Stand by me

 

 

 

今日も、柴田と真山は捜査に出かける。

いつものように、かわりなく。

 

 

 

「・・・あれ?」

ほんの一瞬の出来事だった。

 

その日は、近くで何かイベントがあったらしく、駅に向かう一本道がやけに混雑していた。

ちょっとした人ごみの中を、二人は歩いている筈だったのに。

 

周りを見回してみる。

すれ違う人の波に、真山がいない。

前を見ても、少し背の高い真山の後頭部を見つけることが出来なかった。

 

「あ〜、真山さ〜ん?」

 

心細くなって、柴田は小さく呟いてみた。

でも、すぐに駆け寄ってきて頭を叩くその姿は、どこにもない。

 

 

「どうしよう・・・」

 

もう一度呟いて、柴田はとりあえず歩道の端っこに寄った。

押し寄せてくる人並みを掻き分けるのも一苦労だ。

 

こんな時は、動かずにじっと待っているのがいい。

真山を探す労力を惜しんでいるわけではない。

いつも、そう言われているからだ。

 

重い鞄をずるりと肩から下ろして、歩道と道路の間にある柵に腰を掛ける。

人ごみを遠めに見ると、知らない人の顔たちが並んでいて、どこか不気味だ。

 

いくら真山に言われているからといって、はぐれた時にじっと真山を待つのは好きじゃなかった。

心細くて仕方ないのに、じっとするというのは、拷問に近かった。

 

口の前で手を擦り合わせる。

もう、それ程寒くないのに、指先がだんだんと冷たくなっているように感じた。

 

 

誰かと一緒にいるということは、その先には必ず、別れというものが来る。

みんな、それを覚悟しているのだろうか。

それとも、そんな事を考えていないのだろうか。

 

どちらにも、柴田には出来そうもない。

 

「ずっと幸せに暮らしました」

お伽噺は、そうして結ぶ。

小さい頃は、王子さまとお姫様は一緒になったら、もう離れないものだと信じていた。

 

でも、現実は違う。

父は母や私を残して死んでしまった。

母は代わりに違う人を愛した。

私は独りになって、

新しく愛してくれた父も、この世を去った。

 

永遠なんて、ない。

 

人間は脆くて、一瞬の感情に流されてしまう。

今は一緒にいたいと心から望んでいても、いつかはその手を離したくなってしまうかもしれない。

 

 

自分の中に生まれた恐ろしい想像に、柴田は一人怯えた。

手をぎゅっと握り締める。

どんどんと冷たくなって、凍りつくようだ。

 

真山さん、真山さん

 

呪文のように、名前を繰り返す。

 

初めての恋は、自分が思っていた以上に大切で。

これほど大事な人が出来るなんて思っていなかった。

あの人の手を離すなんて、考えられない。

 

真山さん、真山さん

 

探しにいこう。

言いつけを守らずに怒られても構わない。

待っているだけで、何もかも手に入る。世の中はそんなに優しく出来ていない。

 

 

重い鞄を持ち、柴田はゆっくりと立ち上がった。

 

人の流れに逆らって、柴田は歩き出す。

瞳は、絶えずあの背中を捜していた。

心から、会いたいと思った。

 

 

「柴田」

 

その声がやっと耳に届く。

振り向くよりも早く、腕が強い力で掴まれ、少しだけ宙に浮く感覚。

顔を上げると、険しい顔が見えた。

 

「真山さん・・・」

 

柴田はやっとその名前を口に出す。

どんなに呼んでも、彼の耳に届かなければ意味は成さない。

 

「あのねー、どうしてお前は毎回毎回・・・」

眉間に皺を寄せた真山が、ため息混じりに小言を口にする。

けれど、その表情には焦りと安堵の感情が滲み出ていた。

 

「真山さん・・・」

 

もう一度、名前を呼ぶ。

柴田は自分でも、なぜこんなに頼りない声を出しているのかと思う。

その声と、柴田の顔を見て真山は言いかけていた小言を止め、

柴田を引っ張り、少し空いているスペースに連れて行く。

 

 

「・・・なんですぐはぐれんの?お前」

あまり叱ると柴田が泣いてしまうとでも思ったのだろうか。

怒っている、というより呆れているように真山が言う。

 

「すみません」

柴田は俯いて答えた。

けれども、俯いている理由は真山の言葉ではない。

 

「そんなに難しい事言ってるわけじゃないじゃん。

ただ、俺からはぐれんなって言ってるだけでしょ?」

小さな子に言い聞かせる様に、真山は言う。

「じゃあ、真山さん・・・」

柴田が顔を上げて、真山はそれに耳を傾ける。

「手をつなぐというのは如何でしょう?」

べち。鈍い音が柴田のおでこで鳴った。

「どこの世界に、お手々つないで捜査する刑事がいるわけ?」

「おかしいですか?」

「おかしいね」

「あ、じゃあ腕組んで・・・いたっ」

「そういう問題じゃねぇんだよ、馬鹿」

「だって・・・そうじゃないとすぐはぐれちゃうじゃないですか〜」

「だから、どうしてはぐれるんだよ。君、もう大人でしょ?」

「こんな人ごみじゃどうしようもないと思いますけど・・・」

「そうかもしれないけどさ、ちょっと酷いよ?」

 

真山が困ったようにため息をついた。

柴田は黙ってその様子を見ていた。

 

さっきまでの怖い考えが嘘のように消えていく。

 

特別に何をするわけではないのだ。

ただ、傍に。

 

それだけで、こんなにも安心できる。

 

 

「なんか、犬みたいに首輪でも付けてえよ」

真山が、少し笑いながら言った。

「え〜?首輪ですか〜?」

「冬場はね、マフラーあるからいいんだけどねー」

「私、犬じゃないです・・・」

柴田が拗ねたように唇を尖らす。

それを見て、真山は静かに優しく笑った。

 

大きな手が伸びてきて、頭をぽんぽんと叩く。

珍しく、真山が優しいと感じた。

それは、ただの偶然だと思うけれど、

柴田のあの想像を真山は汲み取ったのだろうか。

それとも、真山もまた、あの恐ろしい想像をしてしまったからだろうか。

 

それは、真山に聞かなければ、わからない。

 

 

「もういいや。帰るぞ」

真山が体の向きを変えて、柴田に背中を向ける。

「はい」

柴田も真山の背中を見つめながら、駅の方に向きなおす。

 

真山が少しだけ、柴田の方を振り返った。

「真山さん?」

大きな動作で、真山は自分の腕時計を見る。

「6時45分。立派に定時過ぎてるよな」

「はい。すみません、こんな時間まで」

柴田はいつもの嫌味かと思って、謝った。

 

「ん」

真山が何かを促す。

「え?」

何かわからず、柴田は不思議そうな顔をした。

「業務終了。今日はもう刑事終わり。だから、特別」

謎かけのような真山の言葉を聞いて、柴田はますます混乱する。

 

「・・・あ」

よく見ると、真山の手がリレーのバトンを受け取る前のようにひらひらと動いている。

 

ようやくその意味を汲み取って、柴田は少し小走りに真山に駆け寄った。

そして、真山の手に自分の手をのせる。

真山がすぐに柴田の手を包み込むように、握った。

 

 

さっき、驚くほど冷たかった柴田の手が、やんわりと温められる。

温かい真山の手が、とても気持ちよかった。

 

「・・・真山さん」

「ん〜?」

「・・・なんでもないです」

「何ソレ」

真山が軽く笑った。

 

 

こんな気持ちを上手く伝えられるとは思えなかった。

ただ、真山が好きだと痛いくらいに感じた。