潜入捜査
「潜入捜査ぁ?」 弐係に彩のすっとんきょうな声が弐係に響いた。 「はい。上から要請なんですが、とある企業の潜入捜査を手伝って欲しいそうです」 柴田が張り切りながら書類を読み上げる。 しかし、その言葉を聞いているのは彩だけであった。 いつものメンバーは、いつものように過ごしていて柴田の話に興味すらなさそうだ。
「潜入捜査って・・・なんでうちらが出ばらなあかんねん」 彩が柴田を小睨みした。 しかし、柴田はそれに気付かないようににっこりと答える。 「なんでも、斑目さんの推薦のようですよ?」 それを聞いて彩が忌々しそうに呟いた。 「・・・ちっ、アイツ何余計な事してくれてんねん・・・」
「お願いしますね。彩さんと真山さん」 柴田が嬉しそうに声を掛けた。 「・・・は?」 その言葉を聞いて、漸く真山が新聞から視線を話した。 「も〜、聞いてらっしゃらなかったんですか?せ・ん・にゅ・う・そ・う・さですよ!」 「・・・なんで俺?」 真山の眉間には皺がくっきりと刻まれていた。 「ご指名なんですよー。『彩さんと真山さんで』って。私もご一緒したかったのになぁ〜・・・残念です・・・」 ばさっと真山が乱暴に新聞を畳んだ。 「だから、何で俺なの?ねぇ?なんで?」 必死で柴田に問い詰める。 「・・・どーせ、斑目の差し金やろ?」 彩はもうあきらめた様子で冷たく真山を見た。 「はぁ!?何だよアイツ?なんでそんな余計なことするワケ?・・・柴田、断れよ。俺やらねーからな」 真山が拗ねたように足を机に投げ出した。 近藤と金太郎はハラハラしながら事の成り行きを見守っている。
「・・・すみません・・・もう承諾しちゃいました・・・」 柴田がすまなそうに言った。 「馬鹿!バカバカバカバカ!!なんでそんなの勝手に受けてくるワケ?本人の承諾もなしに。やだよ!俺絶対やだよ!?」 「でも、もういいって言っちゃったんで・・・」 「俺は言ってないじゃん!!ね?無効。無効にしようぜ、木戸!」 「・・・真山さん、観念した方がエエで。アイツ、えらい張り切っとったもん。『真山さんを第一線に復帰させる〜』ちゅうて」 「なんで止めねぇんだよ!木戸!!」 「アイツしつこいんやもん。ねちっこい?っちゅーか。よければ友達になってやってな」 「やだよ!」 「・・・とにかくもう諦め?どーせ2・3日やろ?」 「2・3日でも面倒臭ぇのは嫌なんだよ!」 「・・・あ〜、はいはい。あれやろ?柴田と離れるのが嫌なんやろ?ラブラブやなぁ・・・」 「え?そうなんですか?」 「んなわけないじゃん」 「あー、一時も柴田と離れたくないんやって。よかったなぁ、柴田」 「嫌だ・・・真山さんったら・・・意外に情熱的なんですね・・・」 「その気になるなよ!馬鹿!!・・・ちっ、わかったよ。やればいいんでしょ?やれば」 「(真山さん案外ちょろいなぁ・・・)で、潜入捜査ってどこに行くん?」 「あ、はい。何でもどこかの大きな企業だそうで・・・」 「ふ〜ん、ってことはOL?・・・アタシよぉ似合うんよね〜。またモテるわ・・・どないしよ」 「あ、潜入捜査用の衣装、預かってますよ?来てみます?」 「あるん?じゃあ、ちょっと着てみるわ」 「・・・おめでたい性格だね」 「真山さんの分もあるんやろ?柴田」 「あ、はい。一応預かってますけど・・・」 「真山さんも着てみぃや。アンタいっつも同じ様なスーツやもんなぁ・・・」 「は?いいよ、俺は」 「ええやんええやん。見たいよなぁ?柴田」 「・・・いえ、別に・・・」 「見たいよなぁ〜?柴田」 「は、はい。見たいです・・・」 「な?決〜まり!真山さん、アンタも着替え!」 「・・・なんで俺まで・・・」 「よし、柴田。着替えに行くから着いて来ぃよ。アンタもちょっと着たいやろ?」 「・・・はい」 「じゃあな〜。ちゃんと着替えよ!真山さん」 「・・・はいはい」
数十分後。 すっかりOLになりきった彩が、エレベータの到着音と共に弐係に現れた。 「じゃ〜ん!どう?すっかりOLやろ?似合うやろ??」 「ちょっとスカート短いですよね?これ」 自信満々でポーズをとる彩の後ろから柴田がひょっこり顔を出す。 「なかなか似合いますなぁ、姐さん。まるで腰掛OLそのものですわ」 「腰掛は余計や。どあほ!」 思わず本音をポロリと漏らしてしまった金太郎に彩が一睨み利かせる。 「・・・で、真山さんは?」 彩がきょろきょろと周りを見回す。
