きもだめし

 

 

いつものように、弐係は暇だった。

今日はじめじめしていて、すこし蒸し暑くて。

普段から低い弐係の面々のやる気を完全に奪っていた。

 

彩はネイルを磨いているし、金太郎は調書を読んでいるふりをしているだけだし、近藤もネットを見て暇を潰していた。

 

いつも、自分勝手にとはいえ、捜査に尽力している係長・柴田も期限間際の書類書きをしていて、でもそれも終わりそうで。

なんとなく暇をもてあましていた。

 

そして不本意ながらもいつも柴田に連れまわさるお守り役は、今日だけは彼女の呪縛から逃れてのんきに来客用のソファーで昼寝をしていた。

 

「あ〜!!あかん。また失敗してもうた!!」

突然、彩が叫んだ。

「彩さん、何を失敗されたんですか?」

「あー。ネイルよ、ネイル。こうじめじめしとったら、乾きにくくてあかんねん」

「へぇ。そういうものなんですか」

彩が、大きく伸びをはじめて言った。

「ああもうやめやめ。今日はなんか調子でぇへんわ」

「私も、なんとなく気分が乗らなくて・・・」

柴田がため息をついた。

「珍しいですね。柴田さんにも気が乗らない時ってあるんですか?」

急に、近藤が口を挟む。近藤も暇を持て余している。

「ええ。捜査でしたら、そんなこともないんですが、書類書きは苦手なんです」

「へぇ。さすが刑事魂女。捜査は常にやる気なんや」

「はい!!捜査はいつも全力で頑張ってます!!彩さんも、いかがですか?一緒に捜査に行ってみますか?」

柴田が急に目を輝かせていった。

「・・・遠慮しとくわ」

「え〜?楽しいですよ〜?」

「そりゃそうやろ。アンタは真山さんと一緒にいられるんやもんな〜?」

「そんなことないですよ!プラーべートは、プライベート。捜査は捜査です!」

「はいはい。で、その愛しのダーリンはまだお昼寝?」

「ダーリンって・・・」

何故か近藤が顔を赤らめる。

「そうなんです〜。真山さん、出勤してからずっと寝てるんですよ〜。どうしましょう?」

「どうって・・・別にええやん」

「まあ、そうなんですけどね。やはり係長としてはこう堂々と寝てられると・・・」

「いつものことやと思うけどな。・・・じゃあ、起こせばええやん」

「それが・・・真山さん眠りを妨げられるのが、お嫌いなんですよ」

「ほ〜。それはそれは。いっつも一緒に寝てないとわからへんことやなぁ」

彩がニヤニヤと柴田と真山を交互に見る。

「もう!彩さん!!」

柴田が顔を真っ赤にして怒っている。

「ごめんて。柴田。ちょっとからかっただけやん」

「もう。変な冗談やめてください!!」

「で、真山さん。そんなに寝起き悪いん?」

「はい。真山さんが言うには『死にたくなったら、俺の睡眠を邪魔しろ。一発であの世に行かせてやるから』だそうです」

「ふーん・・・」

彩はそう頷いたっきり、しばしの間、考え込んでいた。

 

「なぁ、みんな。きもだめしやらへん?」

唐突に、彩が小さな声で言った。

「きもだめし、ですか?」

近藤が首をかしげながら彩に聞いた。

「そ。きもだめし。ちょっと早いけど、まぁええやろ。楽しいで〜?」

「お、ええですなぁ!わしも子供の頃、ようやりました。墓地とか、つぶれた病院とかで」

「私、やったことないんですけど初心者でも出来ますか?」

「初心者って・・・そんな技術がいるものではないと思うんですが・・・」

「そうや、東大ちゃん。きもだめしっちゅうのはな、お墓とかこわ〜いところで、自分の度胸をためすんや。どうや?勝負するか?わしと」

「わぁ〜、なんだか神秘的ですね〜きもだめしって。エクセレント!」

「神秘的・・・ま、ええか。ならやるで〜」

 

「・・・でも木戸さん、どこでやるんですか?度胸を試すところなんてありましたっけ?」

近藤が不思議そうに答えた。さすが弐係の知恵袋(?)だ。

「え?あるやん。ここに」

彩が、あるものを指差した。

 

それは、のんきにソファーの上で寝ている真山徹(3●歳、独身・好物バナナ)であった。

 

「き、木戸さん!?まさか・・・」

「度胸だめしには最適やとおもわへん?」

ぶんぶんと近藤が首を振った。

この先、必ず誰かが血を見る。

何も気づいていない東大京大コンビか、自分。

被害者はきっとこの三人のうちの誰かだとすぐに悟った。

どうか、三分の一に当たりませんように・・・

近藤は、死んだ祖父にそっと願った。

 

