たまごごはん 

 

 

 

たまには、帰ります。

そう金曜日の帰り道に柴田が言って、久しぶりに別々に過ごすはずだったのに。

土曜のお昼前に部屋のチャイムが鳴って、柴田は家に来た。

肩にいつもの鞄と、でかいダンボールを一つ、持って。

 

「・・・何それ?」

「お土産です」

荷物がすごく重いらしく、柴田はぎこちない笑顔を浮べた。

「バナナ?」

「違います・・・真山さん、すみませんが重いのでちょっと、持っていただけますか?」

「え?バナナじゃないのに俺が持たなきゃいけないの?なんで?」

「意地悪いわないで下さいよ〜。本当に重いんですから〜、これ」

確かに、真山が視線を落すと柴田の指先は白くなっていた。

「・・・ここまでどうやって来たの?」

「えっと、タクシーで」

「給料後とはいえ、贅沢なヤツ」

「え?なんですか?」

「・・・なんでもない。持ってやるから、貸して」

「ありがとうございます」

今度は柴田が自然な笑顔を作った。

 

真山がその荷物を受け取ると、柴田は肩にかけていた鞄を下ろした。

「そんなに重くないじゃん。この箱」

「あ、はい。こっちのカバンの方が重いんですよ」

「なにをそんなに持ってきてんの?」

「それは、開けてからのお楽しみです」

ふふふと嬉しそうに柴田が笑う。

そんな柴田の顔を見て真山は眉間に皺を寄せた。

「じゃ、土産だけもらっておくわ。じゃあな」

そう言って片手でドアを閉めて、ついでに鍵をかける。

「あれ?真山さん?まやまさーん!?」

ドンドンドンと柴田が激しくノックするドアを真山はくっくと笑いながら眺めた。

 

 

「・・・で、なにこれ?」

ようやく部屋に入れてもらえた柴田を前に、真山は訊いた。

ふっふっふ、と不適に笑いながら柴田は勿体ぶって答える。

「真山さんのお家にないもので、生活には必要なものです」

ぱちっ。

「早く言えよ」

「・・・炊飯器です」

「はぁ!?」

「母が、町内会のくじ引きで一等賞だったんですよ〜。その景品なんです」

「・・・で?」

「真山さんのお家、炊飯器なかったですよね?だから、貰ってきちゃいました。ウチにはもうありますし」

「・・・そりゃどうも」

無愛想に答える真山の顔をじっと見ながら柴田は訊いた。

「あれ?喜んでいただけませんでした?」

「いや、そうでもないんだけどさ・・・」

真山は微妙に顔を逸らしながら答えた。

「俺、飯炊かないよ?面倒臭えもん」

「えー?白いご飯は日本人の心ですよ〜?」

「あれ?知らなかった?俺、フランス人とのハーフなの」

「えっ?ホントですか?」

「嘘に決まってんじゃん」

「あー、真山さん嘘ついたぁ」

「騙される方がどうかしてると思うけどね」

「嘘つきは泥棒のはじまりですよ?」

「小学生かよ・・・」

半ば呆れたような真山を見て、柴田は慌てて話題を戻す。

「真山さん、お米食べるときはどうしてるんですか?」

「ん?買うよ。コンビニ。お前も一緒に食ってんじゃん」

「・・・不経済だと思いません?」

「タクシーで国立からここまで来るやつがよく言うよ・・・」

「はい?」

「結局は、お前が朝ごはんに米を食いたいわけね?」

「・・・バレました?」

ぺしっ

「当たり前」

「いたた・・・でも、真山さんも食べたいでしょう?お米」

「まー、くれるっていうモンはありがたく貰っておくけどさ。使わないかもよ?」

真山は炊飯器の入っているというダンボールの前にしゃがんだ。

『本格直火炊き』という文字が目に入る。

「ウチには米ないしね」

真山は立っている柴田を見あげた。

すると、柴田がにや〜っと笑みを浮べた。

「・・・なんだよ」

真山が得体の知れない恐怖に少し後ずさりする。

「実は・・・」

柴田も屈んで、いつもの鞄の中を探る。

そして、彼女が取り出したものは米(5キロ)

