さけび
俺の名前は、もうない。 あの時、「朝倉裕人」に、名前を奪われ、やつの人生を押し付けられた。
ヤツは言った。 「真山という男に、生活の全部を見せてやれ。 どんなに遊んでも、女を抱いても構わない。 ただ、犯罪だけはするな。 ヤツは刑事だ。俺が罪を犯して俺を逮捕する、その時を待っている。 お前ごときが考える、下らない犯罪で『俺』が捕まるなんてゴメンだ。
いいか?わかったな。 ちゃんと俺を演じないと殺しちゃうよ?」
俺は、死ぬのが恐かった。 例え自分の人生を生きられなくても、生きていたい。なぜかそう思った。 きっとこれも暗示なのだろう。 けれどもそれから数年、俺はヤツに言われたとおりに、生きた。 真山に見られながら。 「見られているのは俺じゃない。『朝倉裕人』なんだ」 そう思うと監視されているのも平気だった。
就職先に、ある女がいた。 大沢麻衣子、彼女だ。 彼女は俺のすこし先輩で、よく世話を焼いてくれた。 どこにでもいる、世話好きなタイプだ。 彼女はよく働いていた。 上司の世話をしながら、同僚の相談に乗り、後輩の俺の面倒まで見ていた。 それも、いやそうではなく、楽しそうに。
そんな彼女に俺は惹かれた。 楽しそうに、一生懸命生きている彼女に。 彼女も、俺を気にしてくれていた。 いつもは強い彼女が、俺の前でだけ弱音を吐くようになった。 嬉しかった。 『俺』を必要としてくれる存在が、ここに確かにあるような気がした。
俺たちは愛し合った。 これは、ヤツの命令でもなく、暗示でもない。 俺の意思。 彼女と会っている時間だけは、自分に戻れたような気がした。 真山に見られてようが、朝倉に見られてようが構わない。 胸を張って愛せる人に出会えた。それが嬉しかった。
しかし、悪夢は突然やってくる。
ヤツが言った。 「大沢麻衣子を殺す」 言葉が出なかった。頭が真っ白になった。 「大沢麻衣子は、真山が最近大事にしている女の唯一の友達だ。 これを利用しない手はない。 まさか、そんな女と関係を持つだなんて、よくやった」 その瞬間、俺は朝倉に殴りかかろうとした。 ドウシテ麻衣子ガ・・・? けれども、俺の意思はもう自由に出来なかった。
ヤツに暗示をかけられ、俺はまた心を失った。
それでも、心の奥で誰かが叫ぶ。 お前はそれでいいのか? 自分の人生を奪われ、窮屈な監視される人生を押し付けられ 愛した女は、殺される。
それでも生きていたいのか? そんな人生、生きてて何になるんだ。
そんなの、ただの人形と同じではないのか?
麻衣子が、死んだ。 ヤツの暗示によって、人を殺め、自ら命を絶った。
麻衣子。 最後に少しでも俺を思い出してくれたかい? こんな抜け殻の俺を、愛してくれてありがとう。
俺は決めたよ。 もう、自分がどうなってもいい。 伝えようと思う。 真実を。 そう、ずっと俺を見ていた真山に。 もしかしたら、その前に真山に殺されるかもしれない。 朝倉と、一生懸命闘おうとしている真山を混乱させてしまうかもしれない。 それでも。
『俺』が生きていた証拠を、どこかに残さなければ。そう思うから。
麻衣子 あの世で君に逢えるだろうか? 本当の俺は、こんなにかっこよくないんだ。 それでも、きっと。 君が俺を見つけてくれると信じている。 |