記憶 〜真山〜
どうして、泣いているんだ?
そんな悲しい顔をして。
俺は嬉しいのに。 こんなに嬉しいのに。
お前が俺の記憶を取り戻してくれて。
記憶がないと聞いたとき。 それでいいと思っていた。
あの事件の事は綺麗に忘れて、新しく始めたほうがいい。 それが柴田のためだと、そう思っていた。
けれど、お前は俺の名前を呼んだ。 綺麗で、澄んだ小さな声で。
「・・・真山さん・・・」
久しぶりに、お前に呼ばれた気がした。 もちろん、さっきの事件の捜査の時、何度も呼ばれたはずなのに。
おそるおそる聞いてみる。 「何だ、お前。目ぇ覚めたのか?」
「・・・はい」
そう、聞いたとき嬉しくてたまらない自分がいた。
記憶がないほうが柴田の為だと言いながら、俺はきっと待っていたんだ。 お前が俺の名前を呼ぶことを。
とても、とても逢いたかった。 記憶のないお前を見るたびに、無性にお前に逢いたかったんだ。
「やっと、逢えたな」 そう、心の中で呟いた。
手を伸ばして、柴田の髪に触れる。 さっきまで、決して触れられなかった、お前に。
乱暴に、何度も何度も撫でた。 その温かさを、その存在を、確かめておきたかった。
どうして、お前は泣いているんだ?
そんな悲しい顔をして。
俺は嬉しいのに。 こんなに嬉しいのに。
お前が俺の記憶を取り戻してくれて。
目の前が、だんだん暗くなる。 ああ、もう時間は残されていないんだと、はっきり感じた。
けれども、やっと守れた。 大切な女を、やっとこの手で守れたんだ。
お前を朝倉のいるこの世に残すのは嫌だけれど。 一回くらいはやってみたいじゃん? 「命がけで惚れた女を守る」ってヤツをさ。
思ったよりは、いいもんじゃないけど、 せめてお前の腕の中で、死を。 安らかではないけれど、永遠の眠りを。 お前のいない地獄に落ちるのだから、せめて今だけは、お前の腕の中で。
お前は、このことを忘れた方がいい。 全ては俺の自己満足で。 全ては俺と朝倉のせいで。
お前が、俺の死を自分のせいだと背負って欲しくはないから。
代わりに、もう一度名前を呼んで。 その、綺麗で澄んだ声で。 この瞬間だけ、俺のことだけを想って。 俺の意識が、なくなるまでは― |