ココダケノハナシ

 

 

 

とある土曜日、すっかり仲良しになっている彩と真山の元彼女、半海淳は一緒にランチをしていた。

サラダとオードブル、そしてメインディッシュのパスタを

ゆっくりとおしゃべりしながら平らげた二人は、食後のコーヒーを味わっているところだった。

「なー、師匠。ちょっと聞きたいことあるんやけど」

煙草を手に持ちながら、彩が聞いた。

「なあに?私が答えれる範囲ならいいわよ」

半海も、彩から貰って、久しぶりの煙草を味わっていた。

 

「大学のときの真山さんってどんな感じやった?」

「大学のときの真山?」

「そ。なーんか、浮かんでけえへんねんなー。真山さんが学校行ってるのって」

「あら、大学にはあまり来てなかったわよ?」

「・・・やっぱり。何しとったわけ?」

「うーん・・・私もよくわかんないんだけどね・・・いくつかバイトしてたみたい」

「あー、そうやなー。そんなイメージやわ」

「私は一緒に行かせてもらえなかったんだけど、あまり良くないこともしてたみたい」

「ふーん…」

「どの程度かは知らないけどね」

半海が煙草を灰皿に押し付けた。

久しぶりのニコチンは、美味しいけれどやっぱり体に悪そうだった。

 

「あの頃は、妹さんと二人って言う環境じゃなかったしね」

「え?そうなんや」

「うん。ご両親ともいらっしゃったわ」

「知らんかったわ。もっと昔から二人っきりだと思っとった」

彩も、煙草の火を消した。

オープンカフェは気持ちがいいが、この季節まだ少し肌寒かった。

お店の人が貸してくれたフリースのブランケットでは、完全に寒さは防げそうになかった。

 

「そうねー、あの頃の真山を一言で言えば・・・」

半海が細い指でカップを持った。

薬指にはプラチナの指輪が光っている。

「器用貧乏、ってトコかな?」

「・・・器用貧乏」

彩は口の中で繰り返す。

「そう。なーんかさ、別に苦労するわけでもなく、なんとなく出来ちゃう感じしない?アイツ」

「そういわれたら、そんな感じするわ」

「でしょ?」

半海がコーヒーを一口飲む。

「ウチの旦那は、そこが鼻についたって言ってたわ」

ふふふと嬉しそうに半海が笑う。

「え?仲悪かったんや。真山さんと旦那さん」

「そうでもないのよ・・・一応、親友って言うのかしら?まあ、可愛らしい嫉妬よ」

「へー。そんな風に見えんかったけどなあ・・・」

「男ってそういうものみたいよ?よくわかんないけど」

さらりと長い髪を掻き揚げる。

彩は、この人に会うたびに髪を伸ばそうと思っては挫折していた。

 

「でもね、ああ見えて真山ってば、結構人の見てないところで努力とかしてたみたい」

人差し指を立てて、イタズラっぽく半海が笑う。

「えー!うそやん。真山さんが努力?にあわへんわ〜」

「そういうのをね、みせるのが嫌いみたい」

「そうやろうな〜。キャラやないもん」

「でしょ?」

彩が信じられないと言う風に首を横に軽く振り、コーヒーを啜った。

ここは料理も美味しかったが、コーヒーも美味しい。

さすが半海ご推薦のお店だ。

 

「そろそろ行きましょうか?」

女性らしい、淡いピンクのフェイスが可愛い時計を見て、半海が言った。

「この間可愛いトレンチ見つけたんやけど、師匠に鑑定してもらってええ?」

「もちろん!私これでも昔はそっちが本職だったんだから、任せて」

伝票を持ち、二人は立ち上がった。

 

 

会計を済ませ、大通りを目指す。

少し強い風に吹かれながら、半海がぽつりと呟いた。

「でもね、優しかったわよ」

「・・・え?」

「真山のこと。付き合ってるときは優しかったわよ?」

「へえ・・・・」

彩は半海の横顔を見た。

柔らかい、可愛い顔をしていた。

そういえば、柴田にその感じだけは似てるかもしれない。

「特に、何をしてくれたって言うのはないの。でも、なんとなく大切にされている感じはしたわ」

「師匠・・・」

はたはたとなびくスプリングコートを彩はぼんやりと見た。

 

この人と、気が合うのは、性格だけではなく、同じ思いを抱いていたからなのかもしれない。

もしかしたら、今も・・・?

