焼肉弁当

 

 

がさがさと耳障りな音がして、真山は顔をしかめた。

自分が持っているコンビニの袋の音だった。

音自体が嫌なわけではない。コンビニ弁当が気に入らなかった。

 

少し前までは、それが当たり前だった。

その時は、不快に感じたことも、虚しいと思ったこともなかった。

きっと、誰かと食事をする事に慣れてしまったからだろう。

 

コンビニ弁当よりもそれに気が付いてしまった事が、真山の機嫌を損ねている原因なのだった。

 

ガサガサと音を立てて、真山はエレベーターに乗り込む。

今日久しぶりにコンビニ弁当を買ったのは、一緒に食事をする相手がいなかったからだ。

真山の知らないところで、いつの間にか有給を取っていたらしい。

理由を弐係のみんなに問い詰められたが、知らないので答えられる訳もなく。

理由を知らないことで木戸に責められるのは、お門違いな気がして面白くなかった。

 

「勝手に休んだんでしょ?俺が知るかよ」

誰もいないエレベーターの中で、真山は弐係で言ったのと同じ台詞を小さく吐いた。

眉間に皺が寄っている。

真山はそれを自覚が出来たが、そのまま階数表示ボタンを睨んだ。

旧式のエレベーターは、ゆっくりとしか動かない。

いつものことなのに、酷く苛ついた。

 

エレベーター開くと、またコンビニの袋が音を立てる。

だらだらと歩いて、真山は自分の部屋にたどり着く。

ポケットの中を探って、キーホルダーさえ付いていない裸の鍵を取り出した。

かちゃりと手ごたえがあって、ノブを回す。

抵抗なく開くはずのドアが、今日は何故か開かなかった。

 

真山は眉間の皺を一層刻み、少しだけ考える。

大袈裟にため息をついて、もう一度鍵を差し込む。

 

銀色のドアをゆっくりと開ける。

意外なことに、部屋の中は真っ暗だった。

 

軽く首をかしげて、真山は手探りで電気をつけた。

急に明るくなった部屋を見回す。

一番いる確率の高そうな床には、見当たらない。

「柴田?」

真山が名を呼ぶと、偶然視界の中に入ってきた。

 

子供のように毛布に包まり、柴田はベッドの中で眠っていた。

普通の人にとっては至極まともだが、彼女にしては珍しい場所だと真山は笑った。

 

起こそうかと少し考え、そのうち起きるだろうとほっとく事にした。

弁当を床に置き、台所でヤカンを火にかける。

窮屈なネクタイを外し、背広をハンガーに掛けた。

なるべく音を立てないようにしたつもりだったが、背後でごそりと音がしたので振り返ると、柴田が目を覚ます所だった。

柴田は、ゆっくりと少しだけ目を開け、それから猫が顔を洗うようにこしこしと手で目を擦った。

「あれ〜?真山さん…?」

「起きた?不法侵入者」

まだ完全に目覚めていないらしく、柴田は枕に顔を埋めてごしごし擦っている。

「何してんだよ、人ん家で」

わざとそんな言い方をする真山の方を、柴田の寝ぼけた顔が見る。

「あ、そうだ。私今日お休みだったんですよね〜」

「お前さ、有給取るなら誰かに言っておけって。誰も知らないから、また無断欠勤だと思われてたぞ」

「え〜?私ちゃんと有給の書類、出しましたよー」

「お前が書いて、お前が判押すんじゃ、他の誰も把握できないでしょ?」

「あー、そうか…」

「ちょっとは考えて行動して?カカリチョー」

「すみません・・・」

柴田が謝ったところで、丁度ヤカンが湯気を立てた。

「珈琲入れるけど、飲む?」

真山が台所に向かいながら訊いた。

「あ、はい。お願いします」

柴田がやっと起き上がった。

 

