声
あの人の声は、まるで媚薬。
初めは、そんなに気にしていなかった。 ごく普通の声だと思っていた。 すこし低くてかつぜつがあまり良くなくて。 どんな声が「いい声」だなんて、考えてもみなかった。
だけど、気づいてしまった。 初めて囁かれた時、体中を駆け巡ったあの痺れる感じ、軽い眩暈。 彼の声は低くて甘く、体に響く。 体の芯の決して触ることの出来ないところをかすかに振動させる。
一番すきなのは体を密着させて声を発してもらうこと。 耳ではなく、体全体で彼の声を感じることが出来るから。 特に、名前を呼んでもらう時、私が私でいることを実感できるのだ。 私が、真山さんのそばでいきているということ。
「ねぇ、真山さん。一つお願いしてもいいですか?」 「・・・何だよ?」 「あのですね、私の名前、呼んでみていただけますか?」 「はぁ?なんだよ、それ?」 「いいから、呼んでみて下さい」 ばちん。 「お前、それが人にモノを頼む態度?」 「・・・『柴田』って呼んで下さい。お願いします、真山さん」 真山の眉が少し上がる。 「・・・柴田」 「ふふふふ」 「何だよ、気持ち悪りぃな」 「もう一回、お願いします」 「しばた」 柴田はゆっくりと目を閉じた。
ほらね、まるで媚薬。 甘い言葉なんて無くったって、すごく甘い。 体の芯がとろけるほどに。
柴田の名前を呼ぶ時に、真山が無意識に少し丁寧な発音する事を、 柴田はまだ知らない。
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