MARRY ME?

 

 

 

「あー!真山さん、どうしてこんなところにいるんですか〜?」

とあるホテルのロビーに柴田の声が響く。

声を掛けられた真山が、分かりやすく顔をしかめる。

「なんでもいいじゃん。ほっといて?」

「よくありませんよー!これから、新郎新婦のお色直しが終わってゴンドラで登場するんですよ?」

「・・・だから?」

「いい場面、見逃しちゃうじゃないですか〜」

「どこがいい場面なわけ?大体さ、『新郎』って言う歳かよ、あのオッサン」

煙草を咥えた真山が、煙と一緒に吐き捨てるように言った。

 

今日は野々村元弐係長の結婚式。

柴田と真山も、もちろん招待されて出席していた。

披露宴の馬鹿馬鹿しさと会場内禁煙という表示にうんざりして、真山は会場を抜け出し、ロビーに避難していた。

そこを、柴田に見つかってしまったのだ。

 

「お前こそ何でここにいるの?」

灰皿の隣のソファに座っている真山が柴田に尋ねた。

「私はちょっと・・・お手洗いに」

柴田が恥ずかしそうにもじもじと答える。

「また迷ったんだろ?会場からここ来るまでに結構あったぞ、便所」

「このホテル、初めてだったんで・・・」

「普通分かるって。な?」

「・・・・・」

真山の指摘に、何も反論出来ない柴田は、聞こえない振りをして真山の隣に座った。

 

「さっさと戻らなくていいの?見逃すよ?ゴンドラ」

隣に座る柴田をからかうような口調で、真山は言った。

「もうちょっと時間はあります」

今日は結婚式らしく、柴田もそれなりの格好をしている。

黒いワンピースは、彩のお見立てらしくいつもの野暮ったさはない。

ふわふわとなびくフリルの付いたスカートは、柴田の年齢を考えると少し少女趣味っぽい気がしたが、それも柴田らしい。

履き慣れないミュールが痛いのか、柴田は足をぶらぶらさせていた。

「楽しいですか?」

柴田が突然聞いてきたので、少しだけ彼女に見とれていた真山は少しドキッとした。

「…何が?」

悟られないように平静を装う。

「披露宴ですよ」

「・・・楽しいわけないでしょ?」

「えー?私、結構楽しいですよ〜?」

「そりゃあ、お前は…好きそうだもんねー。ああいうの」

「真山さんは好きじゃないんですか〜?」

「…好きなわけないじゃん」

ネクタイを緩めながら、ため息とともに真山が呟く。

結婚式用とは言っても、真山はいつも大して変わりない服装だった。

ネクタイが白であることを除いては。

「ああいう披露宴は、女の子の憧れなんですよ〜?」

「だから、ああいうのに憧れてるのはお前だけ。ね?」

うっとりとした表情の柴田に、真山はすっかり呆れ顔だ。

新郎新婦がゴンドラで降りてくる披露宴なんてまだあったのかと、逆に感心したくらいだ。

 

「披露宴もよかったですけど・・・結婚式も素敵でしたね〜」

まだうっとりとしている柴田が呟く。

「素敵な教会。真っ白なドレス。誓いのキスに、ライスシャワー!!感動的でした!!」

「・・・あれさ、長すぎだよね。誓いのキス。やりすぎ」

冷たい真山のツッコミを無視して、柴田が嬉しそうにうふふっと笑った。

「私なんて、またブーケもらっちゃいました〜!!」

「木戸が睨んでたぞ。譲ってやれよ」

「だめです!!・・・彩さんには悪いですけど、あれは私が頂いたものですから」

「お前さ、前ももらってなかったけ?見ず知らずの人の結婚式で」

「はい!私ってよっぽどブーケを呼び寄せるんでしょうね〜」

「怨念とか執念だろ?怖え〜」

「そうじゃありません。…私の運命が呼び寄せるんですよ〜?」

「・・・やっぱり呪いでしょ?」

短くなった煙草を灰皿に押し付けて、真山はソファから立ち上がった。

首をゴキゴキと回して音を鳴らす。

 

「花嫁のブーケをもらった人は次に結婚をする」

そんな迷信を柴田が馬鹿みたいに信じていることは、真山だってもちろん知っていた。

なんとなく、その事を柴田が言わないのも。

 

