まどろみ     

 

 

 

 

「しばたぁ〜!!」

 

あのひとの、こえがきこえる。

とおく、かすかなだけど、はっきりとむねにひびくこえ。

 

どうしてそんなにおおきなこえでわたしをよぶの?

わたしはここにいるじゃない。あなたの、すぐそばに。

 

 

「純」

あの人とは、違う声が聞こえた。

懐かしく、いとしい声。

振り返って、声の主を確認すると、やっぱりそうだ。

 

 

「お父さん」

目の前で失って、存在自体を記憶のそこに封印してしまったくらい、愛しい人。

「…久しぶりだな、純」

その、穏やかな優しい笑みは全てを包み込んでくれる。

 

「ずっと、見ていたぞ。純が何をしてきたか」

「えっ?…全部、見ていたの?お父さん」

「あぁ。全部見てたぞ、純」

「じゃあ、小学校4年生の時、本が読みたくて学校ずる休みしてしまったことも?」

「あぁ」

「じゃあ、高校の二年の時、麻衣子と一緒に夜遊びしちゃった事も?」

「あぁ」

 

「いつも、お前のことしっかり見てたよ」

 

お父さんは昔のように頭を撫でてくれた。

その掌に体温はないはずだったのに、何故かとても温かかった。

 

「大変だったな。頑張ったな」

「…え?」

「大沢さんが亡くなった後、色々あっただろう?」

「…うん」

「心も体も、いっぱい傷付いて、辛かっただろう」

「…ごめんなさい、お父さん」

「ん?どうした?」

「お父さんからもらった体、たくさん傷つけちゃった」

背中のナイフの痕と、肩や足に残る銃創。

ここ数ヶ月で、純の身体にはいくつもの傷が痕をつけていた。

そして、それよりも心にたくさんの傷を。

 

「純は、後悔しているのか?」

「え?」

「真実を自分の目で見ようとした事。真山君を信じて、朝倉を追った事。

そうしなければ、お前は傷を負うことはなかったかもしれない。

…後悔しているのか?」

 

それは、優しい父が見せた芯の強い部分。

揺ぎ無いその強さを、自分も受け継いでいると願いたい。

 

「後悔なんてしてないよ。自分で選んで決めたことだから」

そう言って笑った。強がりではなく、自然と笑顔が出た。

 

「では、謝る事はないよ。そうだろう?」

「…うん、そうだね。」

返事をして、父の腕にギュッと抱きつく。

目を閉じると、とても幸せな気分になってくる。

大好きな父と、自分しかいない空間。

昼寝のようなまどろみが、わたしに静かに訪れているようだ。

 

そのとき、聞こえたのはあの人の声。

 

 

「しばたぁ〜!」

 

 

「真山さん?」

あのひとが、呼んでる。

わたしの名を、叫んでる。

その声は悲鳴のような旋律で、心の奥を引っかかれた気がした。

 

 

「…お父さん」

「早く行きなさい。待っているんだろう?彼が」

「どうかな…?」

「何を言っているんだ、早く行ってあげなさい。あの声が聞こえるうちに」

「うん。行ってきます、お父さん」

 

 

「純も、大人になったんだなぁ」

「ん?なあに?」

「…なんでもない。元気でな、純」

「…いつも傍にいてね、お父さん」

「わかってる。いつも傍にいるから」

 

「あと、好きな男性にキスをねだる時は、もうちょっとうまくやりなさい」

「え!?」

「あれでは、真山君が可哀想だよ」

そういって笑った父は、いつもとどこか違う表情で。

でもこれも凄く父らしい気がした。

 

そういえば、あの人と似ているのかもしれない。

 

 

「しばたぁ〜!」

 

また、あのひとのこえがきこえる。

まっててね、すぐにいくから。

 

まだ、おとうさんのもとにはいけない。

だって、あなたはわたしがいないとだめでしょう?

 

でもつかれたの。すこしつかれたの。

だから、このまますこしやすませて。

でも、かならずあなたのもとにいくから。

おそくなるけどあなたのもとにいくから。

そのときは、また「頭臭いよ」ってしかってね。