「じゃあ、ルール説明するで。よく聞いといてな」

「はーい」

彩が机の中からサインペンを一本取り出した。

「今から、一人ずつこのペンを持って真山さんの所に行きまーす。

そして、一人一画の割り当てて、真山さんの額に「肉」って書きまーす」

「あ、はーい、彩さん。ちょっといいですか?」

柴田が授業中の小学生のように手を挙げた。

「はい柴田さん、何ですか?」

彩も、先生のように柴田を指名する。

「私も以前、真山さんの額に「肉」って書いてきん肉マンにしてさしあげたんですけど、真山さんはラーメンマンさんの方がお好きなようですよ」

「ラーメンマンか・・・真山さんもええとコツくわ。

よし、どうせなら真山さんの好みにしたろうか?」

「わぁ!きっと真山さん喜びますね!!」

「やろ〜?じゃあ、ラーメンマン仕様で額に「中」な!四人やから、四画で丁度ええやん」

「運命的ですね!!」

「そうやな。で、真山さんが起きた時に、ペン握ってる人の負け。今日の夕飯その人のおごり、な?」

「はーい。分かりました彩さん〜!!やったあ。ついにきもだめし、初体験です」

「頑張ってな、柴田」

「はい!!」

 

ウキウキしている女性陣とは対象に、男供は青くなっていた。

「あのー、近藤さん。きもだめしって・・・真山さんでやるんですか?」

「そうみたいだね、遠山君」

「わし、負けたらおごるとかよりも命なくなってまうと思うんやけど・・・」

「ぼくもそう思います」

近藤は、いつの間にかカバンからお守りを出して握り締めていた。

「あかん。このままやったら童貞のまま死んでまう。どうにかこの勝負、勝たないと・・・」

金太郎が一人、ぽつりと呟いた。

 

 

「なら、始めんで〜。まず、近藤さんアンタ行き」

「え!?私ですか〜?」

近藤は、突然死刑を申告された気分になって抗議した。

「何?一番年上のアンタが行くのが筋とちゃうの?」

しかし、近藤の精一杯の抗議も、彩の一睨みの前には儚かった。

「は、はい。ではさっそく行かせて頂きます」

近藤はぎくしゃくと、ペンを持ち真山のほうに歩き出した。

いつもダンスの先生に「近藤さんはダンスお上手なんですけど、緊張されると体がカチコチになるんですよね〜」と注意される事を思い出した。

 

真山は、無邪気な寝顔をしてソファーで眠っている。

近藤は、ゴクリと息を呑んでペンのキャップを開けようとしたが、硬くてなかなか開かない。

なんとかふたを開けることが出来たが、そのときの「ポン」という音が大きくて思わず真山を振り返る。

しかし、真山はまだ穏やかに寝ていた。

ほっとしたのもつかの間、いよいよ真山の額に「中」の一画目を書かなくてはいけない。

幸い、一画目は一番短い。

力を入れすぎないようにでも、時間をかけずに。

 

「・・・こんなもんですかね?」

小さく、呟いて息を吐く。

無意識に息を止めていたようだ。

そっと、真山のそばを離れ、席に戻る。

 

「はぁ〜。なんだか見ているほうがドキドキしますねぇ。きもだめしって」

柴田が、やや顔を赤らめて言った。彼女もずっと息を止めていたらしい。

「アンタ人の時にそんなこと言うてたら、自分のときどんなんなるか知らんでぇ?

次、金太郎。アンタ行き」

「え?わしでっか??」

「そう。年齢順に決まってるやろ?」

「でも、二画目って・・・他のトコより長いと違いますか?」

金太郎が、二画目を空で書きながら言った。

「何?なんか文句あるん?しゃあないやろ。アンタがそういう星の下に生まれたんやから」

またもや彩の睨みの前ではどんな文句も塵と消えるようだ。

しょぼんとうなだれて、金太郎が素直に行く。

 

金太郎はライオンの檻にいれられた様な気分だった。

いや、ライオンというよりは眠れる獅子?

まさか弐係に来てこんな命知らずな場面に遭遇するとは思わなかった。

しかし、ここで弱音を吐くわけにはいかない。

そう!ご先祖様の名にかけて!・・・とでも言っておきましょうか〜

 

真山の額にペンを当てた。

「中」の二画目は長い。

ゆっくり書いたほうがいいか、それとも一気に書いたほうがよいか。

ここが、頭の使いどころだ。

とりあえず、ゆっくりと、横に線を引いてみた。

 

その瞬間、真山が寝返りを打った。

 

しもた!!殺される!!

いや、でもここでわしが死んだら遠山家の血は途絶えてまう!!

それにまだ童貞や!!死にたない!!

