あれは確か、柴田を酷く責めた午後。

犯人に詰め寄る柴田は、いつものように甘く。

その後、いつものように俺が犯人をより追い詰める。心と体の痛みを味あわせながら。

そしていつもの人たちが、いつものように犯人を逮捕していった。

それは本当にいつものことだったのに、何故かとても俺を苛立たせた。

 

 

「お前さ、そろそろそういうのやめれば?」

帰り道、俺が柴田にそう言い放つ。

「そういうの、ですか?」

わけのわからない柴田が首を傾げる。

「うん。そういう甘っちょろい考え」

「甘っちょろい・・・?」

途端に柴田の表情がこわばった。

「いつまでも犯人に同情したりさ、犯人の気持ち理解したフリするの」

「フリだなんて・・・」

「お前にわかるの?ヒトゴロシの気持ち。中途半端な同情はヤメロって言ってるんだよ」

柴田の歩みが止まった。

「お前が中途半端に同情するから、あいつらだって調子に乗ってあーだこーだ演説はじめるんじゃね?いっつもさ」

「・・・じゃあ」

「ん?」

「・・・じゃあ、真山さんにはわかるんですか?犯罪者の気持ちが」

柴田が真っ直ぐに俺の顔を見つめる。

俺は柴田と一瞬目を合わせると、すぐに逃げるように前を向く。

「・・・少なくとも、お前よりはな」

「・・・・」

「お前ほど心がさ、綺麗じゃねぇんだ。俺」

「真山さ・・・」

「じゃあな」

何か言いたそうな柴田を残して、俺は一人雑踏に紛れた。

 

 

それから俺は飲み屋で一人呑んだ。

このもやもやした気持ちはなんだろう?

アイツが犯人に甘いのはいつものことじゃないか。

いくら考えても答えは纏まらない。

酒には強いほうだが、今日はいつにもましてアルコールが体にまわらない。

ビールはまるで、炭酸水のようで。

日本酒なんて水と同じだ。

何をしても面白くなくて、苛立ったまま店を出た。

時間は夜中の2時。

明日は仕事だというのに、ここままだと弐係に行く気も、アイツのオトボケ捜査に付き合う気もしない。

いっそ休んでしまおうか。

・・・そしたらアイツはどんな顔をするんだろうか。

ぼんやりと考えながら家路に着く。

エレベーターを降りた瞬間、俺の動きが止まる。

 

「柴田?」

俺の部屋の前で、柴田がうずくまっている。

慌てて駆け寄ると、すうすうと寝息を立ててのんきに眠っていた。

・・・一瞬心配してしまった。

誰もいないはずなのに、ちょっと気恥ずかしくて誤魔化すように柴田の頭を思いっきり叩いた。

「おい!人の家の前で寝てんじゃねぇよ。迷惑だよ」

柴田の頬をぺちぺちと叩く。

「・・・あ・・・」

柴田の目が薄く開いた。

「『あ』じゃねぇよ。何してんの?こんなところで」

「真山さんを・・・待ってました」

「待ってましたって・・・もう3時になるよ?」

「え?もうおやつの時間ですか〜?」

寝ぼけているらしく、柴田がにやりと笑う。

「昼じゃねぇよ。夜中の3時」

俺の手刀が柴田の頭にヒットする。

 

「お前さ、今日持ってないの?合鍵」

「え?持ってますよ?ほら」

柴田が握っていた鍵を俺に見せた。

「じゃあ、中で待ってろよ。いつもそうしてるでしょ?お前」

ため息混じりにそう言った。

「だって・・・」

「『だって』何?」

「真山さん、怒ってたから・・・」

柴田の顔が、ゆがむ。

「ああ、むかついたね」

しゃがんで柴田と同じ目線になる。

「お前さ、いい加減慣れろよ?刑事って仕事にさ」

柴田が俺の目を真っ直ぐ見つめる。

「俺らの仕事わかってる?罪を犯したヤツを見つけて、逮捕する。裁くのはお仕事じゃないの。犯人の気持ちなんで知っても、どうしようもないの。ね?」

「・・・わかってます」

「わかってるならさ、いちいち同情して説教たれるんじゃないよ。そういうところ、見ててイライラするんだよ」

「すみません・・・」

棒読みな柴田の言葉に苛立つ。

「わかってないのに謝るなよ」

「・・・真山さんだって・・・」

「何だよ」

「真山さんだってわかってないじゃないですか」

「・・・え?」

「私は・・・そんなに綺麗じゃありません」

柴田が俯いた。

 

「真山さん、さっきおっしゃいましたけど・・・『お前ほど心が綺麗じゃない』って」

「・・・ああ」

「私、綺麗なんかじゃないです。真山さんが思ってるより、ずっとずっと汚いんです」

「柴田・・・」

柴田のでっかい目には涙が溜ってて、今にも零れそうだった。

「私だって・・・人を、殺そうとした事ありますから」

苦しそうに柴田が呟く。

 

