静寂

 

 

 

「真山さん・・・」

かすかに、柴田の声が聞こえた。

 

俺はゆっくりと目を開ける。

「・・・何?」

もう寝る寸前だったので、声が上手く出ない。

「起きてました?」

薄い視界の中で、申し訳なさそうな柴田の顔が見えた。

「何か用ですか?柴田サン」

俺は柴田の問いかけには答えず、少しだけ笑った。

安心したように、柴田の顔が明るくなる。

俺の胸に顔をうずめ、腰の辺りに腕を回してきた。

「・・・どうした?」

少し体勢を変え、柴田の体に手を回しながら訊く。

 

「ちょっとだけ、泣いていいですか?」

柴田の小さな声が聞こえた。

 

 

俺は何も言わずに、背中の辺りを撫でる。

 

 

柴田の額が、俺の体にぎゅっと押し付けられる。

肩が僅かに震えている。

声を押し殺して、柴田は泣いている。

 

 

泣く理由も、許しを請う理由も、俺は知らない。

そんな事はどうでもいいと思った。

震える肩を撫でるのが、自分であれば、それで良い。

 

 

柴田も、そしてきっと俺も言葉が足りない。

けれどそれで不自由と感じた事は、俺はない。

 

柴田はそうは言わないだろうけれど。

 

 

 

どのくらい、柴田は泣いていただろう。

鼻をすする音が聞こえて、それから柴田の顔がゆっくり俺の体から離れる。

 

「・・・真山さん」

俺の顔を見上げる。

「鼻出てる、鼻」

鼻を軽く摘むと、手が冷たかったからか、柴田はぎゅっと目を瞑った。

 

その時、柴田の瞳から零れ落ちたのが、きっと最後の一滴。

 

 

濡れた睫毛に月の光を反射させて、柴田はまた俺のほうを見上げる。

「・・・真山さん」

今日、彼女は何回俺の名前を呼んだのだろう。

突然その問いを尋ねても、柴田なら答えられるような気がする

 

髪を撫でて、そのまま顔の輪郭を優しく撫でる。

さっきまで眠ろうとした事が嘘のようだ。

抑えきれない感情が、体を支配してくる。

 

「柴田」

今度は、俺が名を呼んだ。

柴田は返事をせず、ずりずりとベッドの中を移動してくる。

 

同じ目線になるくらいまで動いて、ようやく柴田が返事をした。

「はい」

もう一度、手を伸ばして柴田の頬に触れた。

 

横になりながら泣いていた柴田はの涙の跡は当然横に出来ていた。

鼻の根元のところを指で撫でる。

今指を舐めたらきっと少し塩辛い。

 

首を伸ばして、不恰好なキスをする。

 

胸の奥が、僅かに痛んだ。

理由も、解決方法もわからない。

説明なんて、つくはずがない。

 

 

唇を離すと、やっぱり柴田は俺を見ていた。

ぎこちなく、柴田は笑う。

 

「無理すんな」

「・・・真山さんだって」

「俺はいいんだよ」

「よくないです」

 

今度は柴田の手が俺の顔に触れる。

「真山さんも・・・」

「ん?」

「泣きますか?」

柴田は真面目な顔でそう言った。

 

俺はゆっくりかぶりを振ると、柴田の肩口に顔を埋めた。

柴田が丁寧にゆっくりと、子供をあやすように俺の頭を撫でる。

 

ぎゅっと体を密着させて柴田の温度を感じる。

それだけで、胸の痛みが和らいでいく。

 

 

言葉でなければ伝わらない事は、もちろんあるだろう。

それでも、言葉では伝わらない事もあると思う。

 

こうして、素直に互いに委ねる事が出来れば、言葉が少なくてもそれでいい。

言葉にするのが苦手な俺は、自分に都合よくそう思っている。