「で?」

台所の方から声がした。

柴田は顔をあげる。

「なんですかー?」

「何で人の家で寝てんの?」

「あー・・・そこですか」

柴田が言い淀んでいると、カップを二つ持った真山が戻ってきた。

無言で柴田の方に片方のカップを差し出すと、柴田も軽い会釈だけをして無言で受取った。

「…何で?」

改めて訊く真山の顔を柴田は一瞬じっと見て、それから目線を下に向けた。

「笑いませんか?」

小さな声で、柴田が呟いた。

「内容による」

真山は、そういう人間だ。

 

猫舌の真山に合わせて、珈琲の温度は普通のものよりも少し低い。

それでも、二人ともまだ口をつけてはいなかった。

 

「最初は、ちょっとでも真山さんに会いたいと思いましてお邪魔したんですけど…」

「うん」

真山はベッドのすぐ傍の床に座った。

「真山さんがいないこの部屋って、何かちょっと寂しくて」

「やることがないから寝たの?」

そう言って、真山が珈琲にやっと口をつけた。

柴田は首を横に振る。

「色々探してみたら、枕と毛布が一番だったので…」

「なにが?」

要領を得ない柴田の説明と、珈琲が思ったより熱いので、真山の眉間にはまた皺が出来ていた。

 

「枕と毛布に、真山さんの匂いが一番ついていたんです…」

 

一瞬間をおいて、真山が口を開く。

「変態」

「…ですかね?」

「うん」

「あー、やっぱり」

がっくりとうな垂れる柴田を見て、真山が密かに笑った。

 

「自覚あったんだ?」

「…真山さんの匂いのするものを探してる途中に思いました」

「お前さ、前に俺の枕オヤジ臭いって言ってなかった?」

「あー…ということは、もはや真山さん自体がオヤジ臭いということに…あいたっ!」

 

柴田の頭を襲った真山の手刀は、やっと本日の一発目。

それすらもなんだか愛おしく感じて、柴田は笑顔になった。

 

「何叩かれて笑ってんの?やっぱり変態だね。変態」

まだちょっと怒っている真山を見て、柴田はもう一度笑う。

「久しぶりに仕事しなかったから、ヘンになったんじゃないの?」

一転、真山は気味悪そうに言う。

「そうかもしれません」

柴田はまだ笑っている。

真山がまた首をかしげて、珈琲をごくりと飲んだ。

「もう、無理に有給とるのやめますね」

「…は?」

「なんでもありません」

柴田も、真山に倣う様に珈琲をこくりと飲んだ。

 

怪訝な顔をしていた真山も一つため息をついて、それで納得することにした。

相変わらず不可解なこの女を理解しようとしても、きっと正解にはたどり着けない。

それで不自由した記憶もあまりない。

 

「あ、真山さん。そのお弁当なんですか〜?」

「俺の弁当だから、君に関係ないでしょ?」

「え〜?分けてくれないんですか?」

「何でお前に分けなきゃいけないの?俺が買ってきたんだよ?」

「いいじゃないですか。ちょっとくらい」

「図々しいね。やらないよ。自分で買ってくれば?」

「一口くらい・・・」

「変態で意地汚いの?終わってるね、お前」

「・・・酷い」

 

今度はコンビニの袋の音が不快に感じなかった。

真山はわかりきっているその理由も深くは考えないことにした。

 

ただ、後で柴田を思い切り抱きしめてやろうと思った。

自分の匂いを探し回ったと言う彼女を。

窒息するくらい、柴田の肺を自分の匂いでいっぱいにしたら、

もう、自分の匂いを探し求めるなんて事はしなくて済むのだろうか。

 

そう一瞬考えたが、その考えはすぐに却下した。

そんなので満足されたら、ちょっと困る。

求められなくなったら、寂しいじゃないか。

 

 

いつの間にか、真山の後ろに柴田が移動していた。

ぺたんと床に座り、真山の背中によっかかる。

「重いんだけど?」

弁当をあけながら真山が言うと、柴田は背中に鼻を埋めてくんくんと匂いをかいだ。

「ヤメテ、変態」

真山が軽く笑う。

「はー」

やっと匂いをかぐのをやめた柴田が、すがすがしそうに言う。

 

「…やっぱり本物は違いますね〜」

じみじみと言う柴田に、真山は焼肉弁当の肉を一切れだけはあげようと思うのだった。