熱い。 肩が、すごく熱かった。 痛みを越えた熱さ。 以前感じたことはあるけれど、やっぱりこの感じはどうしても慣れない。
そんなことを感じながら、目が覚めた。
「柴田」 目が覚めて、一番に目に入ったものが真山さんで、思わず顔がニヤついてしまう。 「あ、真山さ〜ん。おはようございますー」 「おはようございますじゃないよ!お前寝てたんじゃないの!気絶してたの!」 「あれ?そうでしたっけ?」 「肩、痛いでしょ?・・・大丈夫か?」 いつになく真剣な真山さんの表情に切なくなってしまう。 真山さんが私の肩を一生懸命、止血してくれている。 「そういえば、私撃たれちゃったんですっけ?」 ぼんやりと、さっきあった事を思い出した。 「そう。この馬鹿!自分から撃たれるヤツがあるかって言うの!」 真山さんが、すごく辛そうに私を責める。きっと、自分を責めているんだと、思った。 「だって、真山さんがこれ以上怪我するの、見たくなかったんです」 「俺だってお前が怪我する所なんて見たくないの!自分が怪我したほうがよっぽどいいよ」 「真山さん、さっき撃たれた腕、大丈夫なんですか?」 「ああ、こんなのはねかすり傷。・・・お前さ、俺のことより自分のこと心配しろよ」 「だって、自分のことより、真山さんの方が心配です〜」 「・・・俺は大丈夫だからさ。お願いだから、無理しないでくれ」 真山さんが、静かに諭すように私に言う。 それでも、やっぱり心配で、私はその真っ赤になった腕に触れた。
「馬鹿。俺なんかのために命張ってるんじゃないよ、お前は」 「・・・『俺なんか』って、言わないで下さい」 「何で?」 「真山さんは、私が命を懸けるって決めた人です。いくら真山さんでも悪口言うのは許しません」 「自分のことだもん、いいでしょ?」 「よくないです!真山さんはもっと、自分を大切にしてください。 真山さんは自分が思っているより、ずっとずっといい人で、ずっとずっと皆さんから愛されているんですからね?」 「あれ?俺って意外と人気者なの?」 「そうですよ〜。・・・ですから、御自分のこと、もっと・・・」 「お前は?」 「え?」 「その、『俺を愛してくれる皆さん』の中に、お前は入ってんの?」 「は、入ってますよ?もちろん・・・」 「そ」 満足そうに真山さんが笑った。 真山さんはいっつも眉間に皺を寄せているけど、笑顔の方が似合うのになぁとぼんやり思った。
「嬉しかったです」 「何が?」 「私を、置いていかないで」 「お前を置いていけるわけないでしょ?」 「あ、忘れましたか?以前、同じような事があった時、真山さん私を置いて逃げたんですよ〜」 「ああ、そういえばそんなこともあったね。でもしょうがなかったんだよ、あの時は」 「・・・わかってます。でも少し、寂しかったです」 「悪かったよ」 真山さんが、私の髪を撫でた。 「あの時は、これ以上お前にあの事件に関わって欲しくなかったんだ」 真山さんが遠くを見ながら言った。あの事件を思い出しているのだろう。 「そうだったんですか?」 「そう。お前にこの事件を忘れて、幸せに刑事の道を生きて欲しかったんだ」 「・・・じゃあ、今は?」 優しく笑うと、真山さんは真っ直ぐ私のほうを見て、言った。
「今も、お前には幸せになって欲しいよ?・・・俺と一緒にね」
「え、でも私足手纏いですよ?」 「うん、知ってる」 「いっつも真山さんに迷惑ばっかりかけてるし・・・」 「うん、迷惑ばっかりかけられてるね」 「とろいし、どんくさいし・・・」 「おまけに頭も臭いしね」 「真山さん、何も得しないじゃないですか?」 「うん。損な事だらけー。かわいそう、俺」 「それでも、いいんですか?私なんかが一緒にいても、いいんですか?」 思わず、声が震えてしまう。
「・・・『自分なんか』って言わないで下さいって言ったの、お前じゃないの?」 「・・・え?」 「お前は、自分が思ってるよりもずっといいヤツで、自分が思ってるよりも俺に愛されてるの、知らなかった?」 「・・・知りませんでした」 急な真山さんの優しい言葉に、涙も出なかった。 ただ、胸の奥が痺れたような、溶けたような変な感じがした。
「お前ってかわいそう。俺なんかにつかまっちゃって」 「・・・どうしてですか?」 「ん?だって俺、絶対お前離すつもりないもん。逃げらんないよ?ご愁傷様―」 「逃げたいなんて思いませんから、大丈夫です」 「ホント?俺、言っとくけどしつこいよ?ある意味ストーカーだよ?」 「大丈夫です。私もしつこいですから。ストーカーします」 どちらからともなく、見つめあって笑った。
「―お前がさ、イヤだってわめいても、不幸になっても、地獄に落ちゃっても、俺は絶対お前のこと離さないから、お前も死んでもこの手を離すんじゃないよ?」 真山さんが私の手をきつく、握る。 「離しません。一緒に、生きていくんですもんね?私たち」 握られた掌の上から、そっと手を添えた。
