不機嫌の理由

 

 

            

 

「もろた!もろーたがなー!」

静寂が広がっていた弐係に、金太郎の声がこだました。

しかし、弐係の面々はそんな事はいつものことと、金太郎の声に反応しない。

「あのー、東大ちゃん、犯人わかってもうたんですが」

その声に柴田が調書書きをやっと中断して顔を上げる。

「はい?どうかされました、金次郎さん?」

「金太郎やっちゅーねん!!」

柴田と金太郎のお約束のボケが静かな弐係に響く。

「東大ちゃん、この『八王子毒マムシ殺人事件』の犯人、わかってもうたんで、捕まえに行っていいすか?」

「あ、そうですか〜。じゃあ、どなたか一緒に…」

そういって柴田は弐係を見渡した。

近藤はカタカタといつもの様にパソコンをたたいている。

あぁ、そういえば今日が締め切りの書類がいくつかあったな、と考えた。

彩もいつものようにネイルケア中だ。

以前、ネイルを塗っている彼女を捜査に連れ出そうとして、みぞおちに一発をくらったことがある。

頼まない方が無難だろう。

 

と、なると…

柴田は新聞を読んでいる男の方を見て、静かに言った。

「真山さん、金太郎さんについていってあげて下さい」

男は面倒臭そうに顔を上げた。

「・・・なんで?」

真山は至極不機嫌そうに言った。

「刑事は通常2人一組で行動するものです」

「知ってるよ。何で俺が行かなきゃ行けないかって聞いてるの」

「だって、他の皆さんは忙しいですし…真山さん、お暇でしょ?」

「暇じゃないよ!見てわかんないの?新聞読んでるでしょ、俺。暇なのは、木戸みたいなヤツの事をいうの、判る?」

「真山さん、あんた何言ってんの?身だしなみはなぁ、女としての義務、仕事なんよ。だから私はお仕事中。わかった?」

「なんだよ、それだったら俺だって仕事中だよ!新聞読む=情報収集。刑事には必要なお仕事でしょ?

柴田、お前行けよ。な?」

「駄目です〜。私、係長としての書類書きが溜まっているので。

・・・それとも真山さん、代わりに書いてくれますか?」

ばしっ。真山の手が確実に柴田の頭を直撃する。

「何で俺がお前の代わりしなきゃいけないの?」

「痛いです。じゃあ、金太郎さんと犯人逮捕に行ってくださいよ〜。 真山さぁ〜ん」

柴田の妙なおねだり声が響く。

そしてその途端、弐係の面々の冷やかし声が一斉に響いた。

その声に顔をしかめた真山が柴田にくりかえし手刀を浴びせる。

「馬鹿馬鹿馬鹿。変な声出すなよ馴れ馴れしい」

「いやっ、やめて、そこはだめっ。あぁ〜ん」

柴田のわけの判らない悶え声が真山の機嫌をより一層悪くする。

「うるせー!!気持ち悪いんだよ!黙れ、黙って死ね!!」

真山が柴田の髪をぐちゃぐちゃとかき回す。

柴田の悲鳴と真山の罵声が室内にこだました。

このままでは長くなると感じた金太郎が、恐る恐る2人に話しかけた。

「あの、わしの犯人逮捕の同行者は誰になったんですか?」

柴田が真山の攻撃を受けながらきっぱりと言った。

「真山さん、言ってください。係長命令です。行かなかったら、査定に響きますよ〜。減俸ですよ〜」

減俸と言う言葉に真山が反応し、手を止めた。

「きったね〜。結局いつもそれじゃん。職権乱用」

そういって柴田を離し、椅子にかけられた上着を取った。

「しょうがねぇな。ほら、行くぞ、京大」

「は、はいっ」

突然の展開にいささかついていけず、さすがの金太郎も慌てて真山の後についていった。

そうして、弐係にようやく静寂が訪れた。

 

 

「いや〜、さすがわし。ぱぱ〜っと事件解決してしまいましたな、真山さん」

金太郎が必要以上に大きな声と共に弐係に戻ってきたのは、それから四時間たった、もう夕暮れの頃だった。

「うるさいよ、お前犯人間違えてたでしょ。あれはお前が解決したって言わないの」

真山が金太郎をパシッとはたきながら後に続いて弐係に戻ってきた。

「お、お前良い音するね。やっぱり、頭ん中からっぽだと音響くのかね?」

真山は新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせて、金太郎を叩き続けている。

「何、あんたまたやったん?」

彩が胡散臭そうに尋ねる。

誤魔化すように大きな笑い声を上げながら、金太郎は真山に言った。

「しっかし、真山さんがいてくれて助かりましたわ〜。また明日、捜査にいきましょね」

「嫌だよ」

またもや真山の手刀が金太郎を襲った。

「いや〜。真山さん、これ何とかなりません? 東大ちゃんも痛いやろ?毎回毎回」

金太郎が頭をさすりながら柴田に問う。

「…いえ、別に」

柴田が小さく答える。

「そうなんすか?あ、真山さん、東大ちゃんには手加減しているんとちゃいます?」

「手加減なんてする訳ないでしょ。柴田が感覚鈍いだけ」

柴田の言葉に少し驚いた真山だが、いつものようにぶっきらぼうに答えた。

「あ、なに?柴田目覚めたんとちゃう?真山さん、責任取ったりよ〜。柴田マゾに目覚めさせた罪は重いで」

「なに、お前マゾ?マゾなの?こわ〜。だんな様逃げちゃうよ」

真山と彩が心底楽しそうに笑う。

「違います!!静かにしてください。書類に集中できないじゃないですか!」

柴田が珍しく声を荒げた。

「おぉ〜こわ」

彩が小さくいって、再びネイルケアにもどる。

金太郎は一課に解決した事件の報告をすると言い残し、出て行った。

真山は、柴田の態度が少し腑に落ちなかったが、自分の机にいき、先ほどの新聞の続きを読み始めた。

 

