シュークリーム

 

 

 

どんどんどんどん

真山の家のドア大きな音を上げる。

 

どんどんどんどん

叩いているのは、もちろん柴田だ。

 

どんどんどんどん

ドアが悲鳴を上げそうになって、漸くドアが開かれた。

 

「・・・あのさ〜」

少しだけ開いたドアの隙間から、ぼさぼさ頭の真山が顔を覗かせる。

「あ、真山さーん!柴田です〜!!」

柴田が少し背伸びをして、その隙間を覗き込む。

「知ってるよ、馬鹿」

真山が眉をひそめた。

「開けてくださ〜い」

ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、柴田が叫ぶ。

 

「あのさ、俺、今日有給。知ってる?」

ため息混じりに真山が言った。

「はい!」

「有給って、お休み。捜査になんて付き合わねえよ?」

「わかってますよ〜!もう、捜査はしてきました」

「あ、そうなの?」

「はい。もう定時過ぎてますよ〜?」

「いつも定時を守らないやつが言っても全然納得できねえんだよ」

「もう捜査に行こうなんて言いませんから、入れてください〜!」

「・・・なんで?」

「何でと言われますと・・・あっ」

「何だよ?休みの捜査の話なんて聞きたくないからな」

「忘れてました。私お土産を買ってきたんですよ〜」

「マジで?」

「はい。美味しいと評判のシュークリームです。真山さんのお好きなシュークリームですよ〜」

柴田が狭い隙間からシュークリームの入った箱をひらひらとチラつかせる。

「なかなか気が利くじゃん。合格」

ようやく許可が出て、重い扉がゆっくりと開いた。

「えへへ。お邪魔しま〜す」

柴田が真山の顔を見てにっこりと笑った。

「ホントだよ」

嫌そうな口調で真山が言ったが、それは表面上なだけだと、柴田はわかっていた。

 

 

「・・・お前、コップいる?」

台所から真山の声がする。

「あ、大丈夫です。柴田スペシャルありますから」

「あっそ。・・・あ、俺のシュークリーム食うなよ?」

「わかってますよ〜」

柴田が鞄の中からポケットテッシュを取り出し、二枚広げる。

そして、その上に一つずつシュークリームを置いた。

「おっ、でかいじゃん。うまそ〜」

コーヒーカップと香ばしい珈琲の匂いを手に、真山が部屋に入ってくる。

「近藤さんに教えていただいたんですよ」

にこにこと柴田が答える。

「ふーん。味覚オンチの柴田さんの推薦じゃなくてよかったよ」

「も〜、そんな事言うとあげませんよ〜?」

一転、柴田がむくれる。

その様子を無視して、真山はシュークリームを手に取った。

大きく口を開けて、シュークリームにかぶり付く。

「・・・うん。旨いじゃん」

もぐもぐと口を動かしながら真山は僅かに笑った。

「本当ですか!?」

さっきむくれていたのも忘れて、柴田が嬉しそうな顔をする。

「うん。黄色いのと白いのとクリーム両方入ってるし」

「では、私も・・・いただきまーす」

手を合わせて、柴田が小さく呟いた。

流石お嬢様らしく、小さな口でかぷりとかぶり付く。

「どう?」

珈琲を飲みながら、真山が聞いた。

「はい。おいひーれす」

にっこりと柴田がまた笑う。

買ってきたのは柴田なのに、何故か真山が満足そうに頷いた。

 

「今日ね、近藤さんに付き合っていただいたいたんですよ〜」

鞄から柴田スペシャルの入った水筒を出しながら、柴田が言った。

「何を?」

「捜査です。真山さんいらっしゃらないから」

「ふーん」

真山はもう一口シュークリームにかぶり付く。

「一緒にお食事にも行ったんですよ〜」

柴田は身を乗り出して、真山の表情を覗き込んだ。

「・・・何?」

「気になりませんか?」

「何が?」

「・・・いえ」

眉間に皺を寄せた真山が、不機嫌そうに言う。

「どうせまた、木戸にでも余計な事言われたんでしょ?」

「・・・はい」

柴田はおずおずと座り直す。

「近藤さんじゃあね」

真山が呆れたように呟いた。

柴田がしゅんとうなだれてまたシュークリームを口にする。

 

「・・・で?」

「はい?」

「近藤さんに迷惑かけなかったんだろうね?お前」

「あ、はい。それは・・・」

語尾が小さくなる柴田の方を、真山はじろりと見た。

「柴田ぁ〜?」

「本当ですよ〜。近藤さんが道案内してくださいましたので、迷わずに済みましたし・・・」

「へえ」

「捜査もね、昨日行っていた容疑者のアリバイ、崩れそうなんですよ〜」

「言わなかったっけ?休日に、捜査の事聞きたくないの」

「・・・真山さんが聞いたんじゃないですか〜」

「詳しく言えなんて言ってないでしょ?」

 

