うわさ

 

 

定時まであと三十分を切った弐係。

本日、合コンの予定がある彩はそわそわしながら念入りに化粧をしている。

近藤は、なにやら入力するフリをしながら、今日のレッスンのステップの確認をし、その隣で真山は爪を綺麗に切っていた。

金太郎は、調書を読みながらなにやら検討はずれな推理に勤しみ、柴田は、さっき手にしたばかりの調書を嬉しそうに見ていた。

 

そんな、いつもと同じ弐係にまたもや、思いもよらない客が訪れようとしていた。

 

ポーン

エレベーターの到着音が静かな弐係に響き渡る。

その音に、ただ一人面倒くさそうに振り返った彩が、驚いた様子ですぐに立ち上がった。

「師匠!」

こには、三十代半ばくらいと思われる男女が立っていた。

そして、彩の声を受けて女性の方が手をひらひらと小さく振った。

「お久しぶり、真山のニセ彼女さん」

彩にとって、珍しく尊敬すべきその女性は、相変わらずの人懐っこい笑顔を浮べていた。

「・・・何だよ、夫婦揃って」

真山が、面倒くさそうにゆっくりと立ち上がった。

 

「お前らさぁ、人をたずねてくる時は事前にアポ取るモンだって大学で教わらなかった?」

来客用のソファにどかりと座った真山はあきれたようにため息をついた。

「そんなの習ってないぞ?なぁ?」

男性が隣に座る女性に話しかけた。

「そうよねー。私は真山と違って、真面目に講義に出たけど、そんなの習った覚えないわよ?どの教授の講義?」

女性は、おどけたように真山に言い返す。

「うるさいよ。例えじゃん、例え」

近藤が三人分のお茶を淹れ、今は亡き(定年しただけ)野々村の席から柿ピーのビンを持ち出し、紙皿に盛った。

「あ、すみません」

男性の方が、近藤に会釈をした。

女性の方もそれに倣って軽く会釈をすると、柿の種を一粒つまんだ。

「真山〜、これ食べれるようになった?」

柿の種を真山の方に差し出す。

「は?・・・食えるよ、普通に」

真山の眉間には思いっきり皺がよってる。

女性はにやりと意地悪く笑うと、大きな声で叫んだ。

「だって、真山昔辛いの食べれなかったわよね〜?」

「うっわ、馬鹿。やめろって」

真山が慌てて女性の口を塞ごうとするのを、男性が上手くブロックをした。

「・・・てめぇ」

その女性の声に彩が過剰に反応する。

「うっそ?真山さん、大学時代まで辛いもん食べれへんかったん?うっわ〜、おこちゃまやん」

ぷぷぷ〜とわざとらしく噴出すような仕草をした。

「そうなのよ〜、真山ってば麻婆豆腐すら食べれなくってねぇ〜」

女性がより大きな声で叫ぶ。

近藤はカタカタとキーボードを打つフリをしながら肩はしっかり震えているし、金太郎の推理の中にも、凶器として豆腐が浮上していた。

みんな、真山の復讐を思っておおぴろに笑うことが出来ないらしいがしっかり聞いているらしい。

「おい!」

真山の手は、まだ男性の手によってブロックされている。

「まぁぼうどうふ〜?子供でも食べれるやん」

「それにね、真山の好きなカレーは『カレーの王子様』なんだよね〜?」

女性はもう勝ち誇ったような顔で真山の顔を覗き込んだ。

その一言に、もう我慢できないと近藤も金太郎も大きな声で笑い始めた。

 

真山の怒りは頂点に達したが、今、この女にボディーガードがいる限り体力戦はキツイと踏んだ。

ギリギリのところで落ち着きを払って大きな声で制止する作戦だ。

 

「うるせぇ!いい加減にしろ、じゅん!!」

 

