彼と彼女と見守る女 

 

 

柴田は、あまり自分の外見に無頓着だ。

いや、彼女には彼女なりのポリシーがあるのかもしれない。

・・・しかし、彼女のポリシーは個性的すぎる。

何ヶ月か美容院に行ってないだろうぼさぼさの髪で、彩は見るに耐えれなくなっていた。

 

「柴田、アンタ髪伸びたなぁ」

彩が、綺麗に彩られた爪で柴田の髪を掬った。

「そうですか〜?そういえば、ここのところ美容院に行ってませんからね〜」

柴田が、調書から目を離さずにのんびりといった。

意識はまだ、事件の方にあるようだ。

「行けよ、美容院くらい。お前、一応女でしょ?」

向かいの席から、新聞を読む真山の声がした。

彼もまた、新聞から顔を上げずに話している。

 

「一応って何ですか?一応って」

「一応でも女って言ってやってんじゃん。感謝して欲しいね」

「ひっどーい、真山さん。私、ちゃんとした女の子ですよ〜」

「どこが?ねぇ、どの辺が女の子なの?」

「どこって・・・ん?どの辺なんでしょう?彩さん」

「知らんわ!あたしに聞いてどないすんねん!」

「えっと、じゃあ胸とか?」

「その見晴らしのいい平原が?」

「うっ・・・真山さん、セクシャルハラスメントですよ」

「お?俺に張り合おうっての?訴える?訴えてみる?柴田サン」

「そ、そんなに言うんだったら、訴えますよ?訴えますからね、真山さん」

「おー、できるモンならやってもらおうじゃないの?悪いけど、俺が絶対勝つ自信あるからね」

「どうしてそんなこと言い張れるんですか?わかんないじゃないですか〜」

「だって、裁判長もお前のこと見たら、絶対納得するもん。『どこが女だって?』ってさ」

「ひど〜い!!もう、絶対訴えますからね!今度会うときは法廷ですよ?覚悟して下さいね、真山さん」

「おう、受けてたとうじゃない、柴田サン。こてんぱんにしてやるからね。そっちこそ、覚悟しとけよ」

 

 

 

「・・・真山さん」

「ん?なんだよ、被告人」

「私、髪の毛切ったほうが、いいですか?」

「別に、切らなくてもいいんじゃない?」

「もう、ちゃんと考えて言って下さいよ〜!!」

「失礼だね、お前。俺は常にちゃんと考えて発言してますよ?」

「え?じゃあ、長い方がいいってことですか?」

「いいとか悪いとかじゃないんだけどさ」

「え?じゃあ、何ですか?」

「乱れ髪って燃えるじゃん」

「そうなんですか?」

「うん。シャンプーもやり甲斐あるし」

「あ、それはそうですね〜。短いとすぐ終わってつまんないです」

「でしょ?」

「はい。じゃあ、このままにしておきますね」

「うん。そうしてー」

 

「あーもうアンタら!仲エエのはわかったから、職場でイチャイチャするのやめてくれる!?こっちが訴えたいわ、ホンマに」

「え?いちゃいちゃなんてしてないですよ〜?ねえ、真山さん」

「かー!もう、自覚がないのが腹立つわぁ。真山さん、アンタの方が年上なんやから、しっかりしつけしとき!」

柴田に言っても埒が明かないと悟った彩が、真山に怒りをぶつける。

 

そこで、はじめて真山が新聞から顔を上げた。

「しょうがないじゃん。そいつ初心者なんだからさ」

「初心者なんやから、尚のこと!あんたがしっかり教えてやらなあかんでしょう?」

 

「あの〜、私何の初心者なんでしょうか・・・?」

話の中心にいる柴田が、今更な質問をおそるおそる尋ねた。

 

「ん?『男に溺れる事』の初心者。決まってんじゃん」

 

真山の言葉に、柴田が「ああ」とだけ呟いてまた調書に戻った。

 

