手向け

 

 

 

俺は一人、島にいた。

そこは、いつか行った「黄泉の国へと繋がっている」というあの島。

名前など憶えていなかった。二度と、行く必要がないと思っていたからだ。

 

 

 

そこにいたのは朝倉。

「お久しぶりです。真山さん」

「なんだよ、お前死んだんじゃなかったっけ?」

「いいえ。まだ死んではいませんよ?…だって、貴方が生きているから」

 

朝倉は相変わらず謳うように言葉を発する。

真山はその話し方が嫌いであったが、

それで全身の血が逆流するようなこの感じはとても好きだった。

 

 

「相変わらずだねぇ、お前も。とっとと楽になれよ?」

真山は少し笑いながら言った。

 

以前あれだけ憎んでいた青年に対して今の自分は以前とは少し異なる気持ちを抱いている

その事が何故か嬉しかった。

 

真山の中で、あの事件はケリが付いた事をはっきり自覚する事が出来たからだった。

 

 

 

「まだまだ、真山さんと遊びたいので死ぬわけにはいかないのです」

朝倉はニヤニヤしながら答えた。

無意識に真山の眉が少し上がる。

「俺はもういいよ。もうお前と遊ぶのはうんざりだ」

そう吐き捨てるように言った。

「遊び」という言葉であの一連の事件を表現するのは吐き気がしたが、

それ以外は紛れもなく本心だった。

 

 

「悲しい事いわないで下さいよ。せっかく、いいネタを持ってきたのに」

そうわざとらしく嘆くと朝倉はゆっくり指をさした。

その動きをゆっくりと目で追うと、その先には彼女の姿があった。

 

「柴田」

言うより早く、駆け出していた。

柴田はいつもよりもずっと白く、蒼い顔をしてそこに横たわっていた。

女をそっと抱き起こす。

いつか見た情景だ。

 

「柴田!」

より一層大きな声で女の名を呼ぶ。

 

しかし返事はない。

 

 

女の頬に触れると、それは人形のように冷たかった。

 

 

 

「お気に召しました?真山さん」

いつの間にか朝倉はすぐ傍に来ていた。

笑みを浮かべ、楽しげに。

それはいいことをした後に母親に褒められたい一身で成果を見せる子供の様だ。

 

 

 

 

 

 

 

朝倉は期待していた。

真山の大事なものを奪うことで、また真山の憎悪を自分が一身に受ける事を。

それは今の彼の願いでもあった。

 

 

 

 

しかし、彼の予想は裏切られた。

柴田を失った真山は朝倉を見ようともせず、ただただ絶望の表情で柴田を見つめているだけだった。

 

彼女の名を呼びながら。

 

 

 

 

 

このような事態に一番戸惑っているのは真山自身だった。

沙織のときはこんな風にはならなかった。

沙織を奪われた時は、体中の血がざわめいて朝倉を殺す事しか考えられなかった。

けれども、今回は違う。

柴田を失ってしまった俺は何でこんなに情けないんだろう?

本当に自分の体の大切な一部がなくなってしまったようだ。

 

以前にも一度、コイツを失いかけたことがあった。

しかし、その時とも確実に違う。

あの時よりもこの女は俺の中で大きくなっていたのだ。

 

 

 

これが、血のつながりと心のつながりの差なのだろうか?

それとも、俺が弱くなっただけなのか?

 

俺はただ、柴田を抱きしめる事しか出来なかった。

泣きもせず、叫びもせず、ただ名前を呼んだ。

二度と、返事などしないのに。

 

 

「どうしたんですか?真山さん。柴田を殺したのは俺ですよ?さあ、敵をとりませんか?」

その声に漸く真山は顔を上げる。

 

しかし、その顔に怒りはない。

悲しみに満ちた表情で朝倉を見つめるだけだった。

 

 

「どうしてですか?どうして俺に殺意を向けない!どうして?どうして?どうして〜!?」

 

 

 

 

「頭悪いねぇ、朝倉さんよ」

遠くから声がした。しゃがれて、年老いた声。

そこにいたのは壺坂だった。

真山はそこにゆっくりと顔を向ける事しか出来なかった。

声が出ない。

言いたい事はそれこそ山のようにあるはずなのに。

 

 

 

壺坂はそれを理解しているらしく、少し真山の方を見てにっと笑った。

「いいザマだな〜。真山。お前がそのタコに嵌るとはな」

そう言って、壺坂は手に持っていた白い野の花を柴田の胸の上にそっとのせる。

「でもお前、いい相手を選んだよ。こいつの目は、誰よりも真実を見据えていた」

そして、壺坂は頭をぼりぼりと掻き、もう一度朝倉に向かって言った。

「朝倉さんよぅ、お前が知らない大事な感情が、真山の中にあったってことだ」

 

 

 

「お兄ちゃん」

懐かしい、優しい声がした。

そこに居たのは沙織。悲しそうな顔をしていた。

そして、柴田の下にひざまづき、柴田の胸に白いチューリップを一輪置いた。

そっと目を閉じ、何か祈っているようだった。

「お兄ちゃん、この人といて幸せだったんだね…よかった…」

そう、消え入るような声で囁いた。

 

 

 

