熱
真山さんが熱を出した。 「お前は来るな。むしろお前だけは絶対来るな。お願いだから、ね?」 なんて、電話ではちょっと照れてたけど、きっと真山さん不安でしょうがないのだろう。 看病に行くことにした。
「真山さーん、柴田ですー。入りまーす」 一応声を掛けて、部屋に入った。
しんと静まり返った、真山さんの部屋。 ストーブは焚かれていない。 金魚の水槽のモーターの音だけが、部屋に響いていた。
ぱたぱたと真山さんの枕元に向かう。 ぺたんとその場に座り込み、真山さんの顔を見た。 紅い顔、すこし苦しそうな寝息。 「真山さぁ〜ん・・・大丈夫ですか〜?」 小さな声で呟いて、真山さんのおでこに自分の掌を当てる。 あつい・・・ 辛そうな真山さんを見てるのは、自分がしんどい時よりも辛くって。 ついつい、顔をしかめてしまった。
「・・・ん・・・」 真山さんの瞼がすこしだけ開いた。 「・・・起こしちゃいましたか?」 小さめな声で尋ねると、真山さんの手がゆっくりと私の頬に触れた。 「・・・来なくていいって・・・言ったじゃん」 いつもの台詞なのに、妙に弱々しくって胸が痛くなる。 「すみません・・・でも・・・心配で・・・」 真山さんが私から視線をそらすように目を瞑り、僅かに笑った。 「大丈夫だよ。・・・お前に心配なんてされるようなヤワな男じゃねぇよ」 「それはわかってますけど・・・」 こんなに弱った真山さんにいわれても説得力ないですよ。 だってほら、私に触れている指だっていつもよりずっと優しくって、弱々しい。
「ストーブ、付けましょうか?」 私の問いかけに、真山さんはゆっくりと首を振った。 「喉、痛いからさ」 「成る程。・・・お薬は?」 「飲んだ。そこにあるでしょ?」 ああ、やっぱりプレコールですか。 「汗かいてません?着替えます?」 「いいよ。さっき着替えた」
「真山さん、なんでも一人で出来ちゃうんですねー」 こんな時に不謹慎かもしれないけれど、すこしつまらない。 「・・・まあね。だからお前もう帰っていいよ。うつると面倒だし」 ゴホンゴホンと咳をしながら真山さんが言った。 私はぶんぶんと首を振る。 「柴田」 すこし強めの、私を諌めるような真山さんの声。 「お世話できなくっても、風邪がうつってもいいんです。ここに、真山さんのそばにいさせてください」 「・・・お前ねー」 今度は、呆れたような真山さんの声。 「・・・だって、今帰ったって、真山さんが心配で何も手につきません・・・」 なんだか、真山さんの顔を見るのが怖くって、うつむいてしまった。
大きなため息が聞こえた。 それから、私の頭を撫でる大きなてのひら。
「まやまさん・・・?」 「せめて俺のコートでも何でもいいからいっぱい着て暖かくしとけ」 「・・・え?」 「うつっても知らないからね?お前の看病なんてもうしてやんないよ」 「・・・いいんですか?ここにいても」 すこし震える声で聞き返すと、真山さんが疲れたような呆れたような表情をした。 「何を言っても無駄でしょ?お前の頑固なとこは、俺がいちばーんよく知ってますから」 その声が小さいからか、やけに言い方が優しく聞こえて、思わず笑顔になってしまう。 「はい!頑固です」 「いばってんじゃねぇよ、馬鹿」 真山さんがデコぴんをくれる。 「いたた・・・元気じゃないですかー」 「あーウルサイ。じゃ、俺寝るから。静かにして、ね?」 「はぁーい・・・」 「・・・ストーブつけれないんだからな。あったかくしろよ?」 「わかってます・・・おやすみなさい」 「んー。おやすみ」
真山さんの瞼が閉じるのを見て、私はゆっくりと足音を立てないように真山さんのコートを手に取り、それを羽織った。 それから、金魚の水槽の前に置いている座布団をベッドの脇に置いて、その上にちょこんと座る。 もう既に、真山さんは寝息を立てていた。
急に何故か切なくなって、ゆっくりと手を伸ばす。 真山さんの髪の毛に触れた。 やわらかい髪の感触に、すこし泣きたくなった。
この部屋にいるのに、どうして抱き合えないんだろうか。 こんなに近くにいるのに、どうしてあなたの声が聞こえないんだろうか。 どうしてあなたは私に触れてくれないんだろうか。
病気の真山さんにそんな事を思ってしまうなんて、どうかしてる。 頭ではわかってるのに。
胸の奥がぎゅーっとなって、すこし泣いた。 こんなに嫌な女をあなたはどう思いますか?
きっと、その答えは聞けない。 何故なら、こんな醜い私をあなたに曝け出すなんて怖くて出来ないから。
辛くなって、体を丸めるとコートから真山さんのにおいがした。 煙草のにおいと、それから私だけが知ってる、真山さんの体のにおい。 大きく息を吐くと、また涙が出た。
あなたをこんなに好きな私は、好きですか?嫌いですか? あなたの目が覚めたらそれだけは聞いてみようと思います。 そしたら、きっとあなたはこう言うんでしょうね。
「いいんじゃない?」
私の大好きな、あの勝ち誇ったような笑顔で。
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