キレイ事
静まり返った、真山の部屋。 それは、気まずい沈黙ではなく、おだやかな静寂。 熱い情熱を吐き出しあった2人が、たどり着いた幸せな時間。
「…真山さんって、寒がりな割りに暖房器具を家に置いていないんですね」 何も衣服を身に着けていない柴田が、シーツに包まりながらぼそっと呟く。 「あ?何言ってんの、お前?あれがあるでしょ、あれが」 そういって真山は部屋の隅にある石油ストーブを指差す。 「…あんな小さなストーブ一つでは、中々温まりませんよ、この部屋。」 「何?寒いの、お前?」 「あ、いいえ。そうではないのですが…」 今日はいつにも増して柴田が何を考えているのかわからない。 真山は眉間の皺を深くして、寝転んだまま煙草の煙を思いっきり肺に吸い込む。
「何が言いたいの?ちゃんと言えって」 幾分、真山が声のトーンを落とす。 それは柴田を責めているようで、柴田はその声に導かれるようにおそるおそる言った。 「この部屋にコタツなど置いてみたらいかがでしょうか?」 「は?コタツ?何で?」 「はい。いかがでしょう?いいと思うんですけどね〜。」 柴田が幸せそうな笑みを浮かべる。想像の中ではもうコタツに入っているらしい。
「あのね、柴田。よくこの部屋見て?コタツ似合わないでしょ?」 広くはないが、物がない分広く感じる真山の部屋。 フローリングというよりは、板むき出しといったほうが良い冷たい床。 目に付くのは、自分たちのいる黒いシーツのベッド。それに水槽。 そして、もう役目を終えて布が掛けられているだけの望遠鏡。
確かにこたつがぴったり合う部屋とは言い難い。 「残念です。私、こたつ大好きなんですよ〜。 うちにもあるんですけどね、入っているとこう、ぬくぬくして幸せ感じると思いません?」 柴田がまた恍惚の表情をする。 いつもならすぐさま突っ込む真山だったが、静かに煙草を枕元の灰皿に置いた。
「沙織と住んでいた家にもあったな」 柴田の顔が一瞬で素に戻る。
「…沙織さんのことを思い出して、つらいからコタツを置かないんですか?」 柴田が、静かに尋ねる。 「あのね、そんなことでいちいち思い出してたら、キリないでしょ?」 真山が少し笑う。悲しい笑い方だと柴田は思った。
「お前もさっき言ってたじゃん。こたつに入ると幸せだって。 この部屋じゃなくて、俺にはそういうの似合わないんだよ」
その言葉は、さっきの笑いよりも悲しくて。 柴田は泣きそうになる。 沙織さんが亡くなった後、こんな気持ちを抱えたままこの人は生きてきたのだろう。 自分よりずっと年上で大きい真山を柴田は思いっきり抱きしめてあげたくなった。
「…真山さん」 真山が顔を上げる。 「もう、いいのではないでしょうか?」 「何が?」 「もう、前を見てくれませんか?」 懇願する柴田の表情に真山は目をそらせなくなっていた。
「過去を忘れて生きてくださいとは言いません。 それは無理だって私自身、経験して理解しているつもりですし。 ですから、過去を抱えてでもいいので、前を見てください、真山さん。 未来に復讐する過去に勝てるのは、現在(いま)だけなんです。 辛いかもしれませんが、私がここにいますから。 他のみんながいなくなっても、私は絶対ここを離れませんから」
真剣な柴田の表情に、真山はまた少し笑った。 しかし、今度の笑い方は優しい、穏やかな笑い方だった。
「お前、相変わらず奇麗事が好きだね」 「そうでしょうか?」 「うん。すっげー奇麗事言ってるよ?自覚ないの?」 「はい、すみません。でも嘘は言っていませんので」 不思議そうな顔をする柴田を見て、真山は心底嬉しそうに笑った。 そして、ふわりとシーツごと柴田を抱きしめた。
「今回だけ、その奇麗事に乗ってやるよ」 「えっ、本当ですか?」 「うん。まぁ、気が変わらなかったらな」 「え〜、そんなこと仰らずにずっと乗ってて下さいよ〜。」 抱きしめられたまま、真山の張り手が柴田の頭を直撃する。 「調子に乗ってんじゃないよ」 「いたた〜…酷いです〜、真山さん」 「お前が選んだんでしょ?その酷い男を」 「…また意地悪な言い方する〜」 「煩いね。知らないよ?お前が言い出したんだからな。 もう傍にいたくない~なんて言っても、手放してやらないよ。 お前でストレス解消させてもらうからね。これからも叩いて抓るから、ね」 それは、真山らしい言い方で。 けれどもその乱暴な言い回しの中にある優しさを、ぬくもりを柴田は確かに感じていた。 この男の、悪くて愛しい癖。
「それでも、構いません。真山さんがもういいっておっしゃってもずっと傍にいさせてもらいますからね」 真山は返事をする代わりに柴田を強く、抱きしめた。
「…真山さん」 「何だよ?」 「私が真山さんを幸せに出来るとは思っていませんし、真山さんに幸せにしていただこうなんて思ってもいません。」 真山の眉間に皺が出来、柴田を抱きしめる腕を緩める。 そして、柴田の読み取れない表情を覗き込む。 「どういう意味?」
柴田は穏やかで、優しい笑みを作ってこう言った。 「ふたりで、一緒に幸せになりましょうね。幸せって、与えられるものじゃなく、そこに生まれるものだと思うので」
それもまた、奇麗事。 しかし、2人にとっては未来の為の不思議な呪文。
―幸せな、未来をつくるための―
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