| 禁断の実 ご飯を食べて、お風呂に入って、セックスして。 今日一日分、多少の疲れを感じてはいるが、まだ眠くない二人はベットの中にいた。 彼らがいつもほとんどそうしているように、なにも喋ってはいない。 真山はいつもの様に「運動後の一服」をしており、柴田はなんとなくそんな彼の様子をじっと見てる。 彼は、夏場や暖かい日はベッドの縁に座って一服を吸うことが多い。 しかし肌寒さを感じる今日は、さすがに寒いのか、毛布に包まりながらうつぶせのまま上半身だけ起こして煙草を吸っている。 「・・・それって、火事になりませんか?」 「ならねぇよ」 それが、情事の後二人が交わした唯一の会話だった。 気がつくと、柴田の視点が真山の体の一点に集中してるようだった。 その事に興味のない真山は、特に何をするでもなく、ぼんやりと煙草を吸っていた。 少し眠気が彼を襲って、小さな欠伸をかみ殺す。 ごくりとつばを飲み込んだその時、小さく「あっ」と言う声が聞こえた。 「…何?」 真山がちらりと柴田を見ると、柴田はまだ何か一点を集中的に見ている様子だった。 「あっ、あ〜」 まるで言葉を知らない子供の様に、柴田が呟く。 「何デスカ?柴田さん」 真山は腕を伸ばして、床に置いてあった灰皿に吸殻を押し付ける。 その動作が終わると、ゆっくりと柴田の方を向いた。 柴田もやっと真山の顔を見て、数分ぶりに二人の目が合った。 「…真山さん」 柴田の口調は、どこか空ろで、何かに集中している時の彼女の声そのものだった。 「だから、何?」 「ちょっと…触らせてもらえませんか?」 遠慮がちに、でもなんとなく図々しいお願いを柴田はする。 「…どこを?」 訝しげな真山の声。 ゆっくりと丁寧な声で、柴田は答える。 「その…真山さんの、のどぼとけ、です」 「はぁ!?」 「駄目ですか?」 柴田の表情が少し悲しそうなものへと変わる。 「何で?何でこんなとこ触りたがるの?」 怪訝な顔で、真山が言った。 「…だって、私ないんですよ〜?」 「そりゃそうでしょ。お前も一応、女なんだから」 「だから、ちょっと気になるんです。…駄目ですか?」 真山が小さくため息をついた。 「・・・別に、いーんじゃない?」 諦めたような口調になってしまったのは、わざとではない。 「ありがとうございます」 柴田が笑顔の手前の「とても嬉しそうな顔」をした。 「では、失礼して…」 白い柴田の手が、やんわりと真山の方に伸びてくる。 「…なんか、お前オヤジ臭いね」 真山が反抗のように小さく呟いた。 柴田の人差し指の腹が、真山ののどぼとけをゆっくりなぞる。 「…ほー」 何故か納得したような声を漏らした。 真山の眉間の皺が一本増えた。 「あの、真山さん、ちょっと・・・なんか声を出していただけますか?」 柴田が目をキラキラさせながら言った。 どうやらのどぼとけの震動に興味があるらしい。 ここはひとつ、お決まりの文句を。 「ばーか」 「わっ!ぶるってきました!!すごーい!!」 世紀の大発見をしたような驚きだ。 「ホントに馬鹿だね…」 心からあきれて物を言うと、馬鹿は面白いくらいに予想通りの反応をする。 「わっ!わっ!!また、ぶるぶるいった〜!!」 そりゃ振動するだろうよ、と心の中で突っ込みつつも、真山はもうどうでも良かったので、そのまま好きにさせてみる事にした。 「あの、ちょっと仰向けになってもらえませんか?」 しばらく好き放題のどぼとけを触っていた柴田が、わがままを言い出す。 要求を聞いて、真山は静かに柴田のほうをじろりと睨む。 「暗くて、よく見えないんですよ〜」 悪意を感じないのか、それともさらりと流しているのか、柴田は悪びれずに言う。 正直、真山にとってもベッドに寝ころんだまま肘を突いて体重を支えている今の体勢はちょっと辛かった。 