「柴田」

大沢麻衣子だ。いつかの、カメオを胸にしている。

ゆっくりと近づいてきて大きな白い百合を一輪柴田の上にそっと載せる。

「…ごめんね、柴田」

その声は涙に詰まっていた。

 

 

 

そして、一層静かな声がする。

「純」

聞いたことのない声だった。

真山が振り向き、声のする方向を見ると、そこには中年の男性が一人立っていた。

 

その男性は真山と柴田にゆっくり近づくと、屈んで2人と同じ目線になった。

そしてゆっくりと柴田の顔に触れる。

何度も、何度も。その顔は穏やかで、しかしどこか力強いものがあった。

「純、大丈夫だからな」

そう言った彼の瞳を見て、真山は不思議な気分がした。

いつも見ているあの目と同じだ。あの、真実を見抜く二つの眼球と。

「…柴田の…親父さん…?」

漸く発した真山のその言葉を聴いて、男性は力強く頷いた。

 

そして、柴田の髪を優しく撫でると、急に真山の懐にあったニューナンブを抜き取った。

 

そのまま純成は、その銃を朝倉に向けた。

 

「柴田さん!」

真山が叫んだ。純成は朝倉を見据えたまま、真山に言った。

「真山君、朝倉は君の獲物だろうが、ここは私に任せてくれ」

「でも…」

「君も気づいているんだろう?朝倉の事はもう君の中では終わったことなんだと」

「…」

「もう、十分だ。君は十分闘ったよ。だから、これ以上何も背負わなくてもいいんだ」

「柴田さん…」

「君の為だけに言っているわけではないよ。これは私の為なんだ」

いつの間にか壺坂、沙織、大沢麻衣子は消えていて、

ここにいるのは朝倉、真山、純成の三人と真山に抱かれている柴田しかいない。

 

「私が娘にしてやれた事は何もないんだ。

せめて、純の愛した人には何かしてあげないとね。あの子にうらまれたくは無いから」

 

純成は、ゆっくりと引き金に指をかけた。

 

「真山君、娘を…よろしく」

 

 

その瞬間風が吹いた。

柴田の胸に置かれていた花が一斉に舞った。

そして、その花びらが真山の周りに飛び散って…

 

 

 

 

 

 

 

パァ〜ン

 

 

 

 

 

 

その間抜けな音で真山が目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋だった。

 

いつもと違うのは、柴田が笑顔で覗き込んでいる所。

 

 

「何してんの?お前」

「おはようございます。真山さん。びっくりしました?」

「お蔭様で、最悪の寝起きだよ。だから、なにしてんの?ってば」

「ウフフフ〜、なんと今日は真山さんのお誕生日で〜す!おめでとうございます〜!」

 

柴田はのんきにそう言い放ち、一人で拍手をしている。

 

 

バチン

真山の平手が柴田のおでこを直撃した。

「おっ、いい音。やっぱり常識が入っていないと音も軽いんだね」

「痛いです〜。もう、何なさるんですか〜?」

「お前こそ何なさるんだよ?人の誕生日に勝手に部屋に入ってくんなよ!」

「え〜?お気に召しませんでしたか?

クラッカーで目覚めるって、誕生日の朝に相応しい、御目出度い起き方だと思ったんですけどね〜」

「おめでたいのはお前の頭ん中だよ!ね?

普通、朝っぱらから他人んちでクラッカー鳴らしたら、迷惑だろ?」

「え〜?そうでしょうか〜。私だったらうれしいけどなぁ」

「お前の常識を一般常識として考えんな!お前はね、特殊なの、特殊。いい加減気づけよなぁ〜」

そこまで言うと、真山は漸く体を起こした。

 

 

 

「…真山さん」

「ん?」

「よく眠れましたか?」

「何で?」

「少し…うなされてたから」

「あ〜、嫌だ!お前人の寝顔覗くなよな〜!変態!」

「真山さん、真面目に聞いてください!何か嫌な夢でもご覧になったんですか?」

「ああ。みたよ。すっごいいやな夢」

「え?どんな夢ですか?」

「お前の親父さんが出てきてさ、お前の世話を押し付けられる夢」

真山が少し笑って言うと、柴田は少し優しい顔になって聞いた。

 

 

「…お父さん、元気でしたか?」

「ああ。いい人だな、親父さん」

「…ありがとうございます。へへ…」

もちろん、真山の夢に出てきたあの男性が本物の柴田の父親だという証拠は無いし、

そもそも他人の夢に出てきた人物と実在の人物が同じ性格であることなんてほとんどありえないだろう。

けれども、そんなことを承知で父親の事を聞いてくる柴田を真山は素直に可愛いと思った。

 

そして自分も夢に出てきたあの男性が柴田の父親であると信じたいと思った。

彼の優しさに報いる為に。

 

真山は黙って柴田の腕を掴み、自分の胸へと引き寄せた。

「真山さん、あったかいですね」

「…お前もな」

「当たり前です。生きてるんですから、私たち」

「お前が、生きていてくれて良かったよ」

真山はそう言うと、柴田を抱きしめる腕に力を込めた。

 

「…真山さん」

「ん?」

 

「お誕生日、おめでとうございます」