 

「・・・こういう事言うから、離婚危機になんてなるのよね」

ふふふと笑いながら、半海が彩のほうを振り返った。

「真山の事は、本当にいい思い出。今はよき相談相手よ」

「・・・ホンマに?」

「もちろん!」

 

「真山はねえ、私を大事にしてくれたけど、自分をみせてくれようとはしなかったの。

いっつもさらりとかわす感じ。心の中で何考えてるのかぜーんぜんわかんなかった」

彩は何も言えずにただ、半海の表情を見ていた。

「さっき言ったでしょ?アイツはね、誰も見ていないところで苦労してるタイプ。

彼女としたら、そういう部分もちょっとは見せて欲しいと思わない?」

不満そうな顔で一気にまくし立てると、今度は一転笑顔になった。

「でも今の旦那はね、なんか良くも悪くも人間臭いの。そこがかわいいのよね〜」

「・・・おのろけかいな」

「そ。いいでしょ?たまには」

ふふふと半海は笑う。

彼女のこの表情の豊かさは一緒にいてとても気持ちがいい。

 

「私は結局、真山の心の壁に負けたのね。あれを開く力がなかった」

彩は黙って頷いた。彼女の言うことがよくわかる気がする。

「今の真山の・・・柴田さん、だっけ?」

「そ。柴田」

「彼女には出来たんでしょうね。私には出来なかったことが」

「アイツ、ホンマにすごいねん。師匠」

今度は半海が黙って笑顔で頷く。

 

「真山さんも、無理矢理開けられたみたいなもんやな。きっと」

「でも、すごいじゃない。無理矢理でも開けられるなんて」

「そやな・・・」

いつの間にか、二人は停まっていた。

あのカフェから、まだ全然進んでいない。

 

「・・・でもな」

彩がぽつりと言った。

「あの子、エエ子やで」

「うん。よかった・・・」

 

 

真山と言う男を前にしたとき、きっと誰もが戸惑うだろう。

まるで、解けない問題を前にしたときの学生のように。

 

ある人は、解くことを放棄し、

ある人は、頑張って解こうとする。

 

けれど、彼が待っていたのはそんな人たちじゃない。

「あのー、コレわかっちゃったんですけど〜」

有無を言わさず、そう言ってのける人。

 

怯まずに、まっすぐに彼の世界に入っていける人。

 

もしかしたら、柴田は真山さんがずっと探していたモノなのかもしれない。

 

本人に自覚なんてなくっても。

 

 

「あーあ。やめましょう。不毛な話」

「そやね」

「もう、過去のことじゃない。・・・アナタも、そうでしょう?」

半海がにっこりと彩の顔を覗き込む。

「・・・はい」

彩は力強く頷いた。

 

「さて。行きましょうか。そのトレンチコートのお店」

「まだあると思う?師匠」

「モノによるんじゃないの?」

「な〜、売れとったらどないしょ。あー、アタシあん時買うときゃよかったー」

「後悔先に立たず。行くわよ」

「はーい」

 

 

あの男に向き合おうとした女なら、きっと願わずにはいられない。

「この人が、いつか幸せになりますように」

自分には出来なかったけど、いつか他の誰かに。

 

そう思わせてしまう男を、愛してしまった二人の女の、ココダケノハナシ。

その男に、聞かせたらどんな顔をするのか。

それは、ご想像のままに。