真山は既にシュークリームを一つ平らげていた。

指についたクリームを指でぺろりと舐めている。

「あ、真山さんもう一つどうぞ」

「ん」

 

「近藤さん、何か言ってた?」

「え?何をですか?」

柴田はまだ、一つ目のシュークリームを半分食べ終わったくらいだ。

「キミの独特な捜査スタイルについて」

真山が馬鹿にするような口調で言った。

「本当に現場に寝転ぶとは思っていなかったそうです」

「・・・そりゃそうだろうね〜」

「あと、ご飯に誘ってくださるタイミングがなくて少し困ったとも言われました」

「まぁ、それが普通の反応だろうね」

真山が苦笑いしたのは、今日一日柴田に振り回された近藤を思ってのことだか、

それとももう柴田の妙な行動に慣れてしまった自分自身を思ってのことだか判らなかった。

 

「そうだ。近藤さんにね、聞かれましたよ。真山さんの事」

水筒の中の怪しげなハーブティをごくりと飲み、柴田が言い出した。

「何を?」

「私が捜査をしている時に、真山さんはいつも何をしているんですか〜?って」

間接的に近藤に問われ、真山は一瞬考えた。

柴田が捜査に熱中している時、自分は何をしているんだろうか。

「・・・で、お前はなんて答えたの?」

一瞬で考える事を止め、柴田に問い直す。

「聞きたいですか?」

「変なこと言ってないだろうね、お前」

柴田は授業中に先生に指名された生徒のように少しだけ誇らしげに答えた。

 

「私が捜査している間、真山さんは捜査に関する私の質問に答えてくれたり、

私に危険がないか周囲をよく見て、私を守ってくれています」

 

真山は無表情にその回答を聞いていた。

「・・・正解ですか?」

柴田がおそるおそる確認をする。

「不正解」

真山はあっさりと言い返して、珈琲を飲んだ。

「え〜?じゃあ、本当は何してるんですか?私が捜査している間」

不満そうに柴田が訴える。

真山はシュークリームを噛みながら言った。

「適当に柴田さんの相手をして、何も考えていません」

「嘘ですよ〜。私ちゃんと知ってます。真山さんが私のこと守ってくれているって」

「・・・買いかぶりすぎ、ね?」

「そんな・・・照れなくてもいいですよ?」

「何で照れなきゃいけないの?」

真山が柴田のおでこを軽く叩く。

「いった〜い。・・・ほら、やっぱり照れてるじゃないですか〜」

「照れてないって」

「照れてます」

「だから、照れてないって」

「・・・真山さんのガンコ頭」

「柴田さんには負けますけどね」

 

何を言っても敵わない真山と言い争う事は不毛だと柴田は思った。

言いたい事をしまって、代わりにシュークリームをほおばる。

真山もそうしたために、沈黙が訪れた。

 

 

「それで?」

あっという間にぺろりと二個平らげた真山が口を開く。

問われている意味がわからずに、柴田はただ顔をあげた。

 

「"真山さん離れ”、する気になりました?オジョーサン」

 

真山のその言い方はすごくずるいと思う。

どうして、柴田がわざわざシュークリーム持参でここに来たか、判っているはずなのに。

 

 

「・・・私は別にいいんですけど・・・」

柴田純、初めての反抗。

それでも、真山は顔色一つ変えない。

 

「真山さんが、嫌なんじゃないんですか?私のお守りをするのが自分じゃないのが」

 

柴田は言ってから、後悔をする。

どうせ真山に馬鹿にされるか、否定されてちょっと寂しい思いをするのは目に見えているのに。

 

その時、真山の手が柴田の方に伸びてくる。

柴田が、叩かれると覚悟したその手は、

意外にも柴田の頭をぐりぐりとやや乱暴に撫でるだけだった。

 

ゆっくりと柴田が真山を伺うと、真山は苦笑いに近い笑顔だった。

「・・・もしかして、正解ですか?」

おそるおそる確認をすると、その手は頬に移動した。

「おまけでサンカク。もう少し頑張りましょう」

柴田も、真山の言い方に少し笑った。

 

そして最後はご褒美の、シュークリーム味のキス。

 

近藤が言っていた。

「このシュークリームはカスタードと生クリームが絶妙なバランスで美味しいんですよ」

 

たとえば、この甘い味のキス。

真山は、柴田にぴったりだと思っているし、

柴田は、真山にぴったりだと思う。

 

 

この世はきっと、こんな絶妙なバランスで溢れている。