生存
絶望の淵に立った事がありますか? 声が枯れるほど、誰かの名前を呼んだ事はありますか? 返事などないのに。 そして同時に、 大切な人が隣にいたことを痛いくらいに実感した事がありますか? もう、隣にはいなくても 大事な人を大事に出来ずに後悔したことはありますか? それはどんなに愚かな事か。 けれど日常にありふれた事であるか。 もう、手遅れになってしまったけれど。 もう、会えない貴方。 貴方の後を追う事と、貴方を胸に生きていくこと。 どちらが正しくて、どちらが愚かですか? 貴方は、私にどちらを望みますか? 手にしていたものは、見覚えのある物だった。 それは以前、貴方が辛くて苦しい時に、白い布でしっかりと貴方の手に括り付けられていた。 あの銃になりたいと少しだけ願った。 貴方から離れないようにしっかりと結ばれて。 いとおしそうに、大切そうに。 そんな事はないのだろうと思うけれど。 あの銃は、貴方を守っていた。 私には出来ない。 貴方を守る事など、とても。 その銃をぎゅっと握り締める。 これは何を意味しているのだろうか。 動かない頭で考える。 ・・・貴方は何を望んで、この銃を私に託したの? この銃で私が私を守る事? それとも、この銃で貴方の元に逝く事? 銃は見た目よりもずっと重い。 ゆっくりと持ち上げて、やんわりと触った。 温かい訳なんて、ない。 それでも、ほのかに温かみがある気がした。 それはまるで、貴方のように。 ぬるりと嫌な感触がした。 手を見ると、そこについているのは、赤い液体。 すっと自分の血の気が引くのが判った。 貴方のものでないようにと、心から願った。 貴方のものでなければ、それでいい。 たとえ、貴方が殺めた誰かのもので、他の人の血が流れたとしても、 貴方のものでなければ、それでいい。 エゴイストだと笑ってくれても構わない。 正義感や倫理など、貴方の前では塵と同じだ。 貴方だけが、私の世界の頂点にいる。 他は、何もかも色褪せて、貴方だけが鮮やかで圧倒的。 そんな貴方がいなくなったら、私の秩序は脆く崩れてしまう。 けれど、そんなことさえもどうだっていい。 いくつかの言葉が私の口を滑り落ちた。 その殆どが、全てが、貴方の名前だったと思う。 それだけに支配されている。 愚かな私の、全て。 絶望に飲み込まれてしまう。 ここに、貴方がいない。 助けて欲しいとも思わない。 だって、この世界には貴方がいないんでしょう? そう。 生きることでさえ、貴方の前では塵と同じ。 なんて危うい気持ちなんだろう。 なんて恐ろしくて、排他的で、狂気的な。 それでいて、何よりも純粋。 銃を僅かに挙げる。 丁度、こめかみの近く。 この指を引けば、貴方の元にいける。 きっと、貴方の近くに。 「どうして仲良く出来ない!?」 朝倉の声が聞こえる。 今出てきたら、私はきっと彼に従うだろう。 貴方に会えるなら、きっと。 「頭の悪い、女だねぇ」 刹那に、頭に響いた。 「お前には・・・生きてて欲しいんだよ」 涙が零れた。 酷い。 私を置いていったくせに、貴方の元に逝く事すら許してくれないの? 息の通り道に何か塊があるように苦しい。 苦しくて、貴方の名を呼んだ。 「生きること」 私に、難しくて辛い事を課せるんですね。 それでも、 貴方が望むなら。 私は、生きます。 贅沢を言わせて貰えるならば、貴方も一緒に生きてくれますか? 私の中で、ずっと。 ずっと。 青い海は、静かにざわめく。 優しい風が、私の頬をなでていく。 小さな小船の上で、私は知った。 絶望と、後悔と、それから貴方という大切な存在。 それから、これから生きる意味。 船は、どこまで私を運ぶんだろう。 どこでもいい。 私は生きなければならない。 貴方と一緒に。 ずっと一緒に。
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