彩はひっそりと心の中で「自覚あるんかい!」とつっこんだが、ちょっとむなしくなるので口には出さなかった。

口に出した所で、このラブラブカップルのいちゃつきぶりをもう一度見せ付けられるに決まっているから。

 

「・・・真山さん、じゃあアンタは柴田に溺れてんの?」

少し悔しくて、意地悪な質問をぶつける。

 

「は?」

真山が新聞から再度顔を上げた。

「俺が?まさか〜。こんな小汚い女に溺れるワケ、ないでしょ?」

「ふ〜ん、どうだかね?」

彩が意味ありげに笑った。

「・・・何だよ、その笑い」

「別に?モトからこんな顔ですけど?」

「ムカツク」

真山がまた、新聞に顔を戻した。

 

「柴田、柴田。なぁ、今日合コン行けへん?今日のはエエで〜。医者よ!医者!」

「合コン、ですか?」

「そ。なぁ、メンツ一人足りなくて困ってんねん。ええやろ?な?」

「でも・・・」

柴田がチラリと真山の方を見る。

「あ、真山さんはエエって。な?こんな小汚い女なんて別に合コン行こうが構わないよな〜?」

意地悪く、彩が微笑む。

柴田は、どうしたらいいのかわからないらしい。ただ、困った顔で真山の方を見つめた。

 

すると、真山は彩の予想に反して、涼しげな顔をして言った。

 

「行って来れば?ま、俺以上の男なんているわけないけどね〜」

 

どうして、この男にはそこまでの自信があるのか。

それは、この女が自分を愛しているという自信なのか、それとも自分がいい男であるという自信なのか。

どこから、この自信は生まれてくるだろうか?

 

「アンタ、アタシの人脈バカにしとんの!?かっちょいいー男じゃないとアタシはそんなに軽く合コンしないのよ、お分かり!?」

こんな男を愛したのかと思うと、ついつい、熱く突っかかってしまう。

しかし、それでも男は涼しげに言った。

 

「顔のいい、悪いじゃなくってさ。柴田にとことん付き合っていやれる男なんて、俺しかいないじゃん?」

 

ああ、そうかと彩は悟った。

彼の自信は、少なくとも柴田に関しては、きっと「彼が柴田を深く愛していること」から来る自信なんだと。

きっと誰よりも柴田を愛しているのは、自分で。だからこそ柴田に合う自分以上の男などいないと。

 

彩は、なんだかさみしくて、けれどもすごくすっきりした気分になった。

「はいはい、もう邪魔せんといてあげるから、お家かえってゆっくりラブラブしときよ」

「あ、もう5時すぎてるじゃん!帰る支度しろよ、柴田」

「もう少しだけ、調書読ませてください〜」

「駄目に決まってるでしょ?お前の『もう少し』にはもう騙されねぇぞ。

この間『もう少し』が三時間だったじゃん。はい、しまってー。メシ、食べに行くよ」

「あ!真山さん、私・・・」

「何?頼むから、犯人わかっちゃうなよ?」

「いえ、そうでなくて・・・」

「何?はっきり言えよ!」

「お財布、家に忘れてきちゃいました・・・」

「馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!!何だよ、今日はせっかくカツ食おうと思ってたのに〜。どうするんだよ、カツ〜」

「一回くらい真山さんがおごって下さいよ〜」

「嫌だね!もう〜、財布ないお前なんて用はないよ。あーあ。一人でさっさと帰ろうー」

「待って下さい〜。今、調書しまいますから、一緒にご飯食べに行きましょう?」

「食べに行くって、お前俺の金でしょ?勝手に決めんなよ!」

 

 

二人が、いつものようにケンカを始めた。

けれども、どんなに悪口を言い合っていても、彼らの顔は楽しそうで。

「ずっと、二人でやっとき」

そう言い残して、彩は弐係を後にした。

 

嫌味ではなく、心から思った。

―ずっと、二人でそうやって。幸せそうにしていて欲しい。

少し、くやしいけど、ね?