銘柄
「あ、ちょっと待ってな。柴田」 警視庁の中、迷子なった柴田からのSOS電話を取ってしまい迎えに来た、その帰り道。 「どうなさったんですか?」 煙草の自動販売機の前で立ち止まる。
ポケットから小銭を出して、コイン投入口に入れる。 馴染みの銘柄のボタンを押すと、ゴロンという音と共に煙草が落ちてくる。
マルボロメンソール。 ここ数年、愛用している銘柄だ。
「・・・彩さんっていつもそれですねぇ。お好きなんですか?」 柴田がニコリと笑って聞いてくる。 「まぁな」 フィルムを長い爪で取り外す。 くしゃりと丸めて近くのゴミ箱に捨てた。
「・・・私、よくわからないんですけど煙草の味って違いはあるんでしょうか?」 柴田がじっと私の手の中の煙草を見つめた。 「アンタの『柴田スペシャル』と一緒や。同じハーブティでもそれだけ特別に好きなんやろ?」 『柴田スペシャルは気が遠くなるほどまずいけれど』と言う言葉を何とか飲み込んだ。
「・・・なるほど。じゃあ、その煙草は『彩スペシャル』ってところですね〜」 「ヘンな名前、付けんといてや」 私は苦笑いをして、煙草を一本取り出すと口に咥えた。 「やっぱり、色々試してその銘柄になさったんですか?」 柴田の探究心はまだ尽きないらしい。 しかし、その言葉に一瞬どきりとした。 「・・・別に。なんとなくこれにしただけや」 「そうなんですか・・・昔からそれだったんですか?」 「ん〜?そうでもないわ。最近やな」 「へぇ・・・」 柴田がじっと考え込んでいる。
私は慌てていいわけのように付け加える。 「あれやろ?あんまマイナーな銘柄やと自販機でない時があるねん。それが嫌でこれにしたんや」 自分でも早口になったのがわかった。 柴田に何か感づかれたかと、ゆっくりと柴田の方を見たが、柴田はふわりと笑っていた。 「そうなんですか〜。さすが彩さん。色々と考えてらっしゃるんですねぇ」 その笑顔にほっとしたと同時に、少し罪悪感を感じた。
この銘柄にしたのは、真山さんがマルボロを吸っているのを知った直後だった。 ヘビースモーカーの真山さんが愛して止まない、このマルボロ。 少しでも近づきたかった。 それまでは、特に銘柄にこだわりなんてなかった。 適当に男の煙草や、そのときの気分で銘柄を選んでいた時もある。
気がついたら「マルボロメンソール」を選んでいた。 あの人はメンソールじゃない。それを知ってて。 もしかしたら意地だったのかもしれない。 全く同じ銘柄は、あの人に依存しているようで嫌だった。 「自分の意思でこの銘柄を選んだの」と自分に言い訳したかったのかもしれない。
マルボロを選んだ時点で、言い訳できないほどあの人に夢中だった証拠なのにね。
初めて吸う時はなんだかどきどきした。 まるで初めてキスをした、あの頃のように。
今はもうその理由さえ思い出さなくなっている、このマルボロメンソール。 そろそろ、他の煙草を試してみるのもいいのかもしれない。
この味とは違っても、もっと美味しいのがあるのかもしれないしね。
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