ゆめうつつ
もう、夜はとっぷりと暮れて。 夜中と言っていい時間であった。
ベッドの中で、真山が動いた。 柴田を起こさない様に、ゆっくりと。 静かにベッドから出て、冷たい床の上に足を置いた。 そして、歩き出そうとした時だった。 「・・・まやまさん?」 小さな声がして、真山はベッドの方を見る。 布団に包まった柴田の目がぼんやりと真山を捕らえていた。 「起きちゃった?」 真山もトーンを合わせた小さな声で訊くと、柴田が空ろな目のまま、こくりと頷いた。 「どっか行っちゃうんですか?」 その言い方といい、眠そうな目をこしこしと擦るその仕草といい、まるで小さな女の子の様だ。 真山は安心させるようにふっと笑って、目尻に皺を作った。 「便所に行くだけだよ。・・・一緒に行く?」 その問いかけに、柴田は僅かに首を横に振った。 「・・・いってらっしゃい」 やっぱり柴田は小さな女の子なんかではない。 真山は安心してトイレに向かった。
柴田がもう一度眠ろうか悩んでいると、水を流す音がして真山がベッドに向かって歩いて来た。 「ああもう寒い。冷たい。柴田、お前どうにかしろよ」 ぶつぶつと真山が理不尽な事を言っているが、柴田はそれに反応しなかった。 半分、頭がまだ寝てる。 真山がするりとベッドの中に入ってきた。 「あー、さむ」 柴田の頭の上で呟きが聞こえる。 真山は柴田の背中の方にいるので、柴田には真山の表情は見えなかった。 「・・・今、何時ですか?」 目を瞑りながら柴田が口を開いた。眠気が彼女を襲う。 「知らねー。まだ夜中じゃない?」 「そうですか・・・」 柴田が再び眠ろうと決めた瞬間、後ろから真山の腕が伸びて来た。 「お前、あったかいね」 頭の上に真山の顎が乗っている。 「私が温かいんじゃなくって、真山さんが冷たいんです」 お互い服の上からとは言え、真山の冷たさが柴田にも伝わってくる。 せっかくぬくぬくと温まっていたのに、その熱が奪われそうで、柴田はひっそりと眉をひそめた。 真山は好きだが、これは話が別だ。 そのうちに、真山は冷たい足の裏を柴田の足に絡ませてきた。 「真山さん・・・足、冷たいです〜」 「うん。だからお前の足から体温もらおうと思って」 「やめてくださいよー」 柴田は真山の足から逃れようとしたが、長さでは真山に敵うはずもない。 「何?お前、寝るときまで靴下履いてんの?」 「冷えは女の敵なんですー!!」 「冬でもそこら辺の床で朝まで寝る女がよく言うよ…なんかババくせー。これ」 そう言うと、真山は足の指先を使って器用に柴田の靴下を脱がせた。 「もー、何するんですか〜!」 「気にすんな。俺はこの方があったかいし」 「私は冷たくなるんですー!」 「うるさいよ。深夜だから、ね?」 「真山さんが悪いんじゃないですか〜」 上手くかわされてしまって、柴田は真山から見えないのに、頬を膨らませてみせた。
柴田の温かい足で温まっても、真山は自分の足を退こうとはしなかった。 別に退く理由はないと思ったからだ。 柴田は最初、なんとなく拗ねていたようだったけれど。 もしかしたら、そのまま眠ってしまったのかもしれない。 最初はなんとなく力の篭っていた柴田の体が、今は力が抜けている様に感じられる。 確認の為に話しかけてまた起こしてしまったら嫌なので、真山は黙っていた。 布団と人間カイロを抱いていたお陰で、脚だけではなく全身が温かくなってきて、真山もうとうととし始める。 柴田の頭の上に顎を乗せていたが、ゆっくりと位置を移動する。 背中を丸め、少し足元の方に下がる。 けれど、もちろん柴田に回している腕はそのままで。 柴田の肩口に鼻と口を押し当てる。 