そう思って、ぎゅっと閉じた目を開けると、真山はまだ寝ていた。

さすがわし。天までもがこの天才の見方やな。

 

しかし、ペンは真山の額から、髪の毛の方まで長い線を描いてしまった。

ううむ。やばいなー。どうすんねん・・・

すこし考えたが、ここから一刻も早く立ち去った方が言いと思い直した。

ま、えっか♪

長い横線のまま、強引に縦線を引く。

よっしゃ。これでわしの役目は果たしたで。

満足そうにうなずいて、金太郎は歩き出した。

 

「金之助さ〜ん!気をつけて下さいね〜。席に帰るまでがきもだめしですよ〜」

「わかっとるわ!東大ちゃん!!遠足やないんやから」

などと話しているうちに金太郎も席についてしまった。

 

「じゃあ、次はアンタね、柴田」

「え?私ですか?・・・そういえば、私彩さんよりも年上だったの、忘れてましたぁ」

えへへと緊張感のない笑いをして、柴田は金太郎からペンを受取った。

「柴田気ィつけや〜。油断一瞬、怪我一生やで」

「大袈裟ですよ、彩さん〜。大丈夫です。きっと真山さんは起きませんから」

 

「では、柴田純、いってきます〜」

敬礼をして、柴田はソファーに寝ている真山のほうへ向かっていった。

このとき、その場にいる誰もが思った。

柴田のこんな笑顔も見納めなんだ、と。

でも、泣いちゃいけない、笑って送ろう!!

無責任な三人は誰もとめようとはしなかった。

 

一歩、一歩柴田が真山に近寄る。

柴田は、初めてのきもだめしを楽しんでいた。

「ああ、このスリリングな感じ!どうして今まできもだめしをやらなかったのだろう。私の馬鹿馬鹿」

そんなことをぼんやり思っていて、柴田は床をよく見ていなかった。

そこにあったのは、真山がさきほど食べていた、バナナの皮。

 

お約束のように、柴田はそれを踏んで、転んだ。

 

みんなが息を呑む。

柴田が倒れた先は、これまたお約束どおり真山の上。

ああ、血を見る。警視庁で殺人事件だ・・・

頭の中を今まで見た現場の写真の数々が走馬灯のようにかけめぐった。

 

 

真山のおなかに顔をうずめるようにして倒れた柴田は、

そのまま、ずるずると床に落ちてしまった。

ハラに頭突きを喰らい、顔に柴田のおなかが降ってきた真山が、ゆっくりと目を開けるのが彩たちの目に映った。

 

「・・・何・・・?」

寝起きの、物凄い低い声がした。

その声を聞いて、近藤はお守りをぎゅっと握り締めた。

 

「あ、真山さんすみません〜。転んじゃいました」

柴田が床から起き上がりながら、真山に言った。

「・・・あっそ」

意外にも、真山は怒っていないようだ。

「痛いところ、ないですか?」

柴田が、真山の頭を撫でながらいった。

「・・・全部」

真山が目をつぶりながら答えた。

「え!?全部痛いんですか〜!?どうしましょう〜?」

柴田が真山の冗談を間に受けておろおろした。

真山は、その声を聞いてふっと笑うと、もう一度眠そうに目を開けた。

 

そして、柴田を抱き寄せて、嬉しそうに笑った。

「・・・いい。こうしてれば治るから」

「え?真山さん・・・?」

真山はまた、眠りに落ちた。

 

 

 

「・・・真山さん、寝ぼけとんな」彩が舌打ちをしながら言った。

「そ、そのようですね・・・」近藤は顔が随分赤い。

「しかし、えらいアツアツでんな」金太郎はやけに嬉しそうに見ている。

 

「あー、あほらし。今日は帰るで」

「え〜?彩さんダメですよ〜。まだ就業時間2時間残ってますよ〜」

遠くから、柴田の声が聞こえた。

「アンタなぁ、男に抱きしめれたままそんな事言うたって、全然説得力ないんですけど?」

「だってぇ、真山さんの力が強くって、抜けないんですよ〜」

「なんや、またノロケかいな?」

「違うんですってば〜。あ〜、本当に帰らないで下さいよ〜?」

「カップルがいちゃついてるワキで仕事が出来るかっちゅうねん!!な?近藤さん、金太郎、帰るで〜」

「そんなぁ〜。早退にしちゃいますからね?」

「アホ!あんたたちのせいやねんから、早退なんかにしたらあかんよ!!」

「え〜?でもきもだめしやろうって仰ったのは彩さんじゃあないですか〜?」

「アタシがやろうって言ったのは、『きもだめし』!!誰もあんたらにいちゃつけなんていってないんです〜。じゃあ、おっ先〜」

そう言い残して、彩はさっさとエレベーターに乗ってしまった。

 

「ほら、近藤さん、金太郎!!二人の邪魔したらあかん!帰るで〜」

「え?あ?はい。じゃあ、係長すみませんが私もこれで・・・」

「すまんのう、東大ちゃん。わしも先に帰らせてもらうわ」

「え!?え〜!?皆さん帰っちゃうんですか〜?ダメですよ〜」

 

彩の言われたとおりに近藤と金太郎もエレベーターに乗り込んだ。

二人とも、係長よりは彩姐さんに逆らわない方がいいと判断したのだ。

 

「じゃあね〜、柴田。ごゆっくり〜♪でも、弐係でヘンな事したらあかんよ〜」

「彩さん!!」

エレベーターのドアが閉まった。

 

 

残されたのは、柴田と真山。

柴田は、真山の顔をじっと見た。

そして、ペンできゅきゅきゅと書いた。

額には「中」の文字が出来上がった。

「よかったですね、真山さん。ラーメンマンさんですよ〜」

柴田がひとり、満足そうに笑っていた。