「早速食べてもらおうと思いまして、持って来ちゃいました」

 

 

「・・・で、ここのスイッチを押すと・・・」

「馬鹿。こっちでしょ?普通」

「え?だってこの説明書には・・・」

「お前さ、さっきから『玄米の炊き方』見てるみたいなんですけど、お気づき?」

「えっ?ホントですか?」

「だからね、水の量も違うの。やり直しー」

「え〜?気づいていたなら早く言って下さいよ〜」

「俺はお前が自分で気付くのを待ってあげたの。俺の優しさでしょ?感謝して欲しいくらいなんだけど」

「なんか意地悪されているような気がするんですけどね〜?」

「はいはい。つべこべ言ってないで、早くやり直して?ね?」

「・・・はーい・・・」

 

 

「・・・これであとは待つだけですね。意外と簡単じゃないですか〜」

「玄米モードで白米炊こうとした女がよく言うよ・・・」

「え?なんですか?」

「・・・別に?」

やれやれと一仕事終わったように首を回しながら、真山は部屋に引っ込んでいった。

柴田は、真山と一緒に部屋には戻らず、じっと床に直接置かれた炊飯器を見つめていた。

 

30分と少し過ぎた頃に、咥え煙草の真山が戻ってきた。

白い靴下が軽く、つま先で柴田を蹴った。

「・・・何お前?ずっと飯炊けるの見てるの?」

「はい。もうすぐ炊けますよ?真山さん」

「あっそ。あ、茶碗なんてあったけな〜?」

「あ、私持って来ちゃいました。真山さんと私の分。なんと、おそろいですよ〜?」

「わー、いらねー」

「そんな事言わないで下さいよ〜。ほら、真山さんのはくまさんで私のはウサギさんなんですよ〜?」

「小学生かよ!・・・まあいいや。取り敢えずは使わせてもらうわ」

真山は柴田の手から茶碗を取って、流し場で軽く洗った。

その時、ピーっと言う米が炊けた電子音が部屋に響いた。

予め洗っておいた付属のしゃもじで真山が洗い立ての茶碗に炊きたてのご飯をよそう。

「うわー、おいしそうですねぇ」

「そう?普通じゃん」

「なんか、ほかほかでおいしそうじゃないですか〜」

「そういえばおかず用意してなかったね」

「でもそのままでもいいじゃないですか?きっと美味しいですよ〜?」

「やだよ。あー、なんかなかったかなー?」

真山が冷蔵庫を覗いた。

「あ、玉子あるじゃん。玉子かけご飯にしようぜ」

玉子を二つ持って真山が振り返ると、柴田は不思議そうな顔をしていた。

「どうした?」

「玉子を、ご飯にかけるんですか?」

「・・・え?」

「生ですか?ゆでですか?焼きですか?」

「あれ、知らないの?玉子かけごはん」

「はい」

「マジで?」

「え?有名なんですか?その料理は・・・」

「うーん。いや、有名って言うか・・・まあ、一般的な家庭料理?料理でもないか・・・」

「はぁ・・・初耳ですね」

「何でもいいや。とりあえず、あっちまで運んで?」

「あ、はーい」

柴田がお茶碗を二つ、大事そうに持って、とてとてと部屋に向かう。

真山はその後を醤油とボウルに割った玉子を持ってついていく。

 

