお手本を見せましょうか?」

「・・・酔っ払ってても、言えなかったくせに?」

「酔ってたから、言えなかったんです。」

「・・・じゃあ、どうぞ?」

 

真山が、少しからかったように柴田を促す。

柴田は、やっぱり緊張してしまっていた。

人の名前を呼ぶのに、こんなに緊張するのは初めてなのではないかと思った。

でもよかったと思った。

初めて名前を呼ぶのが、この人で。

 

「とおる・・・さん・・・」

やっと、口から出てきた言葉は思っていたよりもずっとずっと小さくて。

お花見の喧騒にかき消されてしまったかもしれないと、柴田は思った。

初めて名前を呼んだのに。気持ちを込めて呼んだのに。

 

「うん、まあいいんじゃない?」

「え・・・?」

「今の。気持ち、ちゃんとこもってたじゃん?」

「聞こえ・・・ました?」

「うんまぁ、ちっちゃかったけどね」

「へへ・・・」

 

柴田はとても嬉しかった。

この人は、ちゃんと聞いてくれる。

どこにいても、見つけてくれる。

どんなに小さな声も、どんなに小さな涙も。

 

「真山さんは、呼んで下さらないんですか?」

「え?何で?」

「私はちゃんとやりましたよ?お手本」

「うん、でも俺は呼ぶなんて約束してないもん」

「・・・そうでした・・・」

柴田が、悔しそうな顔をした。真山がそれを見て少し笑った。

 

ぽんぽんと真山が柴田の頭を優しく叩いた。

「帰ろうぜ。」

「え?でもまだお花見・・・」

「後は手の付けられない酔っ払いの世話だぜ?お前やりたい?」

「でも、この花見の目的は、弐係の親睦を・・・」

「これ以上の親睦なんてごめんだね?仲良しクラブじゃないんだからさ。」

「でも・・・・」

渋る柴田に、真山がそっと耳打ちをする。

 

―いいじゃん、こんな所より。ウチ来いよ、純―

 

とびきりの思いを込めて。

「・・・なんか、てれますね・・・」

「・・・だな。」

真山の返しがかわいらしくて、柴田は思わずくすりと笑う。

「・・・やっぱり、慣れないことはするもんじゃないね」

「そうですね。・・・・でも」

「でも?」

「たまには、いいですね」

「・・・たまにはな」

 

 

その後、全員が当たった賭けの配当金は何故か柴田が無理矢理払うハメになったとか、ならないとか。