気分屋

 

 

割と寒い日だったと思う。

 

休日だったが、その日も二人で俺の家にこもっていた。

 

俺はいつも通り煙草を吸いながらぼんやりテレビを見ていたし、

柴田は朝から新しく買ったという本を読むんだとなんだか張り切っていた。

 

あまりにもヒマでそろそろ昼寝でも、と思ったその時だった。

 

 

身体の右側にに重さを感じた。

確かめるまでもない、柴田の重さだ。

ベッドの上に座っている俺の隣に来て寄りかかっているのだろう。

 

「本は?」

テレビに視線を向けたままで訊く。

「…はい」

答えないなっていない言葉を、柴田が呟いた。

三時間ぶりに聞く柴田の声は、なんだか頼りなさそうに聞こえた。

 

俺の肩にまた重さがかかってきた。

視界の端に柴田の頭が寄りかかっているのが見える。

 

「…しばた」

名前を呼んでみたが、柴田の反応はなかった。

自分と同じシャンプーの香りだけがふわふわと鼻腔をくすぐる。

 

「重いんですけどー」

文句を言ってみる。けれどもやはり柴田の反応は、ない。

左の手で柴田の頬を軽く抓ってみる。

柴田は子犬が飼い主のイタズラを避けるようにぷるぷると顔を振った。

「嫌なの?」

聞いてみると、やっと柴田が反応してこくりと頷いた。

 

首の角度を変えて、柴田を見下ろす。

柴田は俺に抓られた頬をすりすりと撫でていた。

「大袈裟、ね?」

スナップを利かせて額を軽く叩くと、ぺちんといい音がする。

 

柴田がうらめしそうに俺を見上げる。

「…何?」

煙草を指の間に挟み、ふぅーっと左側に煙を吐く。

今日、柴田と目を合わせたのは初めてかもしれない。

 

「…真山さん」

柴田はやけに落ち着いた声で俺の名を呼ぶ。

 

「ん?」

俺が答えると、何故か真面目な顔で注意するように呟いた。

 

 

「ちょっと黙っててもらえませんか?」

 

 

「…は?」

 

 

「真山さん、『空気を読む』ってご存知ですか?」

「お前に言われたくないんですけど」

「空気を読んでください」

「何それ?」

 

 

柴田は軽く俺を睨み、それから両手を俺の身体に廻した。

ぎゅうっと柴田に抱きしめられる。

 

「…なに」

不意を突かれて、少し声が高くなってしまった。

 

「今日は、こういう気分なんです」

柴田の唇が首筋をくすぐる。

 

「空気って…お前の気分じゃん」

灰皿を手元に引き寄せる。

少し前屈みになると、柴田の身体もそれについてきた。

 

 

灰皿の中で煙草をもみ消す様子をじっと柴田が見ている。

俺はその柴田の睫毛がぱちぱちと上下するのを見る。

灰皿を元の場所に戻すと、柴田がまた俺のほうを見上げた。

 

「…駄目ですか?」

さっきの問いの答えらしい。

またぱちぱちと睫毛が上下する。右目の睫毛に白い小さなゴミがついていた。

「別に」

柴田の睫毛についているゴミを、指を伸ばして取る。

ぎゅっと柴田が目を瞑る。

「お前が勝手なのはね、知ってる」

取ったゴミを柴田に見せると、不思議そうにじっと見つめていた。

そして、ふうっと息を吹きかけて俺の指からそのゴミを飛ばす。

 

それからゆっくりと俺に廻していた腕を放した。

俺と柴田の身体の間に少しずつ隙間が出来た。

まっすぐに、柴田が俺を見る。

今日の柴田は、いつにも増して無口だ。

 

 

「今日の真山さんは」

「ん」

「…ちょっと、お喋りですね」

 

一瞬、動きを忘れた。

別に指摘されるほど喋っているつもりは無いが、なんとなくばつが悪い。

 

ぐるりと体勢を変えて、柴田と向き合う。

柴田が驚いたように目を大きくした。

 

「今日はそういう気分なんだよ」

 

俺がそう言うと、柴田が可笑しそうに笑った。

それからずるずると近づいてくると、よじ登るように俺に抱きついてきた。

 

「じゃあ、今日はお互い好き勝手にしましょう」

耳元で柴田の声がする。

「だから、お前はいつも好き勝手やってるでしょ?」

抱えるように腕を廻すと、もう一度ぎゅっと抱きしめられた。

 

ふふふ、と笑い声が聞こえた。

 

「でも、そういう気分なんだから仕方ないんです」

 

 

 

割と寒い日だった気がする。

覚えているのはそれくらい。

 

それとあんまりヒマで、だからたまにはこんなのもいいだろう、と

そう思ったのは覚えている。

 

ヒマだから些細な幸せを。

素直に受け取るのもいいだろう。

 

 

 

だって、

『そういう気分なんだから、仕方ない』