「はい!!」

その声に、反応したのはただ一人調書に没頭してみんなの話を聞いていなかった柴田だった。

赤い顔をして立ち上がり、真山の方を見ている。

「ま、真山さん・・・?なにか・・・」

「へ?俺、お前なんて呼んでないけど?」

真山が、あっけに取られた様子で柴田の方を振り返る。

柴田は、調書を抱えたまま、真山に近づいた。

「だって・・・今私の名前呼んだじゃないですか・・・『純』って」

柴田はもじもじしながら、人差し指で真山の方をぐりぐりしている。

「もう・・・ここは職場ですよ?名前でなんて・・・キャ!恥ずかしいですぅ〜」

赤い顔を隠すように、柴田は持っていた調書で顔を隠した。

 

真山はゆっくりと立ち上がり、柴田の脳天に一撃をくらわせた。

「こっちが恥ずかしいよ!お前のカン違いだよ!!」

「え?」

柴田がいててと叩かれたところを撫でながら、真山を見上げた。

「この女はね、『半海 淳』って言って俺の大学時代の同級生。

・・・このあいだ、弐係に来たでしょ?お前さ〜、頭良いなら覚えておけよ。な?」

「こんにちは」

『半海 淳』と真山が紹介した女性が柴田にニコリと微笑みかけた。

「はじめまして、柴田です」

柴田がぺこりと挨拶すると、真山がまた柴田を叩いた。

「だから、この間会ったって言ってるでしょ?聞いてる?ねぇ、人の話」

「いたた・・・でも、名乗るのは初めてじゃないですかー」

「お前、生意気言うようになったね?馬鹿?俺に歯向かうなんて馬鹿でしょ?」

「別に歯向かってないじゃないでですか〜?ただ私は、『はじめまして』と言った理由をですね・・・」

「それが生意気だって言ってるんだよ、問題児!口答えするならね、迷惑かけないでくださいます〜?

「迷惑なんてかけていないじゃないですかー!!」

「うっそ?俺に迷惑かけてないの?へぇ〜、初めて知ったよ。そうなんだ〜」

真山と柴田が客人を無視していつものケンカを始めた。

 

「淳、この人が例の・・・?」

男性が、小さな声で尋ねると淳がこくりと頷いた。

「真山」

男性が、すっと立ち上がる。

髪の毛をぐしゃぐしゃにしている真山と、髪が乱れて泣きそうな柴田が一斉にその男性の方を向いた。

「何?」

機嫌の悪そうな真山が低い声で聞く。

「あの・・・お前のじゅんちゃん、紹介してくれよ」

「俺のじゃねぇよ」

真山は気分悪そうに方眉をぴくりと上げた。

そして手櫛でぐしゃぐしゃの柴田の髪を適当に梳かす。

「・・・はい、ごあいさつは?」

真山はトンと柴田の背中を押して、柴田に挨拶を促す。

「あ、はい。えっと・・・警視庁捜査一課弐係長、柴田純です」

柴田があわてて敬礼をする。

その様子に男性がクスリと笑いながら、挨拶を返す。

「はじめまして。真山の大学時代の友人で半海といいます。柴田さんのお噂はかねがね・・・」

「余計なこと言うなよ!馬鹿!」

真山が半海を睨んだ。

「半海さんということは・・・ご夫婦ですか?」

柴田がポイントのずれた質問をする。

「ええ。一応、ね」

「・・・一応って何だよ?」

今度は半海夫妻の夫婦喧嘩が始まった。

 

真山はあきらめてソファに座り、煙草を吸いだした。

彩も興味が逸れたのか、一生懸命マスカラを塗っている。

「・・・うふふふふ」

そんな中、柴田が奇妙な笑い声を上げた。

「何だよ、気持悪ぃなぁ」

真山が顔をしかめながら、自分の隣に突っ立っている柴田を見上げた。

「お二人は、仲がよろしいんですね」

語尾にハートマークを付けそうな勢いでうっとりしている。

「・・・ですって。半海、淳」

その言葉を聞いて、半海夫妻のケンカがぴたりと止まった。

「そう?」

淳が嬉しそうに微笑む。

「まぁ、でも真山と純ちゃんほどじゃないけどな?」

半海が意地悪く笑った。

「え!?・・・純ちゃんって、私のことですかぁ〜?」

柴田が頬を染める。

「何だよ、純ちゃんって」

真山が眉間に皺を寄せた。

「何だよ?間違ってないだろう?」

真山のリアクションに半海がにやりと反応した。

 

