君にキス
捜査一課弐係は、過去に何らかの問題を起こした刑事の末路であった。 部下の責任を取った過去の名刑事のおっさん。 書類整理の上手な生真面目な小男。 そして、一般市民に発砲をした疑いがある俺。
間違っても、夜中まで仕事をしているような部署ではなかったはずだ。 ・・・あの女が来るまでは。
「真山さ〜ん、この事件、今ひとつ物証足りないと思いませんか?」 諸悪の根源である女が資料の山に埋もれて、何か言っている。
無視、無視。俺には関係ない。 あ〜あ、今頃家に帰ってビールの一杯でも飲んでる予定だったのにな〜
「ね〜、真山さ〜ん。聞いてらっしゃいます?」
つまみは、弐係から柿ぴーとかかっぱらっちゃってさ。 お。いいね〜それ。安上がりだし。今度やろう。
「真山さ〜んってば!お〜い!聞いてらっしゃいますか〜?」
ちょっとくらいなくなったって、あのおっさん気づかないだろうし。 もし気づかれたって、俺が一発発砲でもすれば・・・
「まーやーまーさーん!!柴田でーす!!応答願いま〜す!!」 「ああもう何だよ!うるせえな!!聞こえてるよ。聞こえてて、無視してんの!わかれよな〜」 「あ、聞こえてたんですか?私はてっきり真山さんが難聴にでもなったかと・・・」 「難聴?やめてよ。俺若いよ?びんびんだよ?」 「いえいえ。ご自分では若いおつもりでしょうけど、そうでもありませんよ?」 むか。 「・・・俺がおっさんとでも言いたいわけ?お前は」 「いいえ〜。でも自分で若い若いっておっしゃることこそが、若くない証拠かと・・・」
いつもふざけた事を言う柴田は、ほんの時々まともなことを言う。 だけど、そこでそれを言っちゃいけないよってところでまともな事を言うのでタチが悪い。
「・・・お前ムカつく」 「え?え?私何か悪い事言いましたか?」 「そういう、自覚がないところ、いやだね〜」 「私はただ、真山さんの老化の心配をしただけなのに〜」 「あー!もー!お前と話すると俺のほうが馬鹿みたいじゃん!!もう俺帰る。じゃあな」
「あっ!あっ!真山さ〜ん。まだ帰らないで下さいよ〜」 「何で?お前も一人のほうが集中できるでしょ?君のために言ってんのよ、俺は」 「や〜!!一人にしないで下さい〜」 「何甘えてんの?もうオトナでしょ?頑張って〜」 「ちょ、ちょっと待ってて下さいよ〜。行く時は一緒に・・・」 「お前さ〜、甘い声でそういう台詞、吐かないでくれる?」 「えっ?何がですか?」 「・・・なんでもないよ。とにかく、俺は帰るからな!」
柴田が、ずりずりと資料の山を書き分けて、俺のほうに寄ってくる。 猫みたいな格好で。 それを何故か可愛いと思ってしまうのは惚れた俺の欲目か?
柴田が、やっとのこと俺のところにたどり着いてズボンの裾を掴んだ。 「へーへー。真山さんつーかまえた♪」 そういって笑う柴田の顔に吸い込まれるように、俺もしゃがんで柴田を見つめる。 「・・・お前さ、そんなに俺にいて欲しいの?」 柴田は、ズボンを掴んでいた手を離して、俺のネクタイを軽く掴んだ。 「だって、最近捜査ばっかりで真山さんと2人でいられなかったし・・・」 「いたじゃん。ずっと捜査、一緒にしてたでしょ?」 「・・・捜査じゃなくって、真山さんとプライベートで、一緒にいたいんです」 「プライベート、ねぇ・・・。つまり、セックスしたいってこと?」 「そうじゃなくって、真山さんのおうちで真山さんにくっついていたいんです」 「何で?」 「え?・・・わかんないですけど・・・欲望、かな?」 「欲望ねぇ・・・俺は性欲だと思うけど?」 「そう、かもしれません」 そういったまま、柴田はすこし黙り込んでしまった。
「なぁ、じゃあさ。さっさと帰ればいいじゃん」 「だめなんです。私、一度にいくつもこなせないんです。仕事が気になって、真山さんどころじゃなくなっちゃうんです」 「ふぅん。ってことは俺は仕事に劣る存在なのね。あーそう。そっかそっか、その程度か」 「違うんですよ〜!!そうじゃなくって・・・えーっと」 柴田が泣きそうな顔になった。 俺が本気で怒ってるとでも思ったのだろう。 やっぱり俺は小学生だな。 好きな子をいじめるのがすごく楽しい。 ・・・けれども、やっぱり泣いた顔は好きじゃなくて。 泣かれると、男って弱いもんだよな。あーあ。
柴田の頬に触れる。 「・・・真山さん・・・」 柴田が、すこし潤んだ目で俺を見上げる。 (誘ってるのかよ、この女。) どうしようもなくそそられている自分に言い訳するかのように、そう思った。