「俺ならここだけど?」 不意に後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこにいたのは、淡いブルーのシャツに濃紺のネクタイとスーツ、そして銀縁メガネ姿の男が立っていた。
「・・・アンタ、真山さん?」 彩が唖然と男を見上げる。 「当たり前でしょ?腰掛OLの木戸さん」 ふふんと得意気に真山が彩を見下ろす。 「腰掛やないっちゅうねん!!」
「ねぇ、近藤さん。やっぱりこれ丈長すぎるよ。ね?」 真山が近藤に声を掛けた。 「普通はその位なんですよ」 「え〜、そうなの?変な感じするどね〜」 ブツブツと文句を言いながら、真山が自席に向かう。 「メガネもセットに入ってたんや?」 「俺目2・0なんだけど」 「うっわ。あれやん。マサイ族?サンコン?」 「あれだぜ?柴田なんか3近くあるらしいぜ?さすが野生児は違うよな〜」 「ホンマ?アンタ視力いくつなん、柴田?・・・あれ?柴田〜?」 彩がふと柴田の方を振り返ると、柴田が固まったように動けなくなっていた。 「柴田?・・・アンタどないしたん?」 彩が目の前で手をひらひらさせる。 「・・・あ、いえ・・・なんでもないです・・・」
「5時15分 5時15分 業務終了!!」 近藤のパソコンが定時を告げた。 「じゃあ僕はこれで・・・」 近藤がそそくさと席を立つ。 「アタシも着替えてこよ〜っと」 彩がまたエレベータに向かった。 「・・・ワシも今日は帰りますわ〜」 金太郎も一緒にエレベーターに乗り込んだ。
その場に真山と柴田だけが残される。 「おい、柴田。俺らも帰るぞ?」 真山がきっちり閉めていたネクタイを緩めた。 「・・・・」 柴田はまだじっと立ち止まっている。 「し〜ば〜た〜。何ボーっとしてるんだよ!」 真山はため息をつくと、柴田の方に歩き出した。
柴田の真正面に真山が立つ。 ゆっくりと柴田が真山を見つめた。 「・・・何だよ?ヘンなもん食った?お前」 真山が訝しげに柴田を見下ろす。 「・・・真山さん、ですか?」 柴田が首を傾げながら言った。 「そうだけど・・・何?見違えた?」 真山が唇の端を持ち上げて笑う。 「・・・はい。真山さん、眼鏡よくお似合いですねぇ」 「俺は眼鏡なんて好きじゃないんだけどね」 「そうなんですか?すごく素敵なのに・・・」 心なしか柴田の顔が少し赤い。 「何お前?緊張してんの?」 目を合わせようとしない柴田を真山が可笑しそうに笑った。 「・・・だって、真山さんじゃないみたいで・・・」 「惚れ直した?」 「・・・はい」 柴田がこくりと素直に頷いた。 照れ臭くなったのか、真山も柴田から視線をそらす。
「・・・なんだか、イケナイコトしてるみたいです。 真山さんじゃない人にときめいているみたいで・・・」 柴田が困ったような顔で真山を見上げた。
真山はもう一度優しく笑うと、掌で柴田の目を覆った。 「・・・真山さん!?」 柴田が不安そうな声を上げる。 「落ち着け。深呼吸して?」 すーはー。柴田は素直に深呼吸した。 「・・・落ち着きました」 真山は軽く頷くと、柴田の耳元に唇を寄せた。
「柴田」
真山の深くて甘い声が柴田の耳に届く。 柴田の体温が一気に上がる。
視覚をふさがれて耳に届いた声は、まるで身体の全てに染み入るように深く響いた。
「ね?俺でしょ?」 真山が柴田の視覚を遮る手をよけた。 柴田の目に真山の優しい笑顔が飛び込んでくる。 「・・・はい・・・」 柴田はそれしか答えることが出来なかった。 これ以上紅く染まった頬を見られたくなくて、ぎゅっと真山に抱きついた。
「・・・なんだか、潜入捜査に行って欲しくなくなっちゃいました・・・」 柴田の言葉にぺちんと真山の鉄拳が飛ぶ。 「お前が承諾してきたんでしょ?ワガママだね」 「・・・でも、こんなにかっこよくなるなんて思わなかったんですもん・・・」 ぺちん 「馬鹿!俺はいつでもかっこいいでしょ?素敵でしょ?」 「・・・はい・・・あたた・・・」
「俺さ〜、眼鏡嫌いなんだよね」 「・・・さっきも伺いました」 「なんでかわかる?」 「いえ・・・?」
真山は柴田を身体から離した。 そして、親指と中指で眼鏡をゆっくりと外した。 「外しちゃうんですか・・・?」 柴田が残念そうに言った。 「うん。だって・・・」 柴田の頬に真山の手が触れた。
「眼鏡あるとさ、キスするとき邪魔でしょ?」
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