幸せ

 

 

 

「真山さんにとって、幸せって何ですか?」

「何だよ、唐突に」

真山は眉間に皺を寄せて柴田のほうを見た。

柴田は先ほどから水槽の前で、飽きもせず金魚を見ていた。

「あ、誤魔化しましたね?やましいんですか?やましんでしょう?」

「は?何が?」

「どうせまた真山さんのことだから、キャバクラだとかイメクラだとか言うんでしょう?」

「・・・お前、変な知識いっぱい増えたね」

「おかげさまで」

 

「うん、まぁ風俗はさ、あれはあれで一つの幸せを売ってるみたいなところがあるから」

「・・・そうなんですか?」

「あー、幸せってほどのモンじゃないか。『お金で買える一種の快楽』、そんなところかな」

「お金で買える快楽が、幸せとは思わないです」

「うん。それは君の価値観でしょ?それが幸せ〜ってヤツもいるのよ、この世の中には」

「はぁ」

柴田は納得がいってない、というふうに首をかしげながら、真山の隣へずるずると移動をした。

真山は方眉をぴくりと上げ、柴田のほうをちらりと見たが、柴田が少し考えながら自分のほうに首を寄せると、満足そうにまたタバコを吸い始めた。

「で?」

「はい?」

「お前の幸せは何なの?」

真山が興味なさそうに柴田に尋ねた。

「私の幸せは・・・ステキな旦那様の元にお嫁に行くこと、です」

「ふうん」

真山が手元のビールの空き缶を手繰り寄せ、そのなかに吸殻を落とす。

少し残っていた液体が、じゅっと悲鳴を上げた。

「じゃあ、お前は今幸せじゃないわけね」

真山が至近距離で柴田の顔を見つめた。

その表情は、冷めているようにも見えたし、悲しそうにも見えた。

 

柴田はにへらとしまりなく笑うと、真山の正面にずるずると動いた。

「今、私は幸せですよ、とても」

「何で?」

真山が今度は不機嫌そうに柴田をじっと見た。

「・・・それは多分、真山さんが幸せだからじゃないでしょうか?」

「は?」

真山の眉間の皺が、一層深くなる。

「『ステキな旦那様の元にお嫁に行く』っていうのは、実は前に思っていた『私の幸せ』なんですよ」

「・・・じゃ、今は?」

「今の私にとって幸せは、『真山さんが幸せでいること』です」

「なんだかさ、主体性がないね。自分の状態がどうかとかは関係ないの?」

「うーん、そうですね〜」

そういったっきり柴田は考え込んだ。

 

 

そして、真山が二本目のタバコに火をつけた頃、やっと彼女は答えを出した。

「真山さんが幸せなら、私はどうなっててもいいんです」

静かに、でもきっぱりとそう言い切る柴田の瞳を、真山は一瞬見つめ、そして次の瞬間に頭を叩いた。

「あいた。・・・なにするんですか〜?」

「お前、それ間違ってるよ」

真山が灰皿代わりの空き缶をもって立ち上がった。

「何がですか?」

「お前がのー天気にへらへら笑ってくれりゃ、俺はそれで幸せなの。

お前がどうにかなってたら、俺だって幸せどころじゃないでしょ?」

真山はそれだけ言い残して、台所に吸殻を捨てに行った。

「ああ、そっか・・・あれ?」

まるで密室トリックを解くかのようにうなっている柴田を真っ赤な金魚がやさしく見守っていた。