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「真山さん、北西ってどっちですか?」

「・・・あっち」

「ありがとうございます。あっちか・・・じゃあ、被害者は発見当時こういう向きで倒れてたという事か・・・」

 

目の前で、女が横たわる。

人通りが少ないとは言え、道路の真ん中。

野ざらしのアスファルト。

こいつに会うまで、こんなことを平気でする女は見たことがなかった。

 

「真山さん」

「んー?」

「ちょっと思ったんですけど、被害者がこういう向きで倒れているなら、犯人はこっちから来た事になりません?」

「何言ってるかわかんねえよ」

「調書にね、あったんですよ。目撃者の話。怪しい人影はあのビルから出てきたって」

「へー」

「でも、あのビルから来てすぐに殴ったら、こっちじゃなくってあっち向きに倒れると思うんですけど・・・」

 

ようやくむっくりと起き上がった柴田が真剣な面持ちで喋る。

俺はのどで笑って、ゆっくりと近づいた。

 

「正解」

「え?」

「北西ってね、あっち。真逆。だからお前の言う通り、あっち側に頭を向けて倒れたの」

「・・・騙しましたね?」

 

憮然とした表情の柴田が俺の顔を見上げている。

俺は少しだけ笑うと、煙草を探す為に、ポケットに手を入れる。

 

「お前ってホンっトに方向音痴なんだね」

「だから真山さんに聞いてるんじゃないですか〜」

「いくら方向音痴でも、それくらいは判るんじゃないかと思ったんだよ」

「わかるわけないじゃないですか」

「ホントすごいよ。本物」

「褒められるほどのモノじゃないですけどね」

「・・・褒めてねえよ、馬鹿」

 

道路の真ん中にちょこんと正座をする柴田のつむじをなんとなく見た。

それから、青空。

狼煙の様に、紫煙がゆっくりと昇っていく。

 

「あー、現場を汚さないで下さいよ〜」

「何年前の話だよ、馬鹿」

「何年経ったって、ここは現場です。何か手がかりがあるかもしれないじゃないですか〜」

「知ってた?事件がおきてから、この場所整備されて当時と全然変わってるんだよ?」

「え?・・・本当ですか?」

「うん」

「どうして言ってくれなかったんですか?」

「聞かれなかったから」

 

もう一度、肺に汚れた空気を吸い込む。

煙草の先が赤く燃えて、ちりりと音を立てた。

 

「時間が経ったら、変わるんだよ。場所も、他のもんもみーんな」

「他のもの、ですか?」

「そ。加害者も被害者も。変わってないものの方が珍しいくらいじゃないの?」

「・・・・・・」

「それなのに捜査をしろって言うんだから、俺らが苦労するわけだよ。ね?」

 

本当にそう思っているのか。

自分でもよくわからない言葉を並べる。

それを柴田に聞かせて、俺はどうしようというのだろう。

こんなたわごとを聞かされて、柴田は何を思うのだろう。

 

「・・・ありますよ?」

「え?」

「変わらないもの。あります」

「何?」

「『その時、何が起こったか』」

「・・・・・」

「私達が探す答えは、ずっと一緒です」

 

柴田がまっすぐに俺に言う。

コイツのまっすぐさは、迷いがなくて、それでいてとても綺麗だ。

けれど、痛い。

時々、そのまっすぐさをぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。

柴田が悪いわけではない。

俺が、息苦しくなるだけなんだ。

 

「・・・柴田」

「はい」

「お前さ、俺を信じすぎ」

「・・・どういう、意味ですか?」

「そのままの意味だよ」

 

アスファルトの真ん中で、俺もしゃがみ込む。

柴田と同じ目線になって、あのまっすぐな目を見る。

自分も、かつてはこんな目をしていたんだろうかと考えながら。

 

「いいか?俺だって今は刑事だけど、何するかわかんねえよ?」

「何かするんですか?」

「・・・例え話だよ。あんまり簡単に他人を信用するなって言ってるの」

「でも・・・真山さんは私の指導係ですし、信用しないわけには・・・」

「まあ。ハナっから疑えっていうんじゃないよ。全部信じるとしんどいのはお前だよ?」

「どうしてですか?」

「例えばその人に裏切られたり、いなくなられたりしてみな?どうなる?」

「・・・・」

 

