煙草
弐係へ戻る途中、2人は思いかけず電車を待つことになった。 「人身事故で電車遅れてんの?あー、ツイてねー」 「何言ってるんですか?真山さん。人が亡くなっているんですよ」 「でもさ、大変だねー、遺族も。電車の事故ってダイヤ乱すから賠償金いっぱい払うんでしょ?」 「…真山さん気をつけて下さいね。今線路に落ちたとして、払うお金あるんですか?」 「なんだぁ?柴田のくせに生意気なんだよ、お前。 お前こそ気をつけろよ。いつ誰が狙ってるかわかんないからな〜。ほらっ、ほらっ」 そう言いながら真山は何度も柴田を後ろから押している。 「もー、止めてくださいよ。あっ、あぁっ。落ちちゃいますってば〜」 真山が押すたびに柴田はふらふらとよろけ、本当に今にもホームに落ちそうになっていた。
しばらく二人の、成人した男女とはいえない攻防が続けられた。 遊び半分で押す真山に対して、落ちないよう真剣に踏ん張る柴田はどう見ても滑稽だった。
しかし、真山は五分もすると「柴田を突き落とすゴッコ」に飽きたらしい。 「俺、ちょっと煙草吸ってくるわ」 [あ、はい」 そう告げると真山は喫煙所へと向かった。 ちょこちょこと柴田も付いて行く。 「何?お前も来んの?」 「え?だって…駄目ですか?」 「…別にいいけど」
灰皿の隣に立つと、真山はポケットから煙草を取り出した。 そして、箱を少し振り、端っこを指でとんとんと叩く。 何本かの煙草がそのリズムに合わせるように顔を出した。 そのうち一本を節だった指ですっと採り、口に咥える。 ライターに火をつけ、それを煙草に移し、満足そうに煙草をふかし始めた。
柴田は真山の一連の動きをじっと見つめていた。 「…なんだよ?」 「おいしいですか?…煙草。」 「ん?お前吸ったことないの?」 「ありますよ、一回だけ。」 「その時どうだった?旨かったか?」 「いえ…あまり…」 真山がくっくと笑った。 「そうだろうね〜。お前みたいなお嬢様にはこの旨さ、わかんないでしょうね〜。」 そう言いながら、右手で柴田の頭を乱暴に撫でた。 「もう〜、子ども扱いしないで下さい」 「あ、気づいた?」 真山はまだニヤニヤしている。
「では、大人の真山さんにはさぞおいしく感じるんでしょうね?」 柴田はむくれながらも、自分に出来る精一杯の皮肉を言ってみた。 「そんなに…旨いもんじゃねぇよ」 「…え?」 「苦いしさ、体に悪いし。最悪だよ、煙草ってヤツは」 「じゃあ、何故いつも吸っているんですか?」 「煙草には依存性があるの。東大で習わなかった?」 「あぁ。『依存性』ですか…」 「そ」 真山が煙を一気に吐き出す。 それをぼんやり見つめていた柴田がポツリと呟いた。
「…何だか、真山さんみたいですね。」 「は?何が俺みたいだって?」 「煙草です。『苦くて、美味しくないのに、依存性があるからやめられない。』 ね?真山さんにピッタリだとは思いませんか?」 ニッと柴田が無邪気に笑う。 「何が『ね?』だよ。 ボクのどこが苦いの?美味しくないの?教えて?ねぇ?ねぇ?」 真山が変な笑みを浮かべながら、柴田の頬を抓る。 「ひっ、ひたいれふ…はやはは〜ん(い、痛いです真山さ〜ん)」 「ねぇ、訂正して。謝罪して。謝って。係長。ボクのどこが苦いのー?」 尚も真山は笑顔全開で柴田に迫る。 「ふみはへん。はらひてくらは〜い。(すみません、離してくださーい)」
そこに電車の到着を告げるアナウンスが響いた。 それを聞いて真山が漸く柴田を解放した。 「…何か悪いこと言ったかなぁ?」 柴田としては特に悪意はなかったらしく、首を傾げながら赤くなった頬をさすっている。 真山は煙草を灰皿に押し付けた。 苦いとか、マズいとかは置いといて、依存性があるって言うのは結局殺し文句ってヤツじゃないの? 「あなたと一緒にいるのは、くせになってやめられない」って事だろ? ちらりと隣を見る。 わかってんのかね、このお嬢様は。 小さなため息を一つ。
まぁでも、依存性があるのはこいつの方だと思うけど。 危なっかしくって、目が離せない。 こういうのも「依存性」っていうのかね?
電車のドアがゆっくりと開いた。 「ホラ、行くよ。乗り遅れんじゃないよ?」 |