深く息を吸い込むと、もう柴田専用になった真山のお古のトレーナーから自分のものではない匂いがする。 柴田のにおいだ。 同じ石鹸で体を洗っている筈なのに、この体からは自分と違うにおいがする。 そのにおいを、最初によその家のにおいだと感じたはずなのに、今ではすっかり馴染んでしまった。 この女の体から発せられる、どこか甘く、温かみのあるにおい。 「・・・いいにおい」 ごく小さな声で真山は呟く。 単純に、このにおいは好きなのだ。 柴田がもぞもぞと動き出す。 「・・・まだ起きてたのか?」 優しい、真山の声がする。 「そっち、向いていいですか?」 遠慮がちに柴田が言って、真山は少しだけ壁際に寄った。 柴田がくるりと寝返りを打つ。 二人は、ベッドの中でじっと向き合う格好になった。
「・・・どうした?」 しばしの沈黙を真山が破った。 柴田は暗闇の中、真山の顔をじっと見つめていた。 「真山さんの顔が、見たかったんです」 「え?」 真山は説明を求めるような表情をしたが、柴田はそれ以上言葉を続けなかった。 ベッドの中でよくこうやって柴田は後ろから抱きしめられる事があった。 きっと真山はこの体勢が好きなのではないかと思う。 柴田ももちろん嬉しかったが、ちゃんと前から抱きしめて欲しいと思う。 目を見て、触れて、それから。 捜査の時でも、真山はいつも柴田の後ろにいて、 真山は柴田を見守る事が出来るかもしれないけれど、柴田は真山の事を見れない。 仕事中はそんな事を考える暇なんてないけれど、ある意味不公平な気がしてならなかったのだ。 もちろん、後ろから見守っていてくれるのが真山の優しさだと知っているけれども。 だから、こんな時くらいはちゃんと正面から見て欲しいし、見ていたい。
柴田はじっと真山を見た。 暗がりでよく見えないけど、その他の感覚でちゃんと感じられる。 体温、息づかい、雰囲気、におい。 どれも全て真山で、どれも全て愛おしい。 そうすると見てるだけでは満足できなくなる。 五感は欲求を引き出してしまう。 もっと、もっと。
夏場に男の人が、露出の多い服装をしている女性がいいと言っている気持ちが少しわかる気がする。 洋服は、直に触れたい時にどうしようもなく邪魔になってしまう。 柴田はどうしても真山の体温を直に感じたくて、服で覆われていない真山の首に触れる。 そしてそのまま首に腕を回して、頬をぴたりとくっつけた。 真山の体温。 あたたかい。 「柴田?」 不思議そうな真山の声が聞こえる。 「・・・何?したいの?セックス」 その声に柴田は一瞬考える。 「止めときなって。今やっちゃうと、朝まで寝れないよ?」 明日は仕事がある。真山の意見はもっともだ。 「明日、帰ったら。ね?」 柴田がゆっくりと真山から離れる。 「・・・わかりました」 真剣な顔でそういうと、真山が柴田の頭をよしよしと優しく撫でた。 子供を慰める父親のように。 内容とそぐわなくて、少し可笑しい。 「柴田サンのリクエストだからがんばっちゃおうかな〜?」 いや、父親と言うよりはオヤジだ。 「・・・真山さん、リクエストついでにもうひとつ」 柴田が静かに切り出した。 「ん?なんか希望でもある?」 「はい」 「珍しいね。何?」 真山のまばたきの速度が遅い。眠いんだろうか。 「すごくなくていいので、長くしてください」 柴田の言葉に、真山の瞳が大きく開いた。 そして、柴田をぎゅっと抱きしめた。 「・・・わかった。ながーく、ね」 「はい」 真山の腕の中は心地よいけれど、やっぱり服は邪魔だと思う。 人肌の保温の効果はスエットの温かさを上回ると嘘をついたら、寒がりな真山は裸で寝てくれるのだろうか。
そして今日も下らない夢をみる。 |