孤独

 

 

 

昔は、よく独りでいたような気がする。

家でも、学校でも。

勿論、家には母という家族がいたし、学校には友人もいた。

 

それなのに、私は自ら独りになってきた気がする。

別に孤独を好んだという訳ではない。

誰かといる事は好きだったし、楽しかった。

自然と何かに熱中するときは独りでいるのが楽だったからだ。

きっと、無意識にそうしていたのだろうけれど、後から理由をつけるなら、そういうことだ。

 

だけど、この人と一緒にいる時間が多くなってからと言うもの

途端に独りでいる事が嫌になった。

ずっとくっついていたいわけじゃない。

ただ、この人を僅かでもいい、感じていたい。

そうじゃないと、不安になる。

 

そうか、これが「孤独」なんだ。

 

 

「ね、それ癖?」

突然の真山さんの言葉に私は顔を上げた。

コンビニから帰る途中の信号待ち、私は真山さんの少し後ろに立っていた。

「え?癖ですか?何が?」

ワンテンポどころか数テンポ遅れて私は慌てて返事をした。

「それ、それ」

真山さんがコンビ二の袋を手首に掛けて、長い指で肘の辺りを指した。

「あ」

思わず声を漏らす。

私の手がしっかりと真山さんのスエットの肘の辺りを掴んでいた。

「…すみません」

私は恥ずかしくなってうつむき、手を離した。

頭の上で、真山さんが軽く笑ったのが聞こえる。

「最近さ、何故かスエットが伸びるなと思ってたんだよね」

かさり、とビニールの袋が音を立てた。

私が恐る恐る真山さんを見上げると、真山さんは口の割には怒ってはいないようだった。

 

「でもさぁ」

「…はい?」

「スーツの時は持たないね、ココ。なんで?」

そう言われてみればそうだ。

「…なんででしょうね?」

「俺が聞いてるんだけど」

真山さんがまた少し笑う。

私は考え込んだ。

するとまた、頭上から声が聞こえる。

「アレじゃない?仕事の時は俺が逃げないとでも思ってるんでしょ?」

ちょっと得意そうに真山さんが言う。

「・・・ああ、そうかもしれませんね」

真山さんがスーツの時は、イコール仕事中の時だ。

「…甘いね。仕事でも逃げるよ?俺は」

余裕たっぷりに私を見下ろす真山さんの表情は、たまらなく魅力的だ。

「駄目です。逃げないで下さいよ?」

私は少し控えめに真山さんの肘のところを掴む。

「やだね」

真山さんが大げさな動作で私の手を振り払う。

「私が一人じゃ何も出来ない事、知ってるじゃないですか〜」

私も負けてはいられない。

「お前もさ、そろそろ一人立ちしてよ。ね?」

「無理です」

「言い切るなよ、努力しろよ!」

「だって、真山さんがいなかったら、誰が方向教えてくれるんですか〜?」

「コンパスがあるじゃん。な?」

「誰が突っ込んでくれるんですか〜?」

「漫才コンビかよ!」

「…とにかく、一人じゃ寂しいじゃないですか〜」

私が言ったその一言に、真山さんが一瞬動きを止めた。

「意外だね。お前、一人好きそうなのに」

そこの言葉は嫌味でもなさそうで、本当に驚いて聞いているみたいだった。

「以前は、特別嫌いではなかったんですけど…」

私は真山さんの顔をじっと見て答えた。

真山さんは眉毛をぴくりと上げて、私の話の先を促すみたいだった。

「最近は、一人でいると寂しいと感じます」

なんだか少し照れくさいので、まるで作文のように言った。

「ふうん」

真山さんはそう言って、まだ変わりそうにない信号を見あげた。

私は、その横顔を見あげる。

そして、今日何度目かになるだろうか、真山さんの肘のあたりを掴む。

真山さんがゆっくりと私の方に顔を向けた。

「どうしてだと思います?」

「ん?」

「私が一人でいると寂しくなった理由、です」

「ああ…それね」

真山さんはそう言ってまた、信号を見た。

もう少しで色が変わりそうだ。

つん、と肘のところを引っ張り真山さんの注意をこっちに向ける。

私と目が合うと、真山さんが不意に笑ってまた前を見た。

真山さんは私が掴んでいない方の手に持ってたビニール袋を私が掴んでいるほうの手に持ち替えた。

空になった手で、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

私は嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。

信号が漸く青に変わる。

仕上げのように、真山さんが私の頭を二回ぽんぽんと叩いた。

 

「行くよ〜」

 

私は真山さんを掴んだ手を離さずに真山さんの少し後ろを歩き始めた。

 

 

真山さんは、質問には答えてくれなかったけれど、それはきっと私も真山さん本人もその理由を痛いほど知っているからで。

他人のぬくもりを知ってしまったら、一人には戻れないということを。

いや、正確にはあの人は一度ぬくもりを知ってそれを奪われたのだ。

あの人は、「孤独」と言うものをきっと強烈に痛感しながら生きてきたのだろう。

 

幸せも、孤独も教えてくれるこの人が、誰よりも何よりもいとおしい。

 

 

家に帰って、ぎゅっと抱きしめたいけれど、きっと逆に抱きしめられてしまうんだろう。

自分の寂しさには無頓着なくせに、私の寂しさには何よりも敏感な人だから。

 

 

まずは、家に帰ってさっき買ったおでんを食べよう。

二人の大好きな玉子は、きれいに半分こして。