やさしい手
その日、私は高校時代の友人数人とご飯を食べた帰りだった。 「この後どうするー?」 「おなか一杯だし・・・カラオケにでも行くー?」 「えー?私まだ飲み足りなーい!!」 金曜の夜なので、ご飯を食べただけでは物足りない。 皆でわいわいと騒いでいると、その中の一人が何かに気づいた。
「あれ?ねえ、あそこ歩いてるのって柴田さんじゃない?」
皆で一斉に彼女の指先を見た。 向かいの歩道を、一組の男女が歩いている。 「あ・・ホントだ〜」 誰かが言った。私もそれに頷く。
確かに、柴田純だ。 制服姿しか見たことはなかったが、私服でもほとんどその印象が変わらなかった。
「ねぇ、声掛けてこようよ」 そう言ったのは、一番社交的な遼子だ。 彼女の一声に皆で盛り上がり、近くにあった横断歩道を小走りで渡る。
「しーばたさーん」 「柴田さーん」 何人かが声を掛けた。 それでも視線の先の彼女は気づく気配がない。 先に気がついたのは、柴田さんじゃなく隣にいた男の人の方だった。 ぱしっと頭を叩いて、柴田さんにこっちを見るように促している。 ちょっとびっくりした。
「しばたさん、久しぶりー!!」 一番先に柴田さんに声を掛けたのは、言いだしっぺの遼子だった。 「えーっと・・・」 柴田さんは彼女(を含め私たち)がわからないらしく、戸惑っていた。 「やだー。覚えてない?高校二年生の時にクラス一緒だった・・・」 そこまで聞くと、柴田さんの表情が変わった。 「ああ、えーっと青山遼子さんでしたっけ?」 「そう!久しぶりー!柴田さん」 思い出してくれたのが嬉しいらしく遼子は柴田さんを強引に抱きしめた。
私としては、少し意外だった。 私も同じクラスにいたが、柴田さんはあまり周りのことに興味がないように見えたから。
「お久しぶりです」 柴田さんは律儀に頭をぺこりと下げた。 「今ねー、みんなで飲んでたの。みんなの事も覚えてる?」 遼子の言葉に、柴田さんは私たちの顔をじっと見回した。 「はい。二宮恵美さんに、山口みずきさん、加瀬若菜さん」 何年ぶりの再会かわからないほどなのに、柴田さんはすらすらと答えてみせてくれた。 「すっごーい。完璧じゃーん。そういえば柴田ちゃん、アタマよかったもんねー」 いつのまにか遼子は柴田さんをちゃん付けにしていた。 すっかりテンションの上がっている私たちに、隣にいた男の人が少し顔をしかめていた。
「柴田ちゃん、今日はデート?」 隣の男の人を横目で見ながら、遼子が言った。 「あっ、いえ。この人は・・・」 「え?違うの?」 「はい。この人は、私の部下で・・・」 柴田さんがそう言いかけると、その男の人がまた彼女の頭を叩いた。 「部下って言うなよ」 「すみません・・・」 そのやり取りに私たちが呆然としてると、柴田さんが頭を摩りながら言い直した。 「この人は、仕事の先輩で、真山さんです」 その「真山さん」が、無愛想に少しだけ頭を下げた。
「え?じゃあまだ仕事中?もう9時だよ〜?」 遼子がブランド物の腕時計を見ながら大げさに驚いた。 「もうそんな時間なんですか?」 「だからさぁ、さっきから言ってるじゃん」 柴田さんの言葉に、真山さんがうんざりとした表情で言った。 「・・・だって、今日は金曜日ですし・・・真山さん土曜日と日曜日は捜査に付き合ってくれないですよね?」 「当たり前じゃん」 「でしたら、どうしても今日中に裏づけとっておきたいんですよねー」 「来週でいいじゃん。今更一日二日遅れたって誰ーも怒んないでしょ?」 「そういう問題じゃないんですよ〜。やれる事は今やっておかないと気持ち悪いんですよね」 「俺は就業時間外に働かされてる方が気持ち悪いよ」 「もー!真山さーん!!」 せわしない二人のやり取りに、私たちは口を挟めなかった。
「えーっと、柴田さんは今何のお仕事なの?」 しっかりもののみずきが尋ねた。 「あ、刑事です」 柴田さんがさらりと答えた。 「「え!?」」 何人かの声がユニゾンした。 「21世紀になったっていうのに、世も末だよな」 冷静に真山さんが言い放つ。