「あ、そうだ!どうせだったら、どうせ同じ『じゅん』なんだから換えっこしようぜ」

「かえっこ?」

真山が憮然とした表情で聞き返す。

「そう。純ちゃんとウチの淳。入れ替えようぜ」

「あ、それいいわね〜、あなた。私、また真山の彼女にしてもらおう」

半海の奇妙な提案に淳も同意をする。

同意と言うよりノリノリだ。

柴田だけが一人、状況を飲み込めていないらしい。え?え?と小さく何回も呟いている。

「純ちゃん、僕のお嫁さんにならない?こっちの淳のかわりに」

半海が胡散臭い笑顔で話しかける。

「えっ?」

柴田は少しびっくりして、それから助けを求めるかのように真山の方を見た。

しかし、真山は先ほどから表情変えることなく、煙草を吸っていた。

「・・・真山さん・・・」

柴田が真山の肩に触れる。

「何?」

真山が目線だけを柴田に向ける。

「・・・・・」

柴田は困ったような、すねたような表情をしていた。

 

「真山、いいのか〜?」

半海がおどけたように真山に話しかける。

「・・・何」

「お前の純ちゃん、俺がもらっちゃうよ〜」

半海も、淳も、弐係の面々も、そして密かに柴田も真山がどう反応するかをじっと待っていた。

 

「・・・ばーか」

すると、真山は非常に冷めた口調でこう返した。

「え?」

「淳のこと好きで好きでしょうがな〜いお前がそんなこと出来んの?」

お返しとばかりに、真山がふざけたような口調で半海をいじめた。

「・・・わかんないよ?また夫婦の危機だったりして」

負けじと半海も応戦する。

「それはないでしょ。お前前回淳と別れるって俺を呼び出したとき、今にも泣きそうな情けない顔してたぜ?

上手く行ってることくらい、今みたいな幸せでしょうがないよ〜みたいな顔してればわかるって」

「・・・う・・・さすが腐ってもおまわりさんってことか?」

半海が図星とばかりに少し顔を赤らめた。

 

「この人にその気がなくっても、純ちゃんがその気になったらどうするの?」

淳が、夫を助けるかのように真山を責める。

「柴田が半海に・・・?ありえねー」

真山がおどけたように軽く首を振った。

「でも・・・」

それでも反論しようとする淳の声を遮って、真山が自信ありげに言った。

 

「柴田が俺以外の男で満足するわけがないじゃん」

 

その一言に、半海夫妻は何もいえなかった。

「なぁ?柴田」

「・・・え?・・・はい」

柴田が真っ赤になってうつむきながら答える。

「あ、別にやらしい意味じゃねぇよ?俺好みにすっかり調教されてるの。このお嬢さん」

真山が、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。

 

「・・・真山、お前さ・・・」

半海がうなだれながら言う。

「ん?」

「…まぁいいや・・・四人で食事、行こうぜ。今日大丈夫?」

「ああ。大丈夫だろ?柴田」

「・・・あ。あ、はい」

「よーし、それじゃ決定―。さっさと行こうぜ」

「真山さーん、まだ就業時間内ですよ?」

「あと・・・五秒、四、三、ニ、一・・・」

『業務終了!業務終了〜!!』

「あ!すごーい」

「当たり前。俺を誰だと思ってんの?さ、行くよー。半海も淳も」

「「はい」」

「だーから〜、お前じゃないって、返事するな!」

「いたた・・・だって・・・」

「あ、お茶ご馳走様でした。ごめんなさいね、お邪魔して」

「じゃあ、真山と柴田さん、借りて行きまーす」

 

こうして、四人はエレベーターの中へと消えていった。

 

 

「なぁ、さっきのって・・・のろけやんなぁ?」

「だと、思いましたけど・・・」

「真山さん、のろけてる自覚ないんちゃいますの?」

 

「まぁ、あの人はきっと柴田にめっちゃ惚れてる自覚もないんやろなー」