残暑
八月になっても、暑くならなかった今年。 過ごしやすくていいじゃんなんてのんきに構えていたら 今頃になって平年並みの気温になりやがったから、暑さが余計に辛く感じる。
それに、今年から隣に寝るようになった、この女せいでもある。
「柴田、しーばた!!」 俺の腕を抱き枕代わりにして、ぐっすり寝ている柴田の額をぺちぺちと叩く。 「・・・む〜」 柴田の長い睫毛が、ゆっくりと上がって、大きな瞳が姿を現す。 顔はとても整っているのに、なぜかコイツはこんなにも、とぼけているんだろう? 要はバランスなんだね、うん。 「あ、真山ひゃ〜ん・・・もう、朝れすか?」 呂律が回らない柴田をクスリと笑い、頬を左右に抓って伸ばす。 「まだ夜です、柴田さん」 「いひゃいれす〜!!」 くくくともう一回笑って手を離す。 「もう、何なんですか〜?」 柴田が頬をさすりながら、俺のほうを見た。 「あのさ、暑い」 「え?」 「離れてくんない?暑いんだけど」 ぎっちりと俺を掴む柴田の腕を指差した。 「え〜?いいじゃないですかぁ〜」 「なんで?」 「なんでって・・・もう少し、こうしているのも素敵だと思いません?」 柴田が上目遣いで甘えるように俺を見つめる。 きっと、こいつのこういう部分は、計算じゃなく、天然なんだろうなと思いつつ、そんな顔はして欲しくなくて、もう一度額をぺちんと叩いた。 「思いません。暑いだけ。もうやることやったんだからさ、くっつかなくてもいいでしょ?」 俺の言葉に、柴田がぷうっと頬を膨らませた。 「・・・酷い・・・それってまるで・・・」 「まるで?」 俺は、冷めた目を柴田に向けた。 「体目当てみたいじゃないですか〜」 「ばっかじゃないの?そういうのはさ、もっと綺麗なオネーチャンが言う台詞でしょ?」 「・・・どういう意味ですか?それ」 「お前みたいなのはね、カラダ目当てなだけでこんなことになんないよ。面倒臭いじゃん」 「・・・じゃあ他に・・・あ!」 「何だよ?」 「狙いはウチの財産ですね?」 はぁ、とため息をついて、俺はベッドから起き上がった。 「真山さん?」 柴田が不思議そうに俺を見上げている。 「もういいよ。俺が床で寝る。ついてくんなよ?」 「え?まやまさぁん?どうしたんですかー?」 「暑いの!一人で寝かせて?な」 俺は、枕を持ってベッドから降りた。
ごろん。 俺は枕を無造作に床に置き、その上に頭を載せる。 柴田がいるベッドの方に、背を向けて寝転んだ。 「真山さん?」 「・・・」 「真山さーん。おーい」 「・・・」 「真山さーん!!応答願いまーす!!」 「何だよ」 やっと、柴田の方に振り向く。 「怒ってるんですか?」 「何で?」 「だって・・・」 柴田がもぞりとシーツにもぐりこんだ。 「暑いのはわかりますけど、なにも床で寝なくっても・・・」 「しょうがないでしょ?ウチにはクーラーがないんだから。あ、お前買ってよ?お金持ちのお嬢様なんでしょ?」 「・・・え?」 「そうしようぜ、な?なんてったって俺は財産目当ての悪〜いオトコなんだからさ」 俺はそう言って、柴田にまた背を向けた。
ゴンという落下音と、ぺたぺたというマヌケな足音が、音のない部屋にひびいた。 俺は敢えてその音のほうを向かなかった。 「真山、さん・・・」 柴田の細い指が、俺の肩にこわごわと触れる。 「来んなって言ったでしょ?」 それでも俺は柴田の方を向こうとしなかった。 「でも・・・」 「でも?」 「真山さん、なんか怒ってる・・・」 「別に、怒ってねぇよ」 「ほら、怒ってるじゃないですか〜」 「だから・・・」 そこで俺が振り向くと、そこにはいっぱいの涙で目を潤ませた柴田がいた。
俺は、大きくため息をついて、柴田の方に体勢を変えた。 柴田の涙は、ぽたぽたと床のむき出しの板に丸いシミを作った。 そっと腕を伸ばし、柴田の長い睫毛についた水滴を拭ってやる。 「何で泣くの?」 「わかりません・・・」 「わかんないって・・・お前のことじゃん」 「そうなんですけど・・・」 ひっくひっくと柴田が嗚咽をあげる。 「わかった、眠いんだろ?子供かよ」 「そうじゃない、と思います・・・」 「じゃあ何だよ?」 「真山さんが、行っちゃうから・・・」 「は!?」 「一人に、しないでください・・・」 「何言ってんの?同じ部屋にいるじゃん」 「でも・・・」 「でもじゃねぇよ。馬鹿」 そう言って、柴田の頭を叩こうとした。 しかし、柴田を見た途端その手を緩め、頭をそっと撫でる。
柴田は眠ってしまっていた。 「のび太かよ、お前は・・・・」 大袈裟にため息をついて、自分の頭を掻いた。 「よいっしょっと」 柴田を抱え、立ち上がる。 そして、ゆっくりとベッドに降ろした。 柴田の涙の後を、唇でなぞる。 頭をぽんぽんと優しく叩くと、寝ているはずの柴田がそれに答えるように少し笑った。
「一人に、しないでください」
先ほどの柴田の台詞がもう一度、頭に響く。 「面倒臭え〜」 誰にともなく言い訳がましく言って、床においていた枕を手に取り、柴田を抱えてベッドに潜り込む。
「あーあ。暑いんだけどな〜」 言葉とは逆に、ベッドの中で柴田を優しく抱きしめた。
今年の夏は、今頃になってとても暑くて。 それはきっと、今年から隣に寝るようになった、この女のせいでもある。
でもその暑さが嫌じゃないと思ってしまうのも、 この暑さとこの女のせいにしよう。
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