寝顔
柴田が目を開けた時に目に入ってきたのは、すぐ近くにあった真山の顔だった。 「あ、起きたの?」 真山がのんきに声を掛ける。 二人は先程まで、狭い一つのベッドの上で寄り添うように眠っていた。 先に目を覚ました真山は、なんとなく柴田の顔を見ていたのだった。
いつもなら目を覚ましたばかりの柴田は、動きが非常に緩慢なのだが、今日は違った。 「ひゃっ!!」 小さく悲鳴をあげ、自分の体にかかっていた毛布を掴み、顔を覆うように引き上げた。 いつもと違う反応の柴田を、真山は怪訝な顔で見た。 真山としては、特に変わった事をした記憶がなかったからだ。 「・・・どうした?」 寝起きの少ししゃがれた真山の声。 半分以上毛布に覆われた柴田の顔は、真っ赤になっている。 「ま、真山さん・・・、何してるんですか〜!?」 「何って・・・別に?」 何故柴田にそんな事を訊かれているのか分からず、真山は首を捻る。
「真山さん、今・・・私の寝顔見てませんでした?」 「別に?」 「嘘です!今、絶対見てたでしょう?もー、いやだぁ〜」 柴田は毛布で完全に顔を覆ってしまった。 「は?何言ってんの?」 真山は上半身を起こして、少し高くなった目線で柴田を見た。 柴田は毛布で顔を覆い、小さな子供がイヤイヤをするように首を振って恥ずかしがっている。 「おい…」 真山が柴田の方に手を伸ばすと、柴田は毛布を少しだけ下ろして、目だけをのぞかせた。 「真山さん・・・」 「どうしちゃったの?お前」 「変じゃなかったですか?」 「十分、変」 「・・・やっぱり・・・」 「って何が?」 「私の・・・寝顔です」 「は?寝顔?」 「はい・・・」 力なく頷くと、柴田はゆっくりと毛布を下げた。
長い睫を伏せながら、ぽつりぽつりと話し始める柴田の顔はもう赤くなっていなかった。 「この間、彩さんが携帯電話についているカメラで撮ってくれたんです」 「お前の寝顔を?」 柴田がこっくりと頷く。 「私がその…弐係でうっかりと眠ってしまったらしいんですよ」 「いつものことじゃん」 「その時撮った画像を見せて頂いたんですけど・・・」 「あー、それがぶっさいくだったワケ?」 「・・・まぁ、平たく言えばそういうことですね・・・」 「ふーん」 「『ふーん』じゃないですよ〜!本当に・・・その・・・酷かったんです〜」 「どんな風に?」 真山がニヤニヤしながら身を乗り出して訊いた。 「どんなって・・・こう、口を開けて、よだれが垂れていましてね・・・」 「ああ、何だ。いつもの事じゃん」 急に興味が失せたように、真山が身を乗り出すのを止めた。 「えっ!?」 その反応に柴田が驚く。 「私・・・いつもそんな寝顔なんですか〜?」 真山を見上げた柴田の目は心なしか潤んでいる。 「・・・お前さ、なんでお前用の枕に俺がタオル巻いてるか分かる?」 「いいえ?」 「よだれが垂れてカバーぬらされるのが嫌だから」 「・・・そ、そうなんですか!?」 「うん。お前よだれすげーじゃん。あ、今も口んトコによだれの跡」 「またまた〜。私を騙そうと思ってません?」 「ほら。ここ、ここ」 自分の口の周りを指差して真山が注意を促した。 「・・・あ」 指先によだれの後を感じて、柴田が気まずそうに拭った。
「なぁ、悩むのはいいけどさ、もうちょっと寝ない?まだお日様出てないじゃん」 柴田の膝の上にある毛布を真山がつんつんと引っ張る。 「あ、はい」 二人一緒に毛布をかぶって横になる。 「・・・真山さん」 小さな声で柴田が声を掛けた。 「ん〜?」 「真山さんの寝顔って、どんなでしたっけ?」 「俺が知るわけないでしょ?寝てるんだから」 「あー・・・そっか」 「思い出してよ。俺の寝顔ってどうなわけ?」 「う〜ん・・・」 「覚えてねぇの?」 真山が軽く笑った。 「・・・いえ、思い出しました」 枕に頭を預けて、柴田は軽く目を瞑った。 「いかがですか?オジョーサマ」 ふふっと柴田が小さく笑った。 「なんだか・・・幸せになれます」 「は?」 「時々ね、こっそり見させてもらってるんですけど」 「・・・そうなの?」 「飽きなくてず〜っと見てるんですよ?」 「あっそう」 柴田がもう一度ふふふっと笑って、真山の方に身を寄せた。
真山は、少しずれた毛布をもう一度掛けなおす。 「もう寝るよ〜、柴田」 「はーい」 二、三度柴田の頭をぽんぽんと真山が叩くと、柴田がゆっくりと目を閉じた。 「・・・おやすみなさい」 小さな呟きと共に。
柴田は割りと寝つきがいいので、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。 真山は、柴田を起こさないように首の角度を変え、その寝顔を見つめた。
確かに、口は空いているし、しょっちゅうよだれが流れているのも目撃する。 それでも、柴田のこの寝顔を真山は酷いとは思ったことがなかった。 かといって、綺麗な訳でもない。如何にも形容しがたい気分になる。 いや、先程の柴田の言葉を借りれば、『見てると幸せになれる』のだ。
穏やかで、平和的な寝顔。 それは、彼女の死の一歩手前のあの青ざめた表情を見ているからだろうか?
頬に触れると、温かかった。 当たり前のことなのに、酷く安心する。 起こさないように気をつけて、そっと髪の上から口づけをする。 もう、あんな思いはしたくもないし、させたくもなかった。
間抜けでも、酷くっても。 平和そうなこの寝顔がきっととても好きなのだ。 寝顔をいつまでも見てしまう、それは真山も一緒だ。
目が覚めて、一番に出会う顔。 それが、君だという幸せ。
それが分かっているから、寝顔が幸せに見えるのかもしれない。
「・・・おやすみ」 本当に小さな声で呟いて、真山も目を閉じた。 あと数時間後に目を覚ました時、目に入ってくる顔はどんな表情をしているのだろうか。 一瞬だけ想像をして。
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