過不