最近買った、小さなテーブルにささやかな昼食が並んだ。

「では、いただきます〜」

柴田が手の平をあわせる。

真山は黙って、玉子の入ったボウルに醤油をたらす。

そしてかちゃかちゃといい音を立てて、箸でかき混ぜ始めた。

柴田はその手元をじっと見る。

「それを、ご飯にかけちゃうんですか?」

「うん。美味いよ?」

「でも、気持ち悪くないですか?生の玉子ですよね?」

「うみへびを平気で食うやつがそんなこと気にすんなって」

「うみへびは火を通してあるじゃないですか〜」

「そこ?食いモンで気にすんのそこだけなの?お前」

とりあえず、真山は自分のお茶碗に玉子を入れる。

そして、ご飯と玉子を適度に混ぜると、少々下品な音を立てて玉子かけご飯を食べはじめた。

ずるずるずる。

その音は、綺麗ではないけれど、非常に柴田の食欲を煽った。

「・・・真山さん」

「ん?」

「美味しい、ですか?」

「うん。んまいね」

「うまい・・・」

「嫌なんでしょ?ナマタマゴ」

「あー、でもちょっと試してみようかなぁ、なんて」

「や、無理して食わなくてもいいんじゃない?俺食うし」

「でも、玉子二つ分ですよね?食べきるの大変でしょうから、お手伝いしますよ」

「あ、うん。大丈夫。俺、玉子かけご飯好きだから」

「いえ、でも・・・真山さんにだけご苦労をおかけするわけには・・・」

「いいって。俺ってさ、苦労を買ってでもするタイプじゃん?」

「・・・真山さんって、意地悪ですよね?」

「どこが?」

「もう、いいです・・・」

「わかったよ。食いたいんでしょ?ほら」

真山がボウルから玉子を柴田の茶碗に入れてくれる。

「・・・ありがとうございます」

「・・・どういたしまして」

何事もなかったかのように、真山はまたご飯を食べ始めた。

柴田はその様子をじっと見た後、自分のお茶碗に目を移した。

そして、ぐちゃぐちゃと玉子とご飯を混ぜ始める。

「いただきます」

小さく呟くと、柴田は背筋を伸ばした。

初めての味に出会うのに緊張をしているらしい。

じゅる、と小さく音が聞こえた。

もう一杯目を食べ終わった真山が、柴田のほうを見ている。

「・・・どう?」

「ふぉいふぃーへふ」

「わかんねえよ」

口元に手を当てて、真山が目尻に皺を作る。

もぐもぐと柴田が口の中で噛んで、ゴックンと飲み込んだ。

「おいしいです!」

「よかったじゃん。庶民の味がオジョーサマのお口に合って」

柴田がにへらと笑った。

 

じゅるじゅると、それでも真山よりは小さな音を立てながら、柴田は再び一心不乱に玉子かけご飯を食べ始めた。

「お前、昨夜ちゃんとご飯食べたでしょ?」

その凄まじい食べっぷりに真山が苦笑する。

それでも、柴田の箸は止まらない。

「飛ばすなって。ここまで来るよ?粒」

テーブルを拭いたり、拾った米粒を食べてみたり。

真山は柴田の保護者というよりは、餌をせっせと運んでいる親鳥の気分だ。

 

「・・・美味いか?」

改めて、真山が尋ねると、柴田は目線すらこっちに向けずにこくりと頷いた。

真山は、優しく笑うと台所に向かって行った。

 

ふと、台所にある炊飯器と目が合った。

「真山さんのお家にないもので、生活には必要なものです」

柴田は、炊飯器の事を指してそう言ったのだけど、真山は違うものを言っているように思えた。

 

きっとそれは。

ご飯を一緒に食べてくれる人

 

その人が、美味しそうにものを食べているのを見ているだけで、幸せになれるような大切な人。

 

その人と食べるだけで、どんな物も美味しく感じてしまう人。

 

 

人が、生きていく上で必要な、

大事な大事な家族。

 

 

炊飯器と、揃いの茶碗。

「嫁入り道具かよ」

真山は小さく呟いて、苦々しく笑った。

 

冷蔵庫から、水を取り出してコップ注ぐ。

自分と、柴田の分。ふたっつ。

あの小さな食卓は、それだけできっといっぱいになってしまうだろうけれど。

もう少しだけ、一緒に食事をしよう。

自分の子供のようで、妹のようで、母親のようで、部下のようで、上司のようで、恋人のような。

彼女と一緒に食べるご飯の美味しさに、少し顔がにやけてしまうのを上手に隠しながら。