「終了〜、終了〜!」

近藤のパソコンから就業時間終了時間をつげる声が響く。

「あ〜、疲れた。今日の合コンは電通マンとやねん。柴田、あんたも来る?」

彩のうきうきとした声が響く。

「結構です。この書類今日中に終わらせたいので」

柴田はまだご機嫌が斜めらしい。

「あっそ。じゃあ、お先に失礼しま〜す。さいなら」

彩がこつこつとヒールの音を響かせながら弐係を後にする。

「では、私も。今日はベリーダンスのお稽古の日なんで。お先に、失礼します」

近藤も席を立った。姿勢正しく去っていく。

金太郎はまだ戻ってこない。

「真山さん、帰らないんですか?」

柴田が顔を上げずに静かに真山に聞く。

「あぁ、ちょっと調べ者があってね」

「調べ者、ですか?」

柴田がようやく顔を上げる。

「そう」

しかし、相変わらず新聞を読んでいるだけで調べものをしている気配がない。

 

「…真山さん」

「お前、さっきから書類間違えてばっかじゃん。しっかりしてよ、係長」

柴田の言葉をさえぎって、真山が少し笑った。

真山の笑顔を見て、こわばっていた柴田の表情が和らいだ。

真山はちょっと眉を上げて安心したように新聞をたたんだ。

 

真山の動きを見つめていた柴田が少し息を吸って、真山に尋ねた。

 

 

「真山さん、私と金太郎さん、どちらが叩いてて楽しいですか?」

 

「は?」

 

「ですから〜、叩いている時、より楽しいのはどちらですか?」

「なに言ってんの?」

「誤魔化さないで、きちんと答えて下さい」

柴田は真山を正面から見つめる。

ふっと、真山は優しく笑うと、柴田の隣の空いている席に腰掛けた。

そして、両腕で柴田の椅子の肘掛をつかんで、柴田を椅子ごと引き寄せた。

「な、なんですか?」

「なるほどね。おまえそれで機嫌わるかったんだ」

「なにが、ですか?」

柴田は少しおびえていた。

真山の眼は優しく、逆にそれが怖かった。

「それより、さっきの質問に答えてくださいよ〜」

柴田はその眼に吸い込まれないように、体をこわばらせて言った。

その姿に真山は眼を伏せて、顔を少し背けて笑った。柴田が一番好きな真山の笑い方だった。

「金太郎…って、いったらどうする?」

真山がいたずらっぽい笑顔で聞いた。

「別に…どうもしませんよ…ただ、」

「ただ?」

「金太郎さんにつらく当たってしまいそうです・・・」

その答えに真山は顔をくしゃくしゃにしてわらった。

「何で笑うんですか?」

柴田は理由がわからず笑われて、少しむっとした。

「おまえね、そういう気持ち、なんていうか知ってる?」

真山は尚、笑顔のままだ。

「さぁ…?真山さんご存知なんですか?」

その言葉と共に真山はゆっくりと柴田に顔をよせ、耳元で飛び切り甘い声で囁いた。

 

 

―それは、嫉妬っていうんだよ、柴田―

 

それだけ言うとすっと柴田から体を離し、何事もなかったかのように立ち上がった。

なるほどね〜、だからたたかれても痛くないなんていったのか。

なるほどね〜、だから書類間違えてばっかりいたのか。

男の京大にまで嫉妬するなんて、可愛い所、あるじゃん?

そう、心の中で呟きながら。

 

真山が弐係の出口に差し掛かった頃、真山の囁きに真っ赤になって固まってた柴田がようやく声を出した。

「…真山、さん。調べ物は?」

「あぁ、あれ、もう解決。わかっちゃったから」

調べたかったのは、おまえが機嫌悪くなった理由。

「そうですか…」

「おまえも早くそれ、終わらせろよ。明日までかかっちゃたら、俺また金太郎と捜査行っちゃうよ?」

「…はい、頑張ります」

柴田はまだ先ほどの余韻があるようだ。少し赤くなった頬が真山からも確認できたし、目もすこし潤んでいる。

「あ、一つ忘れもん」

「なんですか?」

柴田は立ち上がり、真山の机の上を見た。

振り返り、何も見当たりませんけど、と言おうとした瞬間、いつの間にかとなりに来ていた真山が柴田の口を塞いだ。

「じゃあな、がんばれよ」

一瞬で柴田を再び真っ赤に染め上げ、真山は去っていった。

柴田はその後姿を呆然と見守る事しか出来なかった。

 

翌日、真山は柴田をいつも以上に叩きまくり、しかし、どこか嬉しそうな柴田に

「あんた、本当に目覚めたんとちゃう?」

彩は余計な心配をすることになる。