日常
午前7時。 意外にも、お兄ちゃんの朝は早い。 時計もないあの部屋でタイマーが付いているかように毎朝7時きっかりに起きる。 それから、朝食。 以前はコーヒーだけどかバナナだけだとかで朝食を済ませることが多かったが、最近はきちんと朝食をとるようになったみたい。 柴田さんの捜査に連れ出されるといつ昼食を取れるか解らないものね。 今日の朝食は目玉焼きと、トースト。それにコーヒー。それともちろん、バナナ。 ちゃんとお野菜とらなきゃ駄目よ、お兄ちゃん。
そして登庁。 お兄ちゃんは無遅刻無欠席を誇る皆勤賞男なのである。 理由はお給料をカットされたくないから。 そして、皆勤賞の商品を毎年楽しみに集めているかららしい。 ・・・意外でしょ? お兄ちゃんが弐係に着くと、いつものように近藤さんがいる。 近藤さんも無遅刻無欠勤。近藤さんは性格上、遅刻できないんじゃないかな? 登庁してからのお兄ちゃんは、忙しい。 そんな風には見えないけれど。 まずは新聞を読む。自分の家では新聞とってないからね。 実はちゃんと事件の記事は一通り目を通しているんだって。 やっぱり刑事なんだ。お兄ちゃんって。 そして、新聞を読み終わると書類書きが待っている。 大体の書類はなんだかんだと理由をつけて柴田さんに押し付けるけれど、やっぱり必要最小限の書類は自分で書かなきゃね。
そうしているうちに、何時間後かに柴田さんが登庁。 お兄ちゃんは、遅刻の遅さを突っ込んだり無視したりする。 ちなみに突っ込む時は機嫌のいい時。無視するのは機嫌の悪い時。 お天気屋だなぁ。 まぁ、機嫌がよくても悪くても柴田さんはお構いなしでお兄ちゃんを捜査に連れ出すんだけどね。 毎回、毎回嫌がってなかなか一緒に出かけようとしないお兄ちゃん。 ・・・素直に一緒に行ってあげればいいのになぁ。 柴田さんが来た時点で自分の仕事無理矢理にでも終わらせているくせに。 まったく、素直じゃないんだから。
やっと捜査にお出かけ。 捜査に行くとき、お兄ちゃんは決まって柴田さんの後ろを歩く。 近すぎず、遠すぎず、何時でも手を差し伸べてあげれる距離で。 ぼーっと歩いてるように見えて、お兄ちゃんは柴田さんが転ばないように、自動車に轢かれないように色々な事に注意を払って歩いている。 面倒くさそうにしてても、時々柴田さんを見るその顔がやけに優しい事、自分で気づいてないのかな?
そして同じ道を歩くのを3回、お兄ちゃんが柴田さんを叩く事5回。 ようやく目撃者、いや柴田さんの言う「真犯人」の家にたどり着いたようだ。 柴田さんは、ゆっくりと、穏やかに。でも確実に犯人を追い詰めていく。 初めはにこやかに対応していた犯人の表情が、段々と険しくなっていった。 そんな犯人と柴田さんのやり取りを、お兄ちゃんはだまって、静かに見ている。 けれどもその瞳は、しっかりと犯人を見抜く、鋭い目をしていた。
犯人が、見苦しい言い訳を始める。 犯行を、罪を、被害者のせいにした。 そして警察を世の中を批判している。 自らの正当性を主張しているのだ。
そして、刃物を懐から出した。 自らを追い詰めた、柴田さんにその刃を向ける。 それでも、柴田さんは怯まない。 柴田さんの背後から、お兄ちゃんの蹴りが犯人を襲う。 けれども犯人は刃物を離さない。 お兄ちゃんは、柴田さんの手を取って、犯人から遠ざけた。 その瞬間、刃物がお兄ちゃんを襲った。 お兄ちゃんの頬から一筋の血が流れた。 それを見た、柴田さんの顔がはじめて歪んだ。
お兄ちゃんは更に激しい蹴りを、それ以上に痛い言葉を犯人に向ける。 犯人が、その場に泣き崩れる。 柴田さんがもうやめてとお兄ちゃんにしがみつく。 少し、泣いているみたいだった。
