睡眠導入剤
「真山さん、寝ましょう」 「お、大胆になって来たね。まだ夕方だよ?」 「・・・そうじゃなくて、ですね」 「いや、いいことだね〜。大胆な女は嫌いじゃないよ?」 「ですから〜・・・何ですか?その手は」 「照れるなよ〜。お前が言ったんじゃん」 「真剣に話を聞いてください」 「ん?聞いてるじゃん・・・げっほごほ」 「・・・ほら〜。また咳出てるじゃないですか〜」
今日、柴田が犯人わからなかった原因は、被害者の行動に不審な点が多いのと、真山が咳き込んでいたからだった。 しかも、酷く喉が痛そうな咳にも拘らず、一向に煙草を止めないのも柴田の集中力を欠けさせた一因だ。 まだ夕方だというのに捜査を切り上げると言った柴田に対して訝しげな真山を、無理矢理に帰宅させた。 勿論、自分も一緒に。 そして、早く休んでもらおうとこうして躍起になっているのだ。 しかし、真山はそれをちっとも聞いてくれない。 まあ、まだ6時を少し回ったところなのですぐに寝ろと言うのも無理な話なのだが。
とりあえず、寝巻きに着替えてもらって、無理矢理ベッドに押し込めた。 あとは、どうやって眠ってもらうかだ。
柴田は、唇のところに手を当てて、うーんと唸る。 真山は、柴田が何をするのか楽しみな様子で、ニヤニヤとベッドの中から見上げていた。
「あ、じゃあこうしましょうか?」 「何?」 「私が、これからうたを歌って差し上げますね?」 「は!?」 柴田は、う〜ん、ナイスアイディア!と自画自賛している。 「子守唄ですよ。真山さんがきもちよーく寝れる様に、頑張って歌ってあげますね」 ニコニコと満面の笑みで柴田が跪き、ベッドに両肘を付いた。 「いらねー」 至近距離ではあったが、思いっきり真山はそっけない態度だった。 「またまた〜。照れなくていいですよ」 ウフフと柴田が能天気な笑顔を浮かべ、それから大きく息を吸いこんだ。 「ね〜むれ〜、ねーむーれーはーはーの〜む〜ねーにー」 その音量は、子守唄と言い難い音量で、真山の顔が一瞬で険しくなった。 「煩いよ!」 ぱちん、と小気味良い音を立てて、真山が柴田の頭を叩く。 「余計眠れないでしょ?音量絞って。ね?」 「愛情過多でしたね!」 「・・・・・・・・ってかさ、なんでシューベルト?なんで?」 「ウチの母は、いつもこれを歌ってくれましたけど?」 「出たよ、上流階級」 「関係ないと思いますけど」 「俺みたいな一般庶民の家ではシューベルトの子守唄なんて歌わないよ?」 「え?じゃあ、真山さんのお家はどんなうただったんですか?」 「ん?だから、フツーのヤツだよ」 「その、普通のうたってどんな歌なんですか?」 「・・・面倒臭え。木戸にでも聞けよ。あいつも庶民だろ?」 「あー、でも関西はまた違った文化かもしれませんね」 「そうかもね」 「近藤さんにでも聞いてみますね」 「そうすれば?近藤さんなら知ってるでしょ」 「はい」
一通り話が終わって、そこで漸く柴田はこの子守唄作戦が失敗に終わった事を悟った。 真山は布団の中からこちらを見ていて、一向に寝る気配がない。 柴田は困ったようにため息をひとつ、ついた。 「なぁ」 真山の声を聞いて、柴田は俯き加減だった顔を上げた。 「俺に寝て欲しいならさ、いい方法があるんだけど。聞きたい?」 「え?本当ですか?」 「うん」と真山が頷き、ベッドの端に少しだけ寄った。 それから、開いたほうの掛け布団をぺろりとめくった。 「真山さん?」 柴田が聞くと、真山は口元に少し笑みを携えて言った。 「添い寝だよ、添い寝」 「え?添い寝・・・ですか?」 「うん」 「でも・・・邪魔じゃないですか?」 「邪魔じゃないって。いいからちょっとこっち来いって」 布団の中から真山の腕が伸びてきて、柴田の腕を掴む。 「ヘンなことしないでくださいよー?」 柴田は少し悩んでいるようだったが、真山が強引にベッドの中に引き釣り込んだ。
ブラウスとスカート、そしてシーツががさがさと擦れる。 そういえば、最近ベッドに入る時はパジャマ代わりに真山のスエットを借りるか、それか脱がされるかのどちらかだったので、 洋服のままベッドに入るのは久しぶりな気がした。 昔は洋服でそのまま布団に入るのが当たり前だったはずなのに、それが今では不健康のような気がした。 しばらくもぞもぞして、それから真山を見上げた。 真山はニヤニヤと柴田を見ていた。 「眠れそうですか?」 柴田が聞くと、真山がまだニヤニヤしながら答えた。 「柴田さんがもうちょっと近くに来てくれたら」 「え?」 柴田は一瞬戸惑ったが、ずりずりと真山の方に寄って行った。 すぐ近くまで近寄ると、真山の腕が柴田の体を引き寄せた。 そして、足を絡ませる。 柴田はちょっと恥ずかしくて身じろぎした。 「・・・眠れそうですか?」 もう一度、柴田が訊いた。 「・・・うん」 くぐもった声が聞こえた。なんとなく穏やかな声だった。
「ねぇ、真山さん」 小さな声で聞く。 「んー?」 「さっきの、やっぱり教えてください」 「さっきの?」 「・・・真山さんのお家の子守唄」 「ああ」 真山が軽く笑った。 それからちょっとだけ体を上げて、柴田を見る。 「いいか?一回しか歌わないからな」 「・・・はい」 柴田は小さく頷いて、それから目を閉じた。 歌を聴くときは、こうした方が耳に入る。 真山の手が柴田の体をやさしくぽんぽんと叩く。 昔、どの子供もそうやって寝かしつけられたように。
ねーんねーん ころーりよ おこーろーりよ
あまりうたを歌ったりしない真山の貴重な歌声。 低くて、耳によく馴染むその声は、子守唄に向いてると思った。
ぼーやは よいーこーだー ねんねーしーなー
そこまで行くと、真山は歌うのを止めた。 隣の女から寝息が聞こえてきたからだ。
どうせこんな事だろうと思ってはいたが、ここまで子守唄が効いてしまうのは予想外だったと真山は苦笑いをした。 そういえば、柴田は昨日夜遅くまで調書とにらめっこしていたっけ。 真山は、柴田に布団をかけなおして、もう一度ぎゅっと抱いた。
柴田の温度と、それから心地いい寝息。 どんな睡眠薬よりも効き目がありそうだ。
柴田の寝息と呼吸を合わせると、すぐに眠れそうな気がする。 相変わらずの頭の臭さに少し笑って、目を閉じた。
「風邪がうつっても・・・まぁいっか」 すぐに眠りについたので、その先を考える事もなく。
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