「真山君、真山君」

突然、真山は自分の名を呼ばれて顔を上げた。

ここは、警視庁内の喫煙コーナー。

アホ上司の「捜査に行きましょうよ〜」コールや、ダメ部下の「犯人、わかってもうたんですけど?」から逃れられる、真山にとっての唯一の憩いの場であった。

その安息の地で、まさか名前を呼ばれるとは、真山は全く予想もしていなかった。

声のするほうを見てみると、そこにいたのは見知った顔だった。

「・・・元係長。こんなところで何してるんすか?」

「ひさしぶりだね。真山君」

その人とは、野々村元弐係長待遇であった。

 

野々村は、後ろに怪しいやたら大きな袋を持っていた。

「なんすか?その袋?」

「真山君・・・お願いがあるんだ・・・」

野々村の真剣なその表情は、真山が始めて見るものであった。

 

 

「5時15分、5時15分」

近藤のパソコンから、いつものように定時を告げた。

「今日は、モンキーダンスのお稽古の日なので、お先に失礼します」

近藤はそう言って姿勢正しく、弐係を去って行った。

金太郎は、いつものようにソファで高いびきだ。

「今日は弁護士集団と合コンやねん。ええカモ見つけて顧問弁護士にせなあかん。

弁護士の相談料も馬鹿にならへんもんなー」

彩がなにやらブツブツ言いながら、ミュールをこつこつ言わせながら弐係を後にした。

 

「・・・彩さん、弁護士にお世話になるような事したんでしょうか?」

書類を書いていた柴田が、急に真山に尋ねる。

「さぁ?似合いすぎて面白くないけどね」

真山は読んでいた漫画をパタンと閉じた。

「お前、仕事終わったの?」

ちらりと柴田の手元を見る。

「はい。終わったというか、一区切りはつきました」

あっそ。じゃあ帰るよ」

真山が席から立ち上がる。

「真山さん。なんですか?その荷物」

真山の手には、先ほど野々村から受取った大きな袋があった。

「ん?秘密。帰ってからのお楽しみ」

「・・・私、今日真山さんのお家に伺うなんて言ってませんけど」

「・・・来ないの?」

「行かないとも言ってませんが」

ぺしん。

「来るなら、もったいぶんなよ!」

「・・・いた・・・来て欲しいなら、素直に言って下さいよ」

真山は黙って、自分が叩いた場所を撫でた。

「ほら、さっさと帰るよ?」

 

 

ガチャ

真山の部屋の重い扉が開いた。

「も〜。真山さんの馬鹿ー」

部屋に入ってきたのは、全身ずぶ濡れの柴田。

「なんで俺のせいなんだよ!」

その後に、憮然とした真山が続く。

「お前が勝手に車の跳ね返り派手に浴びたんでしょ?」

真山がぽいぽいと自分の靴を脱いで、自分の部屋にあがった。

だって〜、真山さんがわざと私を盾にしたんじゃないですか〜」

柴田はもう泣きそうだ。

「うるさいよ!そんなびしょびしょのままウチにあがるなよ?」

「え〜?どうしろっていうんですか?」

柴田は、スカートの裾を絞っている。

「・・・ちょっと待ってろ」

真山が、バスルームに向かった。

 

柴田が「あぁ〜」とか「もう〜」とかブツブツ言いながら服のあちこちを絞っていると、真山は上半身裸で戻ってきた。

「!!真山さん、なんてはしたない!!」

「何言ってんの?どうせ誰も見てないって」

真山は柴田のそばまで来ると、柴田の頭にタオルをかぶせた。

「・・・暴れるんじゃないよ?」

それだけ言うと、真山はいきなり柴田を抱えた。

「キャッ!」

柴田がじたばた暴れる。

「だから、じっとしてろって言ってるでしょ?水落ちるから、水」

真山は、柴田を荷物のように抱えてバスルームに向かった。

 

バスルームに着くと、真山はそっと柴田を降ろした。

「はい、バンザイして。バンザイ」

真山に言われた通り、柴田がバンザイをした。

すぽん。

柴田が着ていた薄手のニットを真山が脱がした。

洗面台でそのニットを絞る。

透けている下着が恥ずかしいらしく、柴田が胸を手で隠し、もじもじしている。

「とりあえず、風呂はいって来いよ」

「・・・はい」

「あ、風呂上がったらさ。これに入ってる服着ろよ」

真山が指さしたものは、あの大きな袋だった。

「あ、服が入ってたんですか。それ」

「うん。シャツワンピースっていうのかな?白の。かわいいよ〜?」

「・・・どうして真山さんが女性ものの服を?」

「お前のためだよ。ちゃんと着てきてねー」

「え?」

真山らしからぬ甘い言葉に、柴田の顔が赤くなった。

そんな柴田を気にも留めずに、真山はバスルームから出て行った。

 

 

シャワーの音が止み、しばらくして部屋に響いたのは、柴田の情けない悲鳴であった。

「まやまさぁ〜ん!!」

その声を聞きながら、真山はウヒヒと笑った。

「ちゃんと着て出て来いよ〜」

楽しそうに笑いながら、煙草を灰皿に押し付けた。

 

カチャリ

バスルームの扉が開いた。

「真山さん・・・これ、スカート短いです〜」

扉から出てきた柴田は、看護婦の制服を着ていた。

「お!いいね〜。ナース柴田。可愛いじゃん」

真山が嬉しそうに柴田に近づく。

「真山さんの嘘つき〜。どこがシャツワンピースなんですか?」

「・・・とか言ってる割に、ちゃんとナースキャップ付けてるし」

柴田の頭には、しっかりとピンでナースキャップが付けられていた。

「やるからには完璧にしたいですから」

「変なところまで真面目だねぇ」

真山がふっと笑った。

 

「・・・どうしてこんなものがあるんですか?」

「もらったの」

真山は満足そうに柴田の看護婦姿を眺めている。

「どなたにいただいたんですか?」

「野々村のオッサン。嫁さんに嫌がられたんだって」

「やっぱり、この裾の短さはな・・・って、どこ触ってるんですか?」

「いや、スカート短いのって新鮮だなーと思って」

真山は、柴田の太ももに手を這わせていた。

「ちょ、やめて下さいよ・・・」

真山の眉がぴくんと上がる。

「・・・やめていいの?」

「いいですよ」

「・・・じゃあ、やめない」

「え!?」

真山はにやりと笑うと、柴田にキスをする。

「・・・ん・・・」

柴田の甘い声が部屋に響いた。

真山が角度を変えて、キスをするたびに漏れる柴田の声は次第に甘く、高くなっていく。

「ま、やまさん・・・」

真山の首に腕を回す柴田の表情が、熱を帯びてきていた。

こちらを見つめる柴田の視線さえも、妖艶で。

思わず逸らしてしまいたくなる。

けれども、所詮は無理な話で。

振り回そうと思っても、掴まるのは結局いつも真山だ。

誘ったのは自分のはずなのに、虜になっているのは自分。

 

真山は柴田を抱きかかえて、床に横たえた。

「あ・・・」

「・・・何だよ」

「あの・・・ナースキャップ外していいですか?」

「は!?」

「痛いんです。ピンが当たって・・・」

真山が起き上がる。

「お前、馬鹿!?」

 

先ほどまでの甘い雰囲気はどこへやら。

真山の眉間には深い皺が見える。

「お前さ、そこに座れ」

「・・・はい・・・?」

柴田がゆっくりと起き上がる。

「お前ダメ。全然わかってないね」

真山がどこからか煙草を取り出していた。

「わかってないって・・・。何をですか?」

柴田が乱れた白衣のまま、正座をしていた。

「どうしてナースキャップ外そうとすんの?違反だよ、違反」

「ダメなんですか?」

「ダメに決まってるじゃん!いいか?俺が何のためにナース服着させてると思ってるの?」

「え?・・・なんでですか?」

「看護婦ちゃんとセックスする疑似体験がしたいからに決まってんじゃん」

「・・・そうなんですか?」

「そうなの。・・・だから〜、ナースキャップとか外されると困るわけ。わかる?」

「ナースキャップを外したら、看護婦じゃなくなるから、ですか?」

「そうそう。ちなみに、服もぬいじゃダメなの。乱すくらいがいいんだよねー」

「へぇ・・・そうなんですか」

「脱いじゃったら、着させた意味ないじゃん。おまえとセックスなんていつもやってるし」

「・・・なるほど」

「ね?」

真山が、煙草の煙を一気に吐いた。

 

「・・・それって酷いです」

難しい顔をして考え込んでいた柴田が、急に口を開いた。

「何が?」

「それって、私じゃない看護婦さんとセックスしたいってことですよね?」

「は?」

「真山さん、私に飽きたんだ・・・」

柴田の目がうるうると涙を帯びはじめた。

真山があきれたように、頭をぽりぽりと掻いた。

「真山さんの馬鹿」

柴田がくるりと真山に背を向けた。泣いている様だ。

 

煙草の火を消して、真山が柴田の真後ろに座った。

「あっちいってください」

柴田のすねた声が聞こえる。

それには答えずに、真山は後ろから柴田の肩に顎を乗せた。

そして、柴田の服のボタンを一つ一つ外していく。

「何するんですか!?」

柴田が抵抗をする。

「誰が飽きたって言ったよ?」

「え?」

「別にお前を抱くのを飽きたなんていった覚えないけど?」

柴田の服のボタンが、全部外された。

それを確認して真山はナースキャップを取る。

「はい、これでいつもの柴田さん。俺にとっては、十分美味しそうに見えるけどね」

「・・・無理しなくっていいですよ?」

「無理なんてしてねぇよ」

「だって、『看護婦とセックスしたい』って仰ったじゃないですか」

「したくても出来ないから言ったの」

「・・・すればいいじゃないですか。私なんか放っておいて」

「頑固だねぇ」

真山はあきれたように笑うと、柴田をきつく、抱いた。

 

「お前じゃないと、セックスする気、おきないよ」

「・・・ホントですか?」

「さぁね」

「・・・意地悪」

「優しい俺なんて、気持ち悪いでしょ?」

「確かに」

ぺちん

「否定しろよ」

 

 

 

 

ほらな?お前は気付いていないみたいだけど。

虜になってるのはやっぱり俺のほうだ。