けれどわざとらしくため息をついて、真山は仰向けになった。 「仰向けになった方が、くっきりですね〜」 のんきに柴田は言った。 「気のせいじゃねーの?」 元から興味のない真山の返事など、こんなものだ。 もう一つ小さなため息をついて、真山は少しだけ気を抜いた。 「・・・!?」 その時、真山の喉元のあたりを生ぬるい感触が襲った。 思わず顔だけを起き上がらせた。 きょとんとしたような柴田の顔がそこにはあった。 「何?今の」 真山はすこしだけビビっている。 「…あれ?駄目でした?」 「だから何?さっきの」 「あー…」 珍しく、柴田が言い難そうに口ごもる。 「ちょっと・・・興味があったので・・・」 「ので?」 「…舐めてみました」 べちん 「いったぁ〜い!!」 柴田が叩かれたおでこを抑えている。 「そういうのやめてくれる?この変態!」 憮然とした表情で真山は言った。 「だって・・・真山さんだって…私にするじゃないですか〜?」 むくれ顔の柴田が反論する。 こうやって、自分がやっている行為を言葉で説明されるのは、この上なく恥ずかしい。 真山は、ちょっとムカついたので、もう一回柴田のおでこをべちんと叩いた。 「いったーい!もう、なんで二回も叩くんですかぁ〜?」 「うるさいよ!気ぃ抜いてる時に急に舐められたら誰だってびっくりするでしょ?ね」 「え〜?私は別に…」 「それは、お前が鈍感なのと、俺のテクニックが素晴らしいから」 「…なんだか発言に矛盾がありません?」 「ありません」 「え〜?」 不服そうな柴田の視線に、真山は取り合おうともしない。 「第一さ、女にもあるでしょ?のどぼとけ」 「え?そうなんですか?」 「発達してるのが男ってだけじゃなかった?東大」 『東大』は、真山は柴田の無知を馬鹿にする時の呼び名だ。 次の瞬間、お返しとばかりに真山が柴田の喉をぺろりと舐める。 「きゃっ!!」 柴田は驚いて身を竦める。 その様子を見て、真山はにやりと笑うと、もう一度唇を喉元に当てた。 「真山さん…」 喉の辺りで真山の舌のうごめく感触が続く。 しばらくすると、真山の唇は耳元に移動した。 性感帯を刺激された柴田の体から搾り出されるように、あまい息がひとつ。 それを聞いて、真山は耳をれろりと舐めて漸く柴田から身を離した。 「あったよ。なんかちょっとぼこってなってた」 にやにやと笑いながら、真山は言った。 「そうですか…」 柴田は、頬を赤らめてぽーっとしている。 「違うでしょ?ね」 勝ち誇った真山の笑顔。 「…何がですか?」 柴田は悔しくて、唇を尖らせつつ答える。 真山がもう一度柴田のおでこをぺしりと叩いた。 「『アダムの林檎』って言うんですって」 三度目の鉄拳制裁にすこし不服な柴田はすこし拗ねている。 「何が?」 「のどぼとけのことですよ」 「ふーん」 相変わらず、真山は興味がなさそうな相槌をする。 「アダムとイブが食べた禁断の実がのどに詰まったからだそうです」 「…その話ってさ、なかなか真理を付いてると思わない?」 「え?」 急に真山がのってきたので、柴田はすこし驚いた。 「最初っから、男は女をそそのかすもんだって言う事でしょ?」 「何ですか?それ」 「その話作ったのってさ、絶対男だよね。しかも女で痛い目見た男」 真山が楽しそうにけけけと笑った。 「・・・どうしてそう思うんですか?」 柴田が真山の顔をじっと見る。 「そりゃあーね」 真山が今度は優しく笑う。 「俺も今、痛い目みてるからじゃないの?」 何が「痛い目」なのか聞きたかったけれど、柴田は真山に倣って静かに瞳を閉じる事にした。 ・・・禁断の実の片割れは、イブの胸のふくらみになったと、古代の人は言っていたっけ。 |