あなたの横顔
珍しく、車で捜査することになった。 犯人だと柴田が睨んだ男が、公共の交通機関を利用しづらい郊外に住んでいた為、仕方なく真山が運転する車で出かける事になったのだ。 田舎の道は平坦な上にとてつもなく長い。 初めは景色を楽しんでいた柴田だが、こうも同じ様な風景が続くと飽きてしまった。 かといって、捜査の資料はもう暗記しているし、容疑者のアリバイ、殺害方法のトリック、殺害の動機など謎は全て判ってしまった。 柴田はふと隣を見た。 運転をする真山は、左手でハンドルを握り締めながら右手はウィンドウの枠にひじを掛け、その大きい掌で口を覆っていた。 相変わらず眉間に皺が寄り、長く節だった指は綺麗な顎のラインにまで伸びている。
「…何?」 柴田の視線を感じて、不機嫌そうに真山は言った。 「あの、真山さんってかっこいいんですか?」 「はぁ?」 真山が横目でちらりと見る。柴田は尚も質問を続ける。 「真山さんは外見的にいったら、「いい」と「悪い」のどちらに分類されるのでしょう?」 真山は口を覆っていた手をどけると、大きなため息をついた。 「お前ね、どうにかなんない?その、思ったことをなんでもポンポンと聞く癖」 「すみません。少し気になったもので」 柴田は謝ってはいるが、納得はしていない様子だ。 それを察知しながら真山はこう続けた。 「いいか?ちゃんと聞くべきことと、別に聞かなくてもよさそうな事を頭で考えてから喋って?判る?柴田」 「…はい。」 柴田はまた形だけの返事をした。 真山はもう一度大きなため息をついた。
「『いい』部類ではないと思うよ」 少しの沈黙の後、真山が唐突に言った。 急に言われて、柴田は少し戸惑ったようだった。 「え?何の話ですか?」 間抜けな声で言葉が帰ってくる。 「お前がさっき聞いたんでしょ。俺の外見の事」 「あぁ、そのお話でしたか」 「普通さ、こういう事って本人じゃなくて周りの人に聞かない?」 「そうなんですか?」 「普通はね」 真山は苦笑いをしていた。 「…でも意外でした。真山さんはもっと御自分に自信を持っていらっしゃるかと…」 「まぁ、俺は自分の顔好きだけどね。自信がないって言うのとはちょっと違うな」 「はぁ」 「今まで、あんまもてなかったからなぁ。他人から見れば「かっこいい部類」じゃあないんだろうよ」 「…真山さんがもてないのは性格のせいでもあると思いますけど」 べちっ。 運転はしていても真山の攻撃には関係はないらしい。平手が柴田の顔面を直撃した。 「余計な事言うんじゃないよ。降ろすよ?今ここで降ろすよ?」 「すみません…」 「俺はね、いいの。外見だけで人を判断するやつに好かれたって、ちっとも嬉しくないからさ」 「もてないからって、僻みですか?」 真山が急にハンドルを大きく傾ける。 「ねぇ、知ってるー?柴田。車の座席で事故の時、一番死亡率高いの助手席なんだってー!ここで事故だと見せかけて殺しちゃおうか〜?」 「じょ、冗談になっていません〜。まやまさ〜ん」 「誰が冗談って言った?本気だよ?俺は本気ですよ〜、係長〜」 「きゃ〜〜、す、すみませんでした、真山さん。と、止めてくださ〜い」 柴田がそう言うと、漸く真山はブレーキを踏んだ。 「いい?俺が運転している車に乗っているって事は、お前は俺に命を預けてるってことだからね。変な事言うんじゃないよ?」 「…はい」 柴田が今度はぶんぶんと勢いよく頷きながら答える。 その答えに満足したのであろうか、真山は再び車を走らせた。
「実はですね」 柴田が遠慮がちに言葉を発した。先ほどの事がよほど応えているのだろう。 いつにも増して慎重に言葉を選んでいる様子が伺える。 「実は、さきほど真山さんに見とれていたんです。 私ね、最近思うんです。『真山さんって綺麗だな』と。これっておかしいのでしょうか?」 柴田は言葉を選びながらではあるが、淡々と言った。 「で、俺の容姿がいいかわるいか聞いたって訳か」 「はい。でも、他の方から見たらどのように映るかなんて、関係ないと思いました。 私はきっと真山さんが真山さんであるから綺麗だなって思うんだろうし、真山さんが真山さんであるから好きなんだと思います」 「なんか、お前相変わらず難しい事考えてんね」 「…そうですか?」 「うん。俺にはわかんねーや」
また静かになる車内。 車は漸く街中に入ったらしく、車が曲がる回数も増えてきた。 柴田が何度目かの質問を真山にぶつけた。
「真山さんは、私の事好きですか?」
「何、それ?」 真山は柴田の方を見ずに言った。 「真山さん、先ほどおっしゃったじゃないですか? 『聞くべき事か聞かなくていい事かちゃんと考えてから喋れ』って。だから考えました。で、これは『聞くべきこと』であると思います。」 柴田は真っ直ぐ真山を見つめている。 揺るぎ無い、真実を射抜く瞳。 その瞳で彼女はたった一つの真実を見抜こうとしているのかもしれない。 しかし、真山はそれに応じない。 ただ黙って、車を動かす事だけに専念しているようにも見えた。 信号が青から黄色になった。 前の車がゆっくりと止まり、真山もそれに倣ってブレーキをかけた。
真山さん、ともう一度彼女が名前を呼ぼうとした瞬間、彼女の唇は塞がれた。 彼は彼女から素早く離れると、すぐに前を向きなおした。 「煩いよ、お前。運転に集中出来ないでしょ?」 それだけいつもの口調で言うと、普段よりやわらかい目で柴田を見た。 「真山さん、ずるいです」 「そりゃあね。お前よりは長く生きているからね」 「一生、私敵わないんでしょうか?」 「いっつもお前が勝っていると思うけど?」 「え?どこがですか?」 「…わかんないんなら、いいよ」 そう言って笑った真山は飛び切り優しい表情をしていたことは、柴田からは見えなかった。 |