マルボロ 

 

 

 

今日は、仕事をお休みにして。

 

朝から、部屋を掃除する。

何もない部屋だけど、丁寧に隅々まで綺麗に。

 

掃除がすんだら買い物に。

いつもは、生活に必要なものしか買わないけれど、

今日は特別。

ちょっと豪華なディナーにするから。

いくつかの食材と、ミニボトルのワイン。

そして、小さな白い花束。

 

最後に自動販売機の前で止まる。

買ったのは、煙草一箱。

丁寧に、カバンに入れて家路に着く。

 

家に着いたら、さあ準備。

いつもは滅多にしないけれど、私だって料理くらい人並みに出来るから。

貴方のためなら、いつもより上手く出来ると思うの。

 

でもやっぱり不慣れな料理は時間がかかってしまって。

やっとの思いでテーブルに並べる。

貴方には、ワインより日本酒の方が似合うかと少し後悔した。

 

 

私の向かいの席には、誰もいない。

そこにあるのは、煙草の箱だけ。

 

 

貴方のお墓も、形見も、どこにあるのか私は知らない。

だけど、私の心に、思い出に。

貴方はしっかり跡を遺しているから寂しくなんかない。

この煙草は、貴方の代わり。

貴方の好きな煙草の銘柄さえもわからないけど、

私が買ったのは、マルボロ。

赤と白の綺麗な色合いが、貴方の黒いスーツになんとなく馴染むような気がした。

 

この日は私も特別仕様。

あなたと再会した日につけていた薔薇の香水をつける。

いつもの黒のパンツルックはやめて白いワンピース。

スカートなんて、嫌いだった。

自分が女であることを嫌でも自覚してしまうから。

 

けれども、貴方を愛して。

嫌だったのに、消したかったのに、私は女で。

「貴方を愛する為に、女に生まれてきた」

大袈裟だけど、そう思える自分がいた。

 

あんなにひどい思いをしてきたのに。

自分が女でいることを恨んできたのに。

例え一瞬でも、そう思えたことはまるで奇跡で。

泣いてばかりいる過去のあの仔たちにもそっと教えてあげたい。

 

 

「大丈夫。あなたは悪くないのだから。

生まれてきたことが、生きている意味。

例え、真っ暗な世の中でも心に支えがあれば、きみもきっと、生きてていいんだと思える瞬間は来るから。

願わくば、その支えになっている人の手を、しっかりと握って、離さないように。

自分から捨てなければ、消えるものではないから。

心の中に、ずっといてくれるから。

だから、泣かないで顔を上げてごらん。

きっと、あるはずだよ。

あなたの心の支えになる人が。

あなたの心の支えになる言葉が」

 

 

箱から一本煙草を取り出し、口にする。

こんなところ、ジラフがみたら卒倒するね。

ごめんね、ジラフ。

でも今日だけは許して。

煙草を吸いたいわけじゃないの。

ただ、モウルの匂いを感じたいだけ。

あの、ヤニくさくてでも、あたたかいにおい。

 

さみしくはないけれど、やっぱりモウルを感じたいの。

たまには、逢いたいの。

 

 

そう、今日は特別な日。

あなたは、「めでたくなんかないよ」って笑うだろうけど。

生まれてきたことを恨んだ日もあっただろうけれど。

 

でも、私は心から言うの。

あなたに会えた奇跡。

あなたがこの世に生まれた奇跡。

本当に、私にとってはかけがえのないものだといえるから。

 

あなたは、もうこの世にはいないけれど。

例え、みんなこの日を忘れてしまっても、私だけは忘れないから。

そっと、ひとりで祝わせて。

 

 

 

「お誕生日、おめでとう。長瀬君」