シンキング タイム
真山といると柴田は当たり前のことが出来なくなる。 例えば、呼吸のひとつにしても、時々どうやってすればいいのかわからない。 それから、じっと何かを見る事、何かに触れる事。 名前を呼ぶことさえも。
長いキスの後は、少しくらくらする。 それは、柴田の呼吸の仕方が下手なのか、それとも真山のキスの仕方が上手いのか。 柴田の頬が赤く染まるのも、同じ理由からだと思うけれど、どっちかはやっぱりわからない。 もう一度、真山がキスをしようとすると、柴田が苦しいと言いたげに甘い声を出す。 真山はその声に構わずにキスをする。 柴田も苦しそうにはしているものの、決して嫌そうではない。 遠慮がちにだけれど、真山のシャツを掴んでいた。 真山の腕の一方は腰に廻され、柴田を徐々に引き寄せる。 そしてもう一方の腕が、鎖骨の辺りから徐々に服の中に進入してきていた。 真山の手の冷たさに、柴田は少し身を捩ったが、それも気持ちがよかった。
柴田はたまらなくなって、もう一度甘い声を出す。 それが、真山を煽ることを知ってか知らずか。
目を閉じても、目の前が暗くならない。 五感のほかのところが働きすぎているからだろうか。 柴田が僅かに目を開けると、真山の長い睫毛が伏せられていた。 体温が、上がる。 腰にあった真山の手が背中を伝わって首の後ろを撫でた。 背中が弱点の柴田の体に電流のような寒気が走る。
力が入らなくなって、柴田の思考回路が緩やかになる。 それでもなんとか止まらずにいるのは、一生懸命真山を感じようとするからだ。
やっと、真山の唇が柴田から離れていく。 柔らかな唇の感触が名残惜しくて、自然と指が付いていった。 だけど、その唇に触れる事は出来ない。 ギリギリまでしか近づけないのだ。
触れたら、どうにかなってしまいそうだったから。
「・・・何?もっとして欲しい?」 にやにやと意地悪く笑う真山の顔を、柴田は見ることが出来ない。 「はい・・・もっと、お願いします」
こういうときの柴田の声は、いつもよりも低い。 まるで声の出し方から違う人間のようだ。
だって、どうやって声を出していたかなんてわからない。 普段の柴田が甘い声で男を誘う事が出来ないように。
頭の中にそんな余裕がないのだ。 僅かしか機能していない頭は、真山を感じるだけで精一杯になってしまう。
「・・・いいね」 真山の口角の一方がぴくりと上がる。 「何がですか?」 「ん〜?『エロバージョンの柴田純』」 のどぼとけがかすかに動く。 痺れるくらいの低い声。 その声で名前を呼ばれるのは、何よりも幸せだ。
「・・・知りませんでした」 「何が?」 「フルネームって、いいですね」 目は見れないので、のどぼとけのあたりを見た。 「最後の方だけ聞いてると、名前呼び捨てにされているみたいです」
柴田には見えないが、真山は密かに眉間に皺を寄せた。 「お前・・・」 あきれたように真山は柴田を見下ろした。 「はい?」 柴田がもう少しだけ顔をあげた。 真山は柴田の顔を見つめ、それからフッと優しく笑った。 「・・・やっぱり柴田だね」 「はい」
柴田が返事をすると、真山の顔がまた近づいてくる。 ゆっくりと降りる瞼に、温かい唇の感触がある。 かすかに開けた柴田の唇を、真山の指がなぞった。
・・・破裂しそうだ。
柴田は腕を伸ばして、真山の首にしがみつく。 それを受け止めて、真山は柴田と一緒にゆっくりとベッドの上に横になった。 珍しく、柴田が真山の上にいる。
「・・・真山さん」 真山の首筋に唇を当てて柴田が呟く。 「ん?」 「なんか・・・どうにかなっちゃいそう、です」 やわらかく髪を撫で、真山が笑った。 「まだこれからなんですけど?」 「・・・はい、覚悟してます」
真山が胸の上に柴田を乗せたまま、上半身を起こした。 そして、本日三度目のキスをする。 けれど、それはもう真山からの一方的なものではなく、はっきりと柴田の意思も感じられた。 ずり落ちないように、しっかりと真山の首にしがみついた。 唇をゆっくり離すと、真山と柴田は目が合ってしまう。
「準備はいい?エロ柴田・・純」 わずかな言葉の隙間がたまらなく嬉しい。 それが真山の気まぐれだとしても。 「…はい」
当たり前のことが当たり前のように出来なくても、この人の傍にいれればいい。 ろくに動かない頭でも、それだけははっきりとわかる。 それだけがわかればそれでいいような気がするのも、思考能力が落ちているせいなのかもしれない。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、柴田は密かに願っている。
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