丁度その時、サイレンの音とともに一家の皆様がその場所に来た。 犯人を連行していく。 柴田さんがその光景をぼんやりと見ていた。
パトカーも犯人も去って、おにいちゃんと柴田さん、二人きりになった。 お兄ちゃんがぱちんと柴田さんの頭を叩く。 お兄ちゃんがこうやって柴田さんのことを叩いたり抓ったりするのは、 事件の後、落ち込んだ柴田さんの元気を取り戻す為って言うのもあるんじゃないかなと思う。 柴田さんが、心配そうにお兄ちゃんの頬の傷に触れた。 お兄ちゃんが、大丈夫だよという風に優しく笑って柴田さんの頭を撫でた。 その行為に、柴田さんが泣き出してしまった。 お兄ちゃんは、困ったように空を仰ぎ、ため息をついて、そっと柴田さんにキスをした。
私がお兄ちゃんの前から突然いなくなって。 最初のうちは、抜け殻のようになっていたお兄ちゃんは、 すぐに、生気を取り戻してあの人を追いかけ始めた。 それはきっと、私の為で。 それはきっと、私のせいだった。 人の心を忘れて、まるで復讐の鬼と化したお兄ちゃんを、 無力な私は、止めることが出来なかった。
あの事件は、もちろん悔しかった。 すごくすごく憎かった。 けれども、私はお兄ちゃんに背負って欲しいわけではなかったのに。 お兄ちゃんは、お兄ちゃんの幸せで手に入れて欲しかったのに。 自分の幸せではなく、あの人への復讐を選んだお兄ちゃん。 私はずっとやめて欲しくて、ずっとお兄ちゃんの傍で叫んでいたのに もう、実体を持たない私の声は、お兄ちゃんに届くはずがなかった。
そんなお兄ちゃんを変えてくれたのは、柴田さん。 初めは、お兄ちゃんもただの研修生のおもりだと思っていたに違いない。 けれども、柴田さんはおにいちゃんの心を段々と侵食していって。 最初は、きっと私の代わりで。 次に、真実を追うパートナーになって。 そして、今はきっとかけがえのない大切な、大切な“女”になっているんだと思う。
突然のキスにびっくりして泣き止んだ柴田さんを、お兄ちゃんはもう一度叩いて、駅に向かわせる。 お兄ちゃんは、決して柴田さんと手を繋がない。 それは、意地悪じゃなくて、きっと柴田さんを自由にさせてあげるため。 そして、少し離れた、いつでも護れる位置でお兄ちゃんは柴田さん見守っている。 そんな愛もあるのだと、お兄ちゃんたちを見ていると改めて感じる。 甘い言葉なんてほとんどなくて、傍から見ててもどうしてこの二人が?ってよくおもうけれど、 お兄ちゃんはきっと、柴田さんの推理力に絶大な信頼をしていて 柴田さんはきっと、お兄ちゃんの信頼に応えようとしている。 それは、そのままお互いの気持ちのつながりとよく似ていて お兄ちゃんはきっと、柴田さんを深く愛していて、柴田さんもその気持ちに応えようとしている。 …きっと、先に恋に落ちたのはお兄ちゃんだね。
二人が帰るのは、警視庁ではなく多分お兄ちゃんの家。 そこで、二人はきっと日々のことも、事件のことも忘れてただの男と女になる。 そして、次の日にはまた、事件に向かってひた走るのだろう。
「お兄ちゃん、幸せ?」って聞いたらお兄ちゃんはなんて答えるかしら? きっと、しかめっ面でこう言うわ。 「幸せかどうか考えている間もないくらいにアイツに振り回されてるよ」 それってね、つまり 「大好きな人といつも一緒にいれて幸せ」 って言う意味な事くらい、私だって知ってるから。
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