「・・・泣いてたね」

真山が小さな声で呟く。

「はい?」

「花嫁の父親」

「そうですね・・・娘さんがお嫁に行くのって悲しいんでしょうか・・・」

なんとなく柴田は父親を思い出していた。

真山も妹を思い出しているんだろう。

「さぁ・・・?」

ごまかすように真山が答える。

「そういえば、沙織の口癖だったよ。俺なんか置いて、とっとと嫁に行ってやるって」

真山の声が暗くなかったので、柴田はほっとする。

「俺もすぐに嫁もらって沙織を追い出してやるとか言ってさ」

懐からまた新しい煙草を取り出す。

柴田の目には、煙草がまるで精神安定剤のように見えた。

「・・・でも、いざ沙織さんが旦那さまになる人を連れてきたら、絶対不機嫌になるタイプですよね?真山さんって」

「そんな風に見える?」

「・・・はい」

穏やかに二人で笑う。

 

「反対に、沙織さんが真山さんの結婚を反対したらどうしました?」

柴田の問いに、真山は考えずにきっぱりと答えた。

「反対されないでしょ」

「・・・わからないですよ?沙織さんだってヤキモチ妬いちゃうかもですよ〜?」

「沙織が嫁に行くまで結婚しないって決めてたんだよね〜、俺」

真山の言葉に、柴田の表情が一瞬硬くなった。

「自分が嫁にいった後だったらさ、そんなに文句もつけないでしょ、多分」

細い煙を吐き出して、真山は遠くを見るように天井を見上げた。

「ま、今更想像してもしょうがないけど」

 

「・・・真山さんは・・・」

柴田のその声はあまりにも小さくて、真山は聞き逃しそうだった。

けれど、柴田が自分のことをじっと見ていたので、空耳ではないとわかった。

「沙織さんのことがあったから、まだ結婚しないんですか?」

「は?」

「沙織さんが結婚するまで、やっぱり結婚しないつもりなんですか?」

はっきりとそう言われたわけではない。

それにこんな事で泣くなんてどうかしてると真山に言われるとわかっていた。

だから、柴田は涙を流したわけではなかった。

それでも、真山を見上げる柴田の表情は、すごく寂しそうだった。

 

真山は、小さなため息をひとつついて、柴田の隣に再び座る。

柴田に泣かれるのも困るが、こんな表情をされるのももっと困る。

ましてや、今日はおめでたい日だ。

高い祝儀を払ったんだから、もっと食事をしたかったし、酒も飲みたかった。

柴田の機嫌を直さなければ、会場に帰ったときにみんなに責められる。

あらゆる限りの言い訳を自分にして、真山は柴田の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

周りに関係者がいない事は確認済みだ。

そのまま、柴田の頭を引き寄せて、自分の肩に寄りかからせる。

 

「昔の話だよ。そう言わなかった?」

真山の声のトーンが、部屋に二人きりでいる時と一緒で、柴田は少し嬉しくなる。

小さいけれど、とびきり甘い。

「昔の話・・・なんですか?」

「そのつもりだけど?」

「じゃあ、どうして結婚しないんですか?」

「・・・したいの?」

「・・・してくれるんですか?」

柴田は体のかすかな振動で、真山が肺にある煙草の煙を吐き出したのがわかった。

 

「まぁ、そういう状況になったらね」

「・・・はい」

 

 

いつ、そのときが来るのだろうか。

すぐに来るのか、ずっと待たないと来ないのか。

ほんの少しだけ、柴田は考えたけど、すぐに止めた。

 

楽しみは、先にとっておこう。

 

 

「・・・まずは、沙織さんに認められるような女性にならないとですね」

「何だよそれ」

真山が軽く笑った。

「私、沙織さんが安心してお兄さんを任せられるよな人間になります」

「無理だと思うけどねー」

「むー」

「・・・あ。ねえ、柴田」

「はい?」

「とりあえず披露宴でゴンドラに乗りたいって言うヤツは沙織も認めないと思うよ?」

「・・・真山さんが乗りたくないだけじゃないんですか?」

「簡単に言えばね〜」

「え〜?夢だったのに〜・・・」

柴田がぷうっと膨れると、また真山の手が柴田の頭を優しく撫でた。

 

 

『おにいちゃんが選んだ人なら、いいよ』

いつか沙織が言っていた言葉。

真山はゆっくりとその言葉を噛み締めて、それから絶対柴田には教えないと誓った。

 

死んでも、ゴンドラだけには乗るもんか。