柴田が悲しい顔をしていた。

母親に棄てられた幼子は、こんな顔をしているのだと思った。

 

「いなくなっちゃうんですか?」

「え?」

「真山さん、いなくなっちゃうんですか?」

 

今にも泣き出しそうな柴田。

胸が痛んだ。

一瞬、柴田のまっすぐさに警告をしているよな殊勝な気分になってしまったのに、

これではいじめているだけではないか。

いや、はじめからこれが目的だったのか。

 

「何マジになってんの?」

「だって・・・」

「さっきから言ってんじゃん。例え話」

 

ゆっくりと立ち上がったのは、しゃがんだ姿勢が苦しいのでも、柴田の目が怖い訳でもない。

これ以上、柴田の縋るような顔を見たら、俺は安心させる為になんでもするんじゃないかと思ってしまったからだ。

 

「刑事でしょ?一応」

「・・・はい」

「何でもかんでも信じてると、そのうち足元すくわれるって話」

「そうなんですか?」

「事件の関係者だって、犯人かもしれない・・・まあ、その辺は意外に大丈夫そうだけど・・・」

「はい」

「信じてた身近な人が何か罪を犯した時、間違うんじゃねえよ」

「何を間違うんですか?」

「感情と信頼だよ」

「どういうことですか?」

「感情だけで、その人を信じたりするな。お前の大好きなやつでも犯罪を犯すかもしれないってことを覚えておけ」

 

俺はくるりと柴田に背を向ける。

柴田の表情を見たくないというよりは、自分の表情を見られるのが怖かった。

二本目の煙草を咥える。

 

「真山さんも、ですか?」

 

俺は少しだけ後ろに顔を向けた。

きっと、柴田からは頬しか見えないだろう。

 

「或いはな」

 

俺も罪を犯すかもしれない。

そのときに、柴田を一番傷つけるのは、俺だ。

 

 

暫く、俺も柴田も言葉を発しなかった。

俺はゆっくりと煙草のヤニに溺れ、柴田の方は振り向かない。

 

煙草が終わりそうになった頃、背後で柴田の声がした。

 

「真山さん」

「・・・何だよ」

「ちゃんと、信じてますよ?」

 

久しぶりに見た柴田の顔はなんだか晴れやかな顔をしていた。

 

「真山さんを信じてます」

「人の話、聞いてる?」

「はい」

「あのね・・・」

「真山さんが罪を犯したとしても、私は真山さんを信じます」

 

静かにそう言い切った柴田は、晴れやかな顔をしていた。

そう、丁度今日の天気のような。

 

「・・・俺の何を?」

 

短くなった煙草を道路に落とす。

先を足で踏んだ。

 

「わかりません」

 

こんなに力強い柴田は初めてだ。

 

「でも、信じます」

「・・・ふーん」

 

俺はそう返事をしたきり、また黙った。

思い描いていたからだ。少し先のことを。

 

まだやらなければいけないことがある。

それを実行する時、俺は多少なりとも罪を犯すことになるだろう。

 

勿論、柴田も裏切る事になる。

けれど。

 

 

「ねえ、真山さん」

「なんだよ」

「昔の地図って、どこで見れますか?」

「は?」

「ですから、事件当時のこの辺りの地形です」

「調書に書いてないの?」

「もうすこし広範囲で見たいんですよ〜」

「いいじゃん。めんどくさいし」

「そんなこと言わないで下さいよ〜。真山さーん」

「やめろ、懐くな。馬鹿」

「教えてくださいよ〜」

「ヤダよ!離れて?お願い!!」

 

 

ヤツが動き始めたら、どんな状況になるか。今の俺には全く想像がつかない。

けれど、その時。

誰を一番信じなくてはいけないのかは、はっきりとわかった。

 

例えそれで、足元をすくわれても。