「しーばた。俺傷ついちゃったなー。ものすげぇ」 「・・・すみませんでした」 「だから、すみませんで済んだら俺たち失業。言ってるでしょ?」 「そうでした・・・どうしたら許してくれますか?」
「キス、しろ」
「え・・・?」
「それで機嫌直してやるから、な?」 「キスって、お魚とかじゃないですよね?」 「ばーか。つまらないボケするんじゃないよ!」 「え?でも、私からキスなんて・・・したことないですし・・・」 「だから、いいんじゃん。やってよ。じゃないと帰るよ?いいの?おあずけだよ」 「おあずけは嫌です・・・」 「じゃあ、やっちゃおうぜ。さっさと。はい、どうぞ」 「では、い、い、いきますね?」
柴田が、緊張しているのがわかった。 俺まで何故か緊張する。 まるで、初めてキスをする中学生のようで、ちょっと情けない。 いつのまにか正座をした柴田が、ゆっくりと俺の顔に近づく。
ちゅ。
「え?デコ?」 柴田がキスしたのは、俺の額だった。 「なんだよ?デコって。つまんね〜」 「え?え?だって、なんか恥ずかしくって・・・」 「何が恥ずかしいだよ?今更でしょ?キスなんて何回やったと思ってんの?」 「えっと、30回くらいまでは覚えていたんですけどね」 「何、お前?数えてたの?」 「はい。一応」 「数えんなよ!悪趣味」 「だって、気になるじゃないですか。回数」 「ならねえよ!」 「30回目以降はちょっと数えられなくって・・・残念です」 「何で数えられなかったの?」 「えっと、そのあたりから段々と…」 「ああ、セックスし始めたからだろ?図星?」 「ええ、まあ、そうです」 キスの数は淡々と数えるのに「セックス」と言う単語を聞くと真っ赤になる柴田はやっぱり難しい。 「っていうか、デコじゃダメ。やりなおし」 「え〜?今のですっごい頑張ったんですよ〜?もう無理です。限界です」 「だーめ。もう一回がんばれ。そしたら待っててやるからさ」 「・・・本当ですか?」 「ああ」 「じゃあ、頑張ります。えっと、口、でいいんですよね?」 「うーん・・・それもありきたりだしな・・・」 「そうなんですか?」 「うん。じゃあさ、適当に俺にキスしてみたいところ、してみろよ」 「ええ〜!?」 柴田がまた泣きそうになる。 「いっつも俺がやってあげてるみたいにさ。俺の好きなところとか・・・ないの?」 「それは、あります、けど・・・」 「はい決定〜。んじゃ、よろしく」
もう一回、柴田が深呼吸をする。 そして、長い睫毛を恥ずかしそうに伏せた。
はじめのキスは、眉間に。 それから頬。瞼。 顎。首筋。 そして掌。手首の血管のところ。
最後に、唇。
柴田のキスは、触れるか触れないかの優しいキスで。 ちゅという可愛い音と、柔らかい唇に、愛おしさが募った。
ゆっくりと柴田が俺から離れる。 薄く目を開けると、柴田の頬がほんのり赤かった。
「も、許して・・・」 恥ずかしそうにそういった柴田を見て、俺はふっと笑った。 「今度は俺の番?」 一言だけ言うと、柴田を抱きしめた。 そのまま、キスをする。
俺は柴田と逆の、深いキス。 俺の気持ちが、お前に伝わるように。 深く、激しいキスをする。 俺の想いの深い分だけ。俺の想いの激しい分だけ。
「ど?やっぱり、事件のことが気になっておれどころじゃない?」 はぁはぁと息を切る柴田に、意地悪く聞いた。 「・・・事件どころではない、です。真山さんで頭がいっぱい、でした」 「そ?」 「・・・やっぱり、今日はもう帰りましょうか?」 「そう来なくっちゃ。柴田サン」 「もう、真山さんのせいですからね!」 「俺のせいじゃないよ。お前のせい」 「・・・何でですか?」 「お前が誘うから、いけないんでしょ?」 「誘ってませんよー」 「誘ってたの!」 抱き合ったまま、けんかをする俺たちはどっからみてもヘンな2人なんだろうな。
「あ」 「何だよ」 「調書、忘れないようにもって帰ろうっと」 「俺のことで頭がいっぱいなんじゃないの?」 「刑事魂、ですから」 「あっそ。・・・でもそのほうがお前らしくていいんじゃない?」 「私もそう思います」 「俺は手伝わないよ?事件のことも一切聞かないよ?」 「え?何でですか?一緒に考えて下さいよ〜」
「無理。だって、誰かさんのことで頭がいっぱいですから」
「え!?」 |