May
世間はゴールデンウィークと呼ばれる連休を明日に控えて、なんだか浮かれていた。 刑事もいち公務員なんで、きっちりカレンダーどおりに休みを頂戴しようと思う。 いや、それは当然の権利なはずだ。
いつも俺の休日をぶち壊してくれる馬鹿な上司は、 ここ数日間「難解な事件」に夢中になっていたが、今日思わぬ急展開で犯人を捕まえた。
そして俺はそんな上司を捕まえて、家に引っ張り込んだ。 ろくにメシも食わず風呂も入らない上司の捜査終了後の恒例の後処理のようなものだ。
買ってきた牛丼を無理やり食わせると、柴田は急にそわそわしだした。 いつもはこのくらいのタイミングで寝てしまうのに。ここから風呂に入れるのが重労働なんだ。
きょろきょろと視線を忙しく動かす柴田を視線の端で捕らえたが、俺はそ知らぬ振りをした。 柴田が、なんだか不安そうにこっちを向いた。
「…何?」 俺が口を開くと、柴田は心が折れたようにしゅんとうなだれた。 まるで小動物のようだ。となると俺は飼い主か。
インスタントの味噌汁を飲み干して、俺は牛丼の空の容器をまとめる。 それを真似して、柴田がのろのろと自分の分を片付け始めた。 二人の分をまとめてゴミ袋に捨てる。 片付け終えて振り返ると、何故か柴田が肩から鞄を下げてきちんと座っている。
「何してんの?」 尋ねると、柴田はぺこりと頭を下げた。 「ご馳走様でした。…では私はこれで」 俺の分も金を出したはずの柴田が何故か丁寧に挨拶をしている。 「何かあんの?」 部屋に戻りながらなんとなく顔がしかめ面になっていた。 「え?・・・何ですか?」 柴田はなんだか怯えている。 「家で用事とかあんの?」 言い直すと、柴田は少し考えて答えた。 「いえ・・・特に用事はありませんけど」 さっきまで座っていた場所に座る。 柴田とは近くもなく、遠くもない。そんな距離だ。
要領を得ない柴田の態度が掴めずに、ポケットから煙草を出した。 一本咥えながら柴田の方を見る。
「じゃあ、なんで?」 「え?」 柴田が肩にかけた鞄をぎゅっと握り締めた。 「なんで帰るの?」 俺の問いになんだか柴田が驚いたような表情をする。
「…それは、私の家ですし」 柴田は慎重に言葉を選んでいるような様子だ。 「いつも帰らないくせに」 「そうですか?」 「うん」 俺は短く答えると、ゆっくりと煙草の不健康な煙を肺に吸い込む。
「おふくろさんにでも怒られた?」 柴田はかぶりを振る。 「いえ・・・母は私を信用してますから…」 なんだかその発言がおかしくて鼻で笑ってしまった。 「信用されてるんだ。すごいね、お前」 馬鹿にされたと思ったのか、柴田はちょっと唇を尖らせる。 「…はい」 今度はくっくとのどの奥で笑い、手を伸ばして柴田の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 一瞬で後悔した。数日間洗っていない柴田の頭はだいぶオイリーだ。 手のひらについた油分を柴田の肩で拭うと、柴田の眉間に皺が寄る。
「で?」 「…何がですか?」 不服そうな柴田に気にせずに続ける。 「なんでお前はそんなに帰りたがってるの?」 「……」 柴田はそのまま黙ってしまった。
少し待つか、と俺は暫く煙草をゆっくりと味わった。 明日から連休だと思うと煙草も旨い。 ぼんやりそんなことを考えていると、やっと柴田が口を開いた。
「…私なりの、気遣いです」 意味がまったくわからないので、自然と首を傾げてしまった。 「何が」 「ですから…真山さんの為に、ですね」 「俺の為?何が?」 ますます難解になる柴田の謎かけがまったく理解できない。 すると、柴田が意を決したように俺のほうを見た。
「真山さん、連休くらいゆっくりしたいんじゃないですか?」 「…そうだよ。当たり前じゃん」 「ですから、お一人にしてさしあげようと・・・」 「まさかお前、せっかく事件片付いたのにまた捜査する気?」 「いえ?私もこの連休くらいは少し休んで調書を見るだけにしようかと」 「見るだけ、ね…」 「はい」
一連のやり取りが終わって、何故か二人して無口になった。 本当に要点のわからない話だ。苛々してしまう。
煙草が終わってしまう。 俺は灰皿に押し付けて、小さく息を吸い込んだ。
「だから?」 急な問いかけに柴田があわてて顔を上げる。
「ですから…連休くらい真山さんが一人でゆっくりしたいんじゃないかと思ってですね…」 「なんで?さみしいじゃん」 「え?」 「お前さぁ、連休くらい俺の相手しろよ、な?」
柴田は何故だかあほみたいにぽかんとしている。
俺は立ち上がって風呂場に向かう。 とりあえずあのオイリーな頭は許せない。 連休しょっぱなの朝を、あんな頭を抱えながら迎えたくなんてない。
「えっと、真山さん?」 柴田がぱたぱたと俺の後をついてきた。 「なんだよ」 振り向かずに答える。 柴田の指先が俺の服を摘む。 「あの…やっぱり連休、ここにいていいですか?」 やっと俺は柴田のほうを振り向いた。 「風呂入ったらね。お前その頭ヤバいよ?」 呆れながら言うと、柴田が嬉しそうに笑った。
|