そんな柴田の様子を俺はぼんやりと見つめる。

何故だかはわからない。

俺の中の感情が全て停止したかのように俺はその光景をじっと見つめた。

 

「私きっと、綺麗なフリをしているだけなんです。本当はすごく醜くて・・・きっと真山さんあきれます。

私なんかの傍にいたくなくなります。きっと部屋で待ってられるのがすごい苦痛になってしまうと思うんです。

・・・だから・・・どうしてもこの扉を開けることが出来なくて・・・」

柴田が吐き出すように一気に続けた。

その顔も、どこか綺麗だなぁとぼんやりと見ていた。

 

「朝倉?」

自分でも驚くほど急に言葉が出た。

「え?」

柴田が俺のほうをもう一度見た。

「お前が殺したくなったのって・・・朝倉?」

すると柴田の瞳から涙が一粒、流れた。

 

「朝倉と・・・私自身です」

 

「私自身?」

訳がわからなくて、柴田の言葉を繰り返す。

「あなたを・・・刺した・・・自分が許せなかったんです」

柴田の涙は堰を切ったように溢れている。

その涙に、俺の心の中の枷が急に、取れた。

 

俺は何を言わせているんだろう?

どうしてこんなにつらい思いをコイツにさせているんだろう?

コイツは、悪くも汚くもない。

誰よりも綺麗で、正しくて。

そんなコイツを俺はきっと汚したくて仕方なかったんだろう。

もやもやは、その欲求だったんだ。

 

「・・・柴田」

涙を指で掬う。

柴田は黙って俯いたままだ。

「・・・悪かったよ、ゴメン」

俺の言葉に驚いて急に顔を上げた。

「・・・何だよ?」

照れ臭くなってつい憎まれ口を叩く。

「だって・・・真山さんが私に謝ってくださるなんて・・・」

「悪いかよ?」

「いいえ」

なんだか嬉しそうに柴田がくすくすと笑った。

 

・・・さっきまで泣いてたくせに。

そう思っても、顔は自然と笑顔になって。

それから、柴田をきつく、抱きしめた。

柴田の手を握ろうとして、その手にあった鍵に触れた。

   これを渡した時は、こんなに大切な存在になるなんて思ってもみなかった。

   ただ、単純にお前には死んで欲しくなかったんだ。

   ・・・違うか。あのころはまだ、この気持ちを認めていなかっただけで、既にお前が大切だったんだよな?

 

柴田の鍵は、柴田の手と同じ温度だった。

きっと、コイツはずっと鍵を握り締めて俺の帰りを待っていたんだろう。

俺がお前の傍にいたくないなんて思うはずはないのに。

・・・相変わらず、頭の悪い女。

 

 

「真山さん・・・くるしい・・・」

「お前さぁ、人がせっかく・・・ムードとか考えないわけ?」

「だって・・・」

「もう、ほんと、ブチ壊しだよ。最悪」

「え?え?いいところだったんですか?」

「そう。チューぐらいはしてやろうかな〜?って思ってたんだけど」

「嘘!・・・じゃあ、黙ります。はじめっから行きましょう」

「初めってどこだよ!・・・もういいよ。終わり〜」

「え〜?・・・真山さんの意地悪〜」

「意地悪で結構」

「嘘です!真山さん優しい!!世界一!!」

「嘘くせ〜」

「嘘じゃないですよ、本心です。本心」

「へぇ・・・」

「あ!疑ってますね〜?」

「当たり前でしょ?俺のどこが世界一なの?言ってみろよ」

「そんな・・・恥ずかしくって・・・」

「言ってやったらチューしてやるよ」

「え?・・・えっと・・・う〜んと・・・」

「思いつかないのかよ!!」

「思いつかないわけじゃ・・・いっぱいありすぎて・・・」

「ホントだろうな?」

「はい!」

「・・・わかったよ。ほらじっとしろ」

 

 

「・・・真山さん・・・」

「何だよ」

「本当は真山さんがキスしたかっただけじゃないですか?」

「調子にのるんじゃねぇよ」

「あいた!・・・すみません・・・」

 

 

柴田が俺の部屋の鍵を開ける。

当たり前だけど、その鍵は俺の部屋の鍵穴とぴったり一致して。

それが何故かとても嬉しかった。

 

鍵を渡したのは、ほんの偶然で。

あの時、お前が来なかったらきっと渡してなどいなかった。

金魚の世話よりも、俺はきっとお前に「俺という存在がいた証拠」を持っていて欲しかったんだ。

自分勝手だとわかっていた。でも俺はエゴイストだから。

俺を忘れて欲しくなかった。たとえみんなが忘れても。お前だけには。

 

柴田。

かわいそうにな。

俺はずっとお前を手放さないよ?お前がいくら嫌だといっても。

お前の意思なんて関係ないからな。

かわいそうに。

 

でも。

お願いだから、そばにいて

俺の気が遠くなりそうなお前への想いを受け止めてくれ。

くるおしいほど、あいしているから。