真山さんが、泣きそうな顔をしているように見えて、真山さんの頭を撫でた。 「何してんの?」 「なんか、真山さんが泣きそうだったから・・・」 「泣くかよ。こんなことで」 そういって笑う真山さんの顔が余計に泣き出しそうで、もう一度、頭を撫でた。
私の肩から流れている血と、真山さんの腕から流れている血が、硬く結ばれた掌で、一緒になっていた。 混ざり合う二人の血を見て、私の中の血でさえも、真山さんを求めていて、真山さんを必要としていると思ったら嬉しくなった。
どちらかのものかわからない血を真山さんがぺろりと舐めた。
なんだか、ぞくぞくした。
「お熱いですねぇ、お二人さん」 朝倉が、いつの間にか私たちの背後に来ていた。 「朝倉ぁ・・・」 真山さんの目つきが変わる。 「いいですね、真山さんその目。もっと僕のこと睨んで下さいよ」 「変態」 真山さんが少しずつ位置を買えて、朝倉から私を遠ざける。 けれど、つないだ手は離さなかった。 「そう、もっと僕の事を見て下さい。もっと、もっと・・・」 朝倉は、楽しそうに真山さんを見下ろしている。
あ!そういえば、朝倉は・・・
「真山さん駄目です!朝倉の目を見ちゃ駄目です!」
朝倉は、人の心を操る能力を持っている。 たぶんそれは、目を見て暗示をかけるのだろうと、私は密かに思っていた。 朝倉の今の口調だと、きっとそれを狙っている。 真山さんをきっと操るつもりだ!! 「真山さん!!」
しかし、真山さんの顔は小刻みに震えて、宙を向いていた。 「真山さん!!真山さん!!しっかりしてください!!!」 必死に真山さんの名前を呼ぶ。もう手遅れなのかもしれないけれど。
「無駄ですよ、柴田さん。真山さんはもう、僕の操り人形、同然です」 朝倉が余裕たっぷりに私を見下ろす。 「何を・・・するつもりなんですか?」 「そうですね、まずは貴女に死んでいただきましょう、柴田さん」 「私に・・・?」 「そう、愛する真山さんに殺されて貴女も幸せでしょう? 真山さんも、愛する彼女を自分の手で殺せて、幸せだ」 「幸せ…ですか?」 「そう、だって生きていれば、人の心なんて変わるものだ。 でも、死んでしまったら、その人の心は永遠に変わらない。 いわば、永遠に君は真山さんのものでいられるんだよ?幸せだとは思わないかい?」 朝倉が得意げに言った。
「思いません。私にとって、一緒に生きることが意味のあることですから」
「相変わらず、邪魔な女だね」 朝倉が態度を一変させ、ふんと鼻を鳴らした。 「お前さえいなかったら、真山さんはずっと僕と遊んでくれたんだ。 お前が真山さんを変えたんだ。お前さえいなければ・・・」 朝倉が、壊れたおもちゃのように言葉を繰り返した。 彼の中で何かが狂ってきたようだ。
私は、そっと真山さんと繋いでいる手の力を強くした。
「真山さん、さぁ銃を取り出してください」 朝倉の命令で、真山さんが懐にしまっていた銃を取り出した。 「真山さん、その女を殺してください」 「やめてください・・・真山さん」 私はじりじりと逃げ始めた。
「さぁ、撃ってください!真山さん!!」 朝倉の声が響く。 真山さんが引き金にかけた指をゆっくりと動かす。
「柴田!!」 真山さんの声を合図に私はしゃがみこんだ。 私の後ろには、朝倉裕人。 真山さんが銃を撃った。 その弾は、見事に朝倉の胸の辺りに命中して、朝倉が大の字で倒れた。
「ば〜か。腕が痛くて、すぐ我にかえるに決まってるでしょ?そんな何度も同じ手に引っかかるかよ。このイカれ男」 真山さんが、倒れた朝倉に銃を向けながら言った。 「もう、最初ビックリしましたよ〜。真山さん、本当に暗示にかかったんじゃないかって」 「お前も馬鹿だね。俺がそんなヘマすると思ってんの?見くびんなよ」 「でも、ほんと。あの時真山さんが手をぎゅっと握り返してくださらなかったら、わかりませんでした〜」 「俺がお前殺すと思ってたの?」 「ええ、まぁ・・・」 「まだまだ甘いねぇ、お前も」 「・・・すみません」
「それだけは、出来ないよ。 暗示にかかっていようが、自分がもうすぐ死ぬときだろうが、絶対に。」
二人の手は、銃を撃つ時も、しっかりと繋いで離れる事はなかった。
「と、いう夢を見ました。」 「なんだよ!この夢!!つまんねー!!」 「そうですか〜?なかなかエキサイティングな夢だと思ったんですけどねぇ・・・」 「俺がこんなに優しいわけないじゃん!!」 「あ〜、そうですよね。そのあたりは実は私も引っかかってまして・・・」 「おい、否定しろよ!『そんなことないですよー。真山さんいつも優しいじゃないですかー』とか言ってよ!ねぇ!!」 「私、嘘は嫌いなんです」 「てめぇ・・・一生下らない夢見させてやろうか〜!!」 「いた、いたた、やめてくださ〜い!!」 「ちょっと、あんまり暴れんなよ!シーツまた敷きなおさなきゃいけなくなるでしょ?」
そんな幸せな朝を迎える柴田さんの、或る日の夢のお話。
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