ウワサ

 

 

「おー、真山。久しぶり」

「おう」

「何?お前まさか、まだおまわりさんやってんの?」

「一応ね。何?逮捕して欲しい?」

「遠慮しとくよ。なんかお前本気で俺のこと刑務所入れそうだもん」

「遠慮すんなよ?パトカー乗ったことある?豪華なタクシーみたいなもんで、いいよ〜」

「だーかーら、俺を犯罪者にすんなよ!」

「冗談だよ。冗談。お前、相変わらず興奮すると鼻の穴でかくなるのな」

くくくと真山は笑って、煙草に火をつけた。

その仕草を横目で見ながら、彼は自分の氷の入ったグラスを揺らした。

からん、と氷が音を立てた。

 

「なんだよ、お前が呼び出すなんて珍しいな」

「・・・うん。ちょっと真山に聴いて欲しい事があってさ」

「何?」

「・・・うん」

 

「実はさ、俺、離婚するんだ」

 

「・・・そう」

 

真山は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて、注文したウィスキーのグラスを手にした。

久しぶりに味わう琥珀色の液体は、少し苦かった。

 

しばらくの沈黙の後、彼がようやく口を開いた。

「何にも訊かないのか?」

「別に、俺が口出しすることもないだろう?」

「でも・・・」

「でも?」

 

「俺が、あの時アイツを奪らなければお前とアイツが結婚しているはずだったのに・・・」

 

彼が、小さく呟いた。

真山は、何も聞こえていないかのように顔色一つ変えずにただ、酒を飲んでいる。

 

「すまない。俺がアイツを幸せにしてやるってお前と約束したのに」

 

彼の小さな呟きに、今度は真山がフッと笑った。

「・・・何だよ?」

 

「いや、ちょっと思い出してな」

「あの頃のことか?」

「いや、違う」

 

「俺、実を言うとあの頃あんまりアイツのことが好きだったわけじゃなかったんだ」

「・・・・・・」

「ただ、いつも輪の真ん中にいて、みんなから好かれていたお前が妬ましかっただけだったんだ」

「・・・だから俺の女を奪ったってか?」

「そうだ。最初は軽い気持ちだった。お前がどんな顔をするか見たかった。

けれども、お前は俺を簡単に許した。俺もアイツを本当に好きになった。

・・・変な気分だったよ。好きになるはずじゃなかったんだ。

それなのに失いたくなくなってた。どうしても」

真山がもう一度、フッと笑った。

「でも、駄目なんだ。アイツはもう、俺のことなんて愛しちゃいない。

初めからそうだったんだ。

きっと、アイツはいまでもお前のことが忘れられないんだ。

お願いだ、真山。お前独身だろ?もう一度、アイツとやり直してくれ!!」

 

「・・・無理だね」

 

「・・・虫のいい話だってわかってるけど、お願いだ、真山」

「俺もさぁ、別に意地悪で言ってるわけじゃないんだよね」

「まさか、今いるのか?彼女」

「彼女ねぇ・・・。いるんだか、いないんだか」

「おい、ふざけないでくれよ!俺は真剣に・・・」

「別にふざけてないよ。彼女じゃないけど、変な女がいてさ・・・」

「変な女?」

「そ。いっつもそいつの捜査に振り回されてて、恋だの愛だのやってる場合じゃないんだよね」

「振り回される?真山が?」

「そう。24時間365日、事件に猪突猛進する俺のクソ上司」

「お前が振り回されているのなんて、想像できないな」

「俺だって、想像したくないよ!今日だって、時間通りに来れたの奇跡だったんだぜ?」

「そんなに、凄いのか。その人」

「ああ。ちょっと用があるって言っただけで、誰とだの、何の用だの、どこで会うのだの、何時に帰ってくるのだの色々尋問されてさ・・・」

「・・・まるで奥さんみたいなんだな。本当に彼女じゃないのか?」

「ん〜、まあやることはやってるんだけどさ。彼女ってカンジじゃないんだよね」

「お前まさか、いいように遊んでるんじゃないだろうな?」

「まさか。遊ぶんだったらもっと面倒くさくないヤツにするよ」

「ってことは・・・本気なのか?」

「いや、だから本気とか遊びとか言うんじゃなくってさ」

 

「・・・運命共同体ってカンジ?」

「運命共同体?」

「そ。死ぬも生きるもヤツ次第。死ぬ時は、二人でぶっ倒れるんだろうよ。

も〜、ほんと面倒くさいのよ、あの女。マジで」

 

「ふーん。お前がそんな事いうなんてね・・・」

「変か?」

「いや、お前がノロケるの初めて聞いたよ」

「俺がいつのろけた?」

「・・・自覚ないのかよ?」

「のろけてないもん。自覚なんかあるわけないでしょ?」

「お前、その人のことが本当に好きなんだなぁ・・・」

「は?何言ってんの?」

「自覚ないのは、相当その人に参っちゃってる証拠だろ?」

「お前さ、本当に手錠付けてみたいだろ?」

「だから、やめろって!職権乱用!!一般市民を好き勝手に逮捕すんな!!」

 

「あー、もう胸クソ悪ぃ!帰るわ」

「あ、真山すまなかったな。また俺が独身になったら、飲もうぜ」

 

「・・・お前さ、ちゃんと話し合ったのか?アイツと」

「・・・・・・」

「今日さ、俺んところに電話あったよ」

「・・・アイツ、何か言ってたか?」

「自分で聞けよ。ったく俺も暇じゃないんだからさ、夫婦して俺んトコに泣きついてくるなよなぁ〜」

「愛する彼女と、一緒にいたいもんな〜。真山は」

「だから、彼女じゃないって言ってるでしょ?」

「お、『愛する』は否定しないのか?」

「・・・今度飲もうぜ、三人で」

「お、あわせてくれんの?ウワサの愛する人と」

「じゃ、4人か」

「え?」

 

「真山、ありがとな!」

真山は、後ろを向いたまま片手軽くあげて返事をした。

 

「あ、そうだ」

「なんだ、真山。忘れ物か?」

「俺の『愛する人』が言うにはさぁ、

『幸せ』って誰かに与えてもらうもんじゃなくって、そこに生まれるものなんだって」

「は?」

「だからさ、『幸せにしてやる』って言うのは思い上がりなんだってさ」

「・・・いいこと言うな、その人」

「うん、知ってる。本人には馬鹿としか言わないけどね」

「・・・ご馳走様」

「お粗末さまでした」

 

帰ったら、もう一度君と話し合おう。

まずは、真山のことから話そうか。

ヤツも、幸せそうだったと。

きみといる時の俺のように、幸せそうだったと。

そう言ったら、君はなんて答えるだろうか?