確信犯。

 

 

 

「おはよーさん。あ、めずらし。柴田来とんのや」

彩が驚いたのも無理はない。万年遅刻の柴田が始業開始5分前に来ていたのである。

「あ、わかった。真山さんちにお泊りしたんやろ?やらしいな〜」

「燃やすよ?警視庁ごと火の海にするよ?」

真山がいつものように狂気を覗かせた。

「お〜こわ。冗談やん。じょ・お・く。真山さんが言うと本気にやりそうで怖いねん」

「ふん、いつかやってやる。俺だけ逃げて完全犯罪成立してやるからな」

そんなやりとりの中で、柴田は熱心に調書を読み続けていた。

「し〜ば〜た。おはようって。あんた今度はなんていう事件やってんの?」

彩は柴田の背後から強引に調書と柴田の顔の間に割り込む。

「あ〜、彩さん。おはようございます」

柴田はやっと彩に気づき、ぺこりと挨拶をした。

その間に彩は柴田に読んでいた調書を取った。

「『四谷ネグリジェ殺人事件』〜?また凄い名前やなぁ」

「あ、はい。なんでも被害者がネグリジェ着たまま四谷で発見されたらしくて…」

「まんまやん」彩がつっこむ。当然だろう。

「しっかし、このホトケさんいまどき、ネグリジェて…」

「だろ?しかも60過ぎのババァだぜ〜?」

「うっわ、キッツいな〜。第一発見者、泣きそうやったんとちゃう?」

「いいえ。調書には特にそんな記述はありませんでしたが」

「…ホンマに冗談通じへんヤツやな。」

呆れたように彩が呟く。そんな彼女の言葉が聞こえないのか、柴田は再び調書に没頭する。

 

弐係に再び静寂が訪れる。

この静寂を破ったのは、珍しいことに近藤であった。

「今の若い子って、眠る時どんな格好で眠るのでしょうか?」

それは彼にとって素朴な疑問であったが、聞く人によっては違う風に聞こえてしまったらしい。

「なんや?近藤さんセクハラかいな?そんなに私の寝姿に興味あんの?」

「いいえ・・・特に興味があるというわけでは訳では…」

しまったと近藤が冷や汗混じりにあわてて否定をする。

しかし、この発言が女王の機嫌を損ねてしまったらしい。

「あ?なんやって、近藤さん。アタシみたいな綺麗な若い子に興味がないんかい?」

彩がレディース時代を彷彿とさせるような目つきで近藤を威嚇する。

「い、いえ。決して興味がないというわけでは…ただ、あからさまに言うのは失礼と思いまして…」

心なしか、近藤がいつもよりもさらに一回り小さく見える。

「そうやろ、そうやろ。ま、近藤さんも男やったっちゅうワケやな」

女王が満足そうに答えた。

 

「で、木戸君はどんな格好で寝ているのかね?」

野々村係長待遇がやんわりと聞く。

「ん?アタシはジャージとTシャツやけど?」

「色気ね〜」

「パジャマとか、着ないんですか?」

「あ〜、そんなもん着ぃへんで」

「ウチの妻は、パジャマ着て寝ていますけど」

「そういえば、雅ちゃんも体操着で寝ているよ」

「体操着って…ジャージって言ったれや」

「時代なんでしょうかねぇ」

近藤が感慨深げに言った。

 

「でもさ、もうちょっと、こう色気が欲しいよね」

「そうですね。やっぱりパジャマって、かわいいですからね」

「何?近藤さん、そういう趣味?」

「僕は、やっぱり男物のワイシャツだけを着ている姿が可愛いと思うけどねぇ」

「やらしいっすね、元係長。そんなこと奥さんにさせているんすか?」

「いやいや…わっはっはっは」

「誤魔化しよったで、おっさん」

弐係の面々がそんな話で盛り上がっていたが、柴田はただ調書を読みふけっていた。

そんな柴田に彩が気づいて声を掛ける。

「なあ、柴田。あんたはどんな格好で寝てるん?」

「えっ?私ですか?私は寝る時にはパジャマですが」

「嘘付け、じゃあ何でいっつも前の日とおんなじ服で来るんだよ!」

「嘘じゃありませんよ〜。同じ服でくる日なんて稀じゃないですか」

「どこが稀なんだよ!いっつも臭い頭で来るのやめてくれません?カカリチョー」

今度は真山と柴田による言い合いが弐係にこだまする。

 

野々村と近藤が事態に収拾に困ってきた頃、彩がゆっくりと立ち上がり、ヒールの音を響かせながら柴田に近づいた。

そして、柴田の肩に腕を乗せ、いたずらっぽく笑った。

「まぁ、好きな男と寝る時は、なーんも着ぃへんやけどな?なぁ、柴田」

 

その言葉に、柴田の顔がみるみるうちに、赤くなる。

 

その反応に野々村と近藤も何故か同調したように赤くなる。

真山は、あきれたように一つため息をついた。

 

「あれぇ?柴田〜?」

彩がいじめっ子のようになおも柴田に突っかかる。

柴田は赤い顔をしたまま、固まったように動けなくなっていた。

ぱしん。

いつの間にか二人の背後に来ていた真山が柴田の頭を叩いた。

「おら、何のために早起きしたんだよ、お前。朝一で捜査に行くんでしょ?さっさと支度しな

漸く、我に返った柴田があわてて返事をする。

「あ、はい。すみません、今支度しますね」

 

「柴田にはえらい甘いやん、真山さん。」

「…お前がからかいすぎなんだよ」

ふっと彩が笑う。真山は無表情で煙草に火をつけていた。

「だって反応が素直でおもろいんやもん」

「ったく、程ほどにしとけよなぁ」

「で、真山さん。ホントの所はどうなん?」

「何が?」

「昨日、柴田、真山さんちにお泊りやったんと違うの?」

「……」

真山は答えずに煙草の煙をじっと見た。

「黙ってないで、教えてや」

 

そこへ柴田がトートバックを抱えてやってきた。

「すみません、真山さん。お待たせして。さぁ、行きましょう」

「どこへ?」

「どこへって…捜査ですよ。さっき真山さん、おっしゃったじゃないですか」

柴田が首を傾げながら、答えた。

真山はニッと彩のほうを見て意地悪く笑うと、柴田の耳元で囁いた。

 

「俺はてっきり昨日の続きがしたいのかと思った」

 

その声は彩にしっかり聞こえるような声で。

真山の確信犯的な行動に、思わず彩も苦笑する。

 

真山はもういちどだけ彩の顔を見て、笑った。

そして、真っ赤になった柴田を引きずって、エレベーターに乗り込んだ。

 

 

「くっそう、あんま見せ付けんといてよ」

彩がそう悔しそうに呟いて、自分の席に座る。

しかし、その顔はどこか嬉しそうで。

受話器を取って、手馴れた様子でダイヤルを押す。

「あ、斑目?今日空いてる?…もちろんあいてるよなぁ?あたしが誘ってんねんで?」