「なんか・・・意外だねぇ〜」 のんびり屋の若菜が言った。 「そうですか?」 柴田さんがにっこりとして言った。 「えー?じゃあさ、柴田ちゃんが凶悪犯捕まえちゃったりするわけ?」 遼子がやや興奮気味に言った。 「・・・はい、一応」 「すっごーい!!かっこいいじゃーん、柴田ちゃん」 遼子のテンションは上がりきっている。
きゃあきゃあと騒ぎ立てている皆を尻目に、私はずっと一つの事を考えていた。 それも、なんとなく答えは出ていたけれど。
「・・・柴田さん」 初めて声を出した私に、柴田さんがこっちを向いた。 「どうしました?二宮さん」 「ずっと不思議だったんだけど・・・」 「はい?」 「柴田さん、あなた麻衣子のお葬式に来なかったよね?」 私の言葉に、柴田さんが一瞬、動きを止めた。
「あ、あのね・・・別に嫌味じゃなくって・・・仕事が忙しかったのなら納得だなーって・・・」 私はしまったと後悔していた。 話題自体、決して軽はずみにするような話ではなかったけど、その事態の重さに気がついたのは、 彼が一瞬、彼女の方を心配そうな顔で見たからだった。
私の一言によって、柴田さんの顔はみるみる曇って、真山さんの顔はそっぽを向いて険しくなった。
「そっか・・・麻衣子と柴田ちゃんって仲良かったよねー」 「麻衣子ちゃん、かわいそうだったよね〜」 「お葬式でわたし泣いちゃった・・・」 皆が、口々に言う。 私はその場から逃げ出したくなるような心地の悪さにいたたまれなくなった。
すると、柴田さんが静かに口を開いた。 「・・・私、その場にいたんです」 「え・・・?」 「麻衣子が亡くなった、その場にいたんです」 そう呟いて、柴田さんはとても悲しそうな顔をした。 でも気丈に私の目を見ている。 強い人だと思った。
彼女の一言に、皆が黙った。 その沈黙を破ったのは、彼女の先輩だというその男だった。
「ね、行くなら早く行くよ?これ以上の残業、嫌なんですけど」 彼女の頭をぺしんと叩く。 この短時間ですっかり馴染んでしまった二人のコミュニケートだ。 「・・・はい」 彼女は、叩かれた箇所を擦りながら彼を見上げた。 でも多分、その場所は痛くないはずだ。
「・・・では、みなさん失礼しますね」 柴田さんが穏やかに微笑んだ。 「あ、うん。時間あったらみんなで飲もうね」 「機会があったら、是非」 「じゃあ、お仕事頑張ってね」 「ありがとうございます」 「またねー」 「はい」 一人ずつ、本気か社交辞令かわからない言葉を口にした。 私は最後に小さく言った。 「ごめんね・・・」 柴田さんは僅かに首を振って「気にしないで下さい」と言ってくれた。
「では」 柴田さんはぺこりと頭を下げて、先を歩き始めている真山さんの後を追った。
柴田さんは、高校時代いつも一人で本を読んでいた。 成績はいいけれど、ちょっと変わっていて、ある意味有名人だった。 そんな彼女と唯一と言っていいほど親しくしていたのが大沢麻衣子で。 大沢麻衣子が若くして亡くなったというのを聞いて、卒業以後も交流のあった私は葬儀に駆けつけた。 そして、その参列の中に彼女が見つけられないのが不思議だった。 柴田純は変わり者ではあったけど、決して情に薄い人間ではないと思っていたから。
私が何故、彼女のことを探したのか。 その答えは簡単だ。私が彼女と会いたかったからだ。 上手く言えないけれど、私は彼女と友達になりたかった。 仲良くなれるんじゃないかと勝手に想像をしていたのだ。
彼女の後姿をぼんやりと目で追う。 軽はずみな言葉を口に出した自分を改めて悔やんだ。 ぱたぱたと小走りの柴田さんが、やっと真山さんの隣に並んだところだった。 彼女に気づいた真山さんが、柴田さんの頭をまた、叩く。 そしてそのまま、その手は彼女の頭を優しく撫でた。
その仕草に彼女じゃなく、私が救われた気がする。 あの手は、私を含めた無知な他人から彼女が傷付けられるのを守ってくれる、そう思った。
「恵美ー!!やっぱりカラオケー!行くよー」 遼子が大きな声で呼びかけてきた。 「うん」 私はその声に振り向く。
彼女には、彼がいる。 きっと叩かれながらも彼女は大切にされていくんだろう。 ずっと、守られながら。
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