かぜっぴき
どんどんどん 来たよ。 もはや恒例行事となりつつある「休日の柴田ノック」。 ウチのドアもさ、頑丈じゃないんだからさ、もっと優しく叩けないかね。アイツは。 あれで国立のお嬢さまって言うんだから、世の中不思議がいっぱいだよな〜。
がちゃり 鍵を開けて、ドアを開く。 「あいてっ!」 柴田が開いたドアの角に額をぶつけたらしい。 芸人か?コイツは・・・ 「・・・馬鹿?」 敢えてそれだけを口にした。 「・・・酷いです・・・本当にすっごい痛かったのに・・・」 柴田が額をさすっている。仕方がないから俺も柴田の額に手を触れた。 ・・・熱い。 「お前さ、熱あるんじゃないの?」 「・・・ばれました?」 柴田がウヒヒと愉快そうに笑った。 ばしっ 「『ばれました?』じゃないよ!お前何してんの?普通さ、熱あったら家でじっとしてない?」 「ええ。だから真山さんの家でじっとしようと・・・あ、立ち話もなんですし・・・」 「何だよお前!間違ってるよ、色々!!・・・勝手に入るなよ、おい!!」
柴田がいつもの座布団の上に座った。 「ふぅ。さすがに歩いてくる途中ふらふらしちゃいました」 「だから、なんでわざわざうち来るの?」 「大丈夫です。色々ね、持ってきたんですよ。真山さんにご迷惑かけないようにと思って・・・」 柴田がちょっとふらふらしながらも抱えていたいつもの鞄を、よいしょと自分の前に置いた。 柴田がその鞄から、次々に手品のように取り出す。 「体温計・・・正露丸・・・桃の缶づめ。それから・・・今はこんなものがあるんですねぇ『熱さまシート』ですって・・・」 柴田が鞄から取り出すものを一つ一つ、つまみあげて観察する。 「準備がいいのはわかったからさ。それもってウチでじっとしとけばいいじゃん」 「・・・やっぱり迷惑でしたか?」 柴田が俺のほうをちらりと見た。 その顔と目がいつもとは違った熱を帯びているのを見て、苦笑をした。 柴田の額に手を当て、温度を計る。 「・・・あ、真山さんの手、つめたくて気持ちいいです」 「お前が熱あるんだよ、馬鹿」 柴田の額はさっきよりも熱かった。 「いいから、寝てろ」 慌てて、石油ストーブに火を入れる。 「お前、体温計持ってきてるんだろ?それ咥えてベッドに・・・」 「・・・真山さん」 「なんだよ、おまえそんな寒そうなカッコしてんの?俺のセーターでいいから着とけ」 自分の着ているセーターを脱いで、柴田にかぶせる。 服の上から着せても柴田にはサイズがでかいらしく、袖をまくって手を出してやる。 「・・・真山さん」 「ん〜?・・・お前手がちっちゃいね〜」 「真山さん」 「何だよ」 「手を、握っててくれませんか?」 「手?」 柴田がこくんと頷く。
「寝付くまで、手をにぎっててくれませんか?」
だぼだぼの俺のセーター。口に咥えた体温計。額には熱さまシート。 結構痛々しい姿ではあるが、当の柴田は何故か嬉しそうに布団に包まっている。 「うわぁ、このシートすっごい気持ちいいです〜」 「喋るなよ、ね?熱計れないでしょ?」 「ふいまふぇん・・・(すみません)」 「桃は冷蔵庫か?やっぱ」 桃缶をもって立ち上がろうとすると、柴田が「ん〜」と呻いて、俺のシャツを掴んだ。 「…なんだよ。桃缶入れてくるだけだって」 柴田が寝転んだままぶんぶんと首を振った。 縋るような柴田の目を見て、ため息をついてその場に座りなおした。 ピピピと、体温計が鳴った。 俺はそれを柴田の唇から引き抜いて、体温を見る。 38℃。・・・馬鹿でもいっちょ前に熱を出すんだな〜 「・・・真山さん」 「いいから寝てろって」 「・・・手、握って下さいよ〜」 柴田が布団から手を出し、ひらひらとさせている。 自分でもわかるくらい眉間に皺が寄る。 「・・・いいよ、俺は」 「いいよじゃなくって、お願いします〜」 柴田が甘い声を出す。 苦い顔をして柴田から目をそらす。 「・・・真山さぁん?」 ・・・この女は・・・ 「・・・お前さ、自覚ある?」 「何をですか?」 「・・・別にいいけどさ・・・」 「はい?」 「俺以外の男誘ったら殺すよ?」 そう言うと柴田がキョトンとした顔をしている。
ふっと笑って、柴田の手を取った。 何度もセックスはしているのに、柴田の手を握るのは初めてかもしれない。 不思議な感じだ。 同じ人間の手のはずなのに、俺の手と比べて柴田の手は小さくて、すぐ壊れそうな気がした。 細い指の間に、自分の指を絡ませた。 「・・・真山さんの指、ゴツゴツしてますねぇ〜」 柴田が小さい声で言った。 「お前の指、細すぎ」 もう一つの手で柴田の白い手を覆った。
「風邪、うつったらすみません・・・」 柴田がすまなそうに言った。 「今更だよ」 「・・・熱出した時って、寂しくなるんですよ。私」 「家にお袋さん、いるんだろ?」 「でも・・・気がついたらここに向かってました」 柴田のもう一方の手も、俺の手を包んだ。
「・・・熱出して、よかったです」 「ヘンなヤツ・・・」 「・・・だって、真山さん優しいんだもん・・・」
なんだかすごく恥ずかしくて手を離そうとしたけれど、柴田の手がそうさせてくれなかった。 「・・・寝付くまで、離さないで下さい・・・」 すぐ壊れそうな小さな掌なのに、俺の手をしっかり握って離さない。 柴田の掌がとても愛しく思えた。
暫くして、柴田の静かな寝息が聞こえる。 寝付くまで、といわれた手を離そうとは思わなかった。 例え、柴田が俺の手を離そうとしても。
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