| September
秋の夜長は、とてつもなく贅沢だ。
まず、日が短くなったせいで、真山の「定時過ぎたんですけどカカリチョー」のタイミングが早くなる。 さすがの柴田も目に見えて暗くなっていく空には逆らえず、渋々捜査を切り上げる羽目になるのだ。
けれど早く帰った所で、手持ち無沙汰な二人はセックスをする事になる。 時間があるせいなのか、それとも時間を埋める為に抱く後ろめたさからなのか こういうときの真山は酷く丁寧に柴田を抱く。
柴田は感情に任せ勢いで抱かれるのも嫌いではないが、 こうやってゆっくりと導かれるように抱かれる方がは好きだった。 真山は微かしかない自分の反応を上手く読み取ってくれる。 じわじわと湧き上がってくる快楽を、あっというまに増徴させる。 昇りつめる頃には、自分の知らない自分を引き出される。 真山はどこまでも真山なのに。それがとてつもなく口惜しくもある。
ゆっくりと迎えた絶頂を終え、二人はベッドに沈み込む。 夏ならば汗まみれの身体をすぐにシャワーに向けるところだし、 もう少し寒ければ、布団をすぐにかけてしまう。 しかし、今の時期だけは裸のまま横になる。 乱れた息を整えながら、真山は勝手に柴田の身体に触れたりもするし、 柴田はそんな真山の気ままな掌を愛したりする。
今日も真山の手はなんとなく柴田の身体の上を滑る様に移動していた。 最初は珍しく艶々した柴田の髪を撫でていたが、 今は触れているか触れていないのかのタッチで腰の辺りをなぞっている。
くすぐったさに柴田の腰が揺れる。 うつ伏せの柴田は、顔を真山に向けて小さな声で微かに笑った。 それを見て真山もつられた様に口角を少しだけ上げた。
眠るのには早すぎるし、今から行動を起こすのには遅すぎる。 だから、二人でこうしてまどろむのが一番だ。
秋の夜長は、少しだけのんびりと丁寧に時間をかけて幸せな気持ちをくれる。 嗚呼、なんて贅沢な夜だろう。
「…真山さん」 柴田は下手くそだけれど、自分の想いは伝えたいと思う。 今は黙っていた方がいいとわかってはいるけれど。 「んー?」 真山はあまり話さない。 口数が少ないわけではないけれど、自分の想いは自分だけがわかっていれば良いと思う。 それを伝えた方が柴田が喜ぶとわかってはいるけど。
「人生の分岐点ってあるじゃないですか」 柴田の澄んだ声が部屋を覆う闇にすうっと溶けてゆく。 見えるわけではないけれど、真山はその軌道を追うように天井を見上げた。 「私、もう一回分岐点を選びなおせるとしても、また同じ道を選びます」 真山の視線が止まり、柴田の方にゆっくりと動いた。 さっきまで気ままに動いていた掌を柴田の頭に乗せる。 撫でるような叩くような緩慢な動きを何度か繰り返す。 「…馬鹿じゃないの?」 呆れているような声だった。 柴田はさっきまでの幸せな気持ちがふっと消えたような気がして、顔を上げる。
闇の中でも目が慣れているので、真山の表情がはっきりとわかった。 それなのにそこから感情が読み取れない。
「真山さんは…」 怖くて、とっさに口を開く。 真山はそんな柴田の感情をわかっているかのように意地悪く笑顔を作ると、柴田の頬を優しく抓った。 「俺?俺は選びなおすとか面倒臭えからこのまんまでいいよ」 言い方は酷く優しいのに、言葉には甘さがなかった。 自分をを安心させようと真山が触れているのはわかっているのに、柴田の胸を不安が埋め尽くす。 さっきの自分と同じ事を言っているのに、どうしてこんなに怖くなるんだろう。
上半身を起こして、柴田の手が真山の腕を掴む。 室温で冷えてしまった腕は、さっき行為中に自分を掴んでいた時と温度が違う。 自分の指が、何故か冷たくなっていくのを感じた。
「お前はさ、わざわざ選びなおしてこんな物騒な中に来る事ないでしょ?」 もしもの世界。 想像の中話であることはわかっているのに。 言葉がいちいち柴田の心にのしかかる。 今までの自分たちの経験を、出来事を、全て否定されたようにしか感じられない。 じわりと涙まで浮かんだが、知られたくなくて俯いた。
「物騒な思いをするのは、俺だけでジューブン」
真山の言葉に柴田は顔をまた上げた。 それはさっきと一緒で、一切甘さのない言葉だった。 自分にとっての優しさではなく、かといって真山の自己犠牲でもない軽さ。
真山が少し笑って、柴田の目元を指で拭う。 「言っとくけど、別にお前の為を思って言ってるんじゃないよ」 淡々と紡がれる真山の言葉は、温かさも冷たさも孕んでいない。 「お前じゃなくても誰でも…アレに巻き込まれたら可哀想だろ」 「じゃあ、真山さんはいいんですか?」 辛うじて涙声にはならなかった。 「俺は諦めてるから、いいの。俺の他にアレを耐えられるヤツいないでしょ?」 真山の手がもう一度柴田を撫でた。 優しい掌はあたたかくてまた泣きそうになる。
「お前はもっと安全な所でぬくぬくと生きなさい」
別れの言葉と錯覚をしてしまうくらいの残酷な台詞だ。 ぽたりと涙がシーツに落ちる音がやけに耳障りだった。
「嫌です」 柴田はもう、ベッドの上に横になってはいなかった。 裸のまま、真山に向かって正座をしている。 それがおかしいのか、真山は小さくクスリと笑った。
「しばた〜?」 真山もゆっくりと起き上がった。 柴田はなんだか意地になって言葉を紡ぐ。 「どっかでぬくぬく生きるのは安全かもしれないけど…そんなの、私の幸せじゃありません」 「お前、王子様待ち焦がれてなかった?」 呆れたように真山が言う。 「それは…昔の話じゃないですか」 「だから、その頃のままで生きるのも幸せなんじゃないの?って話」 「違います!」 こんなに大きな声を出したのはいつ以来だろうか。 涙がぽろぽろと次から次へと流れてくる。 さっきまでの幸せの欠片がひとつも見つからない。 悔しくて悲しくて。 一人相撲とわかっていても、どうしても黙ってなんていられなかった。
「…しばた〜、どうしたのよ?お前」 溜息と一緒に、真山が腕を伸ばす。 無理やりに抱きしめられるけど、柴田は身体を硬くしたままだった。 「何そんなに熱くなっちゃってんの?」 「真山さんが酷いからです…」 「何?俺のせいなの?」 掌が背中を優しく撫でてくれる。 そのせいで、また涙が出た。
「真山さんがどっちに行こうと、私は探しに行きますからね」 「…へぇ」 無理やりの体勢を直すように、真山が柴田を抱きなおす。 べったりと密着して、やっと柴田の身体から力が抜けてきた。
「お前が何想像してるかしらないけどさ、現時点でこうなってるからいいじゃん」 めずらしく、至極まともなことを言われた。 確かに、柴田が勝手に想像しだして、勝手に傷ついて、勝手に泣いているだけなのだ。 その行為の恥ずかしさに頬が熱くなってくる。 「これが現実なの、わかる?」 意図的なのか偶然なのか、耳元で聞かされる真山の声は低い痺れとなって体中をめぐっていく。 柴田はただ黙って、ぎゅうぎゅうと真山にしがみ付いた。
もっと優しい男もいるだろう。 もっと酷い男もいるだろう。
でも、どの男でも駄目。 この男じゃないと、駄目なんだ。
この男がいい。 幸せなんて本当はわからないけど。
ここにしか、私のいるべき場所はないとはっきりとそう思う。
「…もしも」 「また?」 顔を上げて微笑みを向ける。 自分の想像ににやつきが止まらないのだ。 「もしも、真山さん以外の人と一緒に朝倉と闘ったりして」 「うん」 「その人と、同じ様に生死をくぐりぬけてきたとしても」 「うん」 「その後で目の前に真山さんが現れたら、私は真山さんを選びます」
いろいろとありえない話ではあるけれど。 でも、そういう事だ。
今までの経験だけが、こんな気持ちにさせるのではないと思う。 思い出の中の真山さんだけじゃなくて、今隣にいる真山さん。 それが、たまらなくいとおしい。 それが、私の好きな人。
「…俺の代わりに苦労するヤツ、かわいそー」 笑いながら真山が呟いた。 その言葉に柴田が笑おうとすると、真山の唇が降りてくる。 柴田が息苦しくなるほど長いキスを終えると、真山は真顔で柴田に告げる。
「要するに、もう一回セックスしたいって事でしょ?」
的外れな照れ隠しを聞いて、柴田は返事の代わりに抱きついた。 次は、ゆっくりと丁寧なのか、それとも感情のままの行為か。 先の読めないに真山の動きに少し困惑しながら、 それでもとてつもなく幸せな気持ちになる。
こんな気持ちを味わえるなんて 秋の夜長は本当になんて贅沢なんだろう。
涙と不安と、そしてとてつもない幸福を孕んだ贅沢な夜は、こうして今日も深けていく。
|