とんかつ
とあるとんかつ屋。 そこで柴田と真山はいつものように遅い夕ごはんを食べていた。
「・・・ねぇ、お前なんでとんかつ屋でカレー食ってんの?」 「え?ダメですか?結構美味しいですよ、このカレー」 「普通さ、とんかつ屋ではカツ食べない?」 「でも・・・このお店に入ってきた時に、隣に座ってた方が召し上がってたじゃないですか?」 「ああ、そういえばいたね。汗だくでカレー食ってるオッサン」 「匂いがね、すごく美味しそうだったんですよ。それにつられて、つい・・・」 「馬鹿だねー。ここのロースカツ、絶品だよ?」 「・・・それに、昨日もとんかつだったじゃないですか」 「あのね、昨日はカツ丼。今日は定食。違うじゃん、全然」 「同じですよ〜。真山さん、毎日とんかつで飽きませんか?」 「全然?」 「・・・やっぱり味覚の方もお歳なんですね・・・昨日食べたものの味覚とか覚えてないから飽きないんじゃ・・・あいた!」 「普通、年取ったら脂っこいものが食えなくなるでしょ?若い証拠。ね?」 「そんなに無理なさらなくても・・・いったぁ〜い!!」 「黙って食え!黙って。な!」 「はい」
「・・・あの・・・」 「・・・何だよ」 どうして、真山さんそんなにとんかつがお好きなんですか?」 「は?」 「真山さんって、なにかあると『とんかつ』じゃないですか」 「・・・別に理由なんてないけど?」 「あ、そうか・・・貧しい頃にきっと憧れだったんですよね〜。お肉とかカツとかって・・・いたっ!」 「戦時中かよ!!」 「あ、それとも取調べの刑事の定番だから・・・ですか?」 「テレビの見すぎ。君も現職の刑事でしょ?一応」 「えーっとじゃあ・・・なんだろう・・・?」 柴田はスプーンをくわえたまま考え込んでしまった。 その姿を見て、真山が苦笑いを浮べた。 定食についてる味噌汁を一気に飲むと、小さくため息をついた。
「・・・あの時、素直に食わなかったからね」 「え?何がですか?」 「カツだよカツ。気になるんでしょ?」 「あ、はい。・・・あの時といいますと・・・?」 柴田が真山の方に身を乗り出してくる。 胸のリボンがカレーに付きそうになっているのを見て、真山はリボンの先をカーディガンに無理矢理入れた。 「・・・谷口が、くれたんだ」 真山が小さな声で呟く。 「・・・谷口さん・・・?」 柴田はその名前に心がちくりと痛んだ。 表情がわずかに歪んだ柴田の顔を見て、真山がまた苦笑いを浮かべる。
「谷口が・・・自分で自分を刺す前にさ、俺にくれたんだ。カツサンド」 柴田は一言も聞き逃すまいと、じっと真山を見ていた。 「俺、最初食わなかったんだ。警戒して」 真山がふっと懐かしむように笑った。 「怒られたよ、谷口に。『仲間を信用しろ』ってさ。その言葉で、馬鹿みたいに谷口を信用しちゃったんだけどさ」 「・・・真山さん・・・」 柴田は何を言っていいかわからなかった。
あの事件の顛末を、柴田は真山の口から聞いた事はなかった。
野々村や近藤などから聞いたことと、自らが推理したこと。 それが柴田にとって「事件の真実」であった。 事件の後、本当に色々なことがあって、真山に聞く機会がなかったのもある。 けれども、色々なことがなかったとしても、柴田は真山に聞くことは出来なかっただろう。
だから、あの時真山と谷口の間に何があったか、柴田にはわからない。 それでもきっと、真山にとって心の痛む話だろうことは、鈍い柴田でもわかった。
柴田は手を伸ばして、真山の頭を撫でた。 「・・・なにすんの?」 真山が軽く睨む。 「泣かないで下さい、真山さん」 「泣いてないけど?」 真山は、うっとおしそうだったけれど、その手を払わなかった。
「谷口さんのその言葉は、本心だったと思います」
柴田は、一生懸命にそう言った。 それは勿論谷口の「真実」ではない。柴田の想像に過ぎない。 けれども真山にはその言葉がただ単純に嬉しかった。 ・・・そうだといい。そうであったらいいねと誰かに言って欲しかったのかもしれない。
「・・・カレー冷めるよ」 「あ、はい」 真山の言葉に柴田は素直にカレーをまた食べ始める。
あの時、確かに俺を救ってくれたのは、この女が俺を信じてくれたからだ。 いや、この女だけではない。野々村のオッサンも、近藤さんも、そして谷口も・・・ あの時まで「仲間」だなんて思ってもみなかった彼らに、確かに救われたんだ。
―仲間を、信じてください
谷口のくれたその言葉と、空腹に染みたカツサンド。 あのとき、谷口は俺に自分を殺させるとこも出来たのにヤツはしなかった。 ギリギリのところで、犯罪者にならずにすんだのは、きっと谷口のお陰だ。 ひとりよがりでもおめでたくてもいい。そう思っていたかった。
「あ!真山さん」 「・・・なんだよ」 「今、キスしたら口の中が『カツカレー』になりますね〜」
・・・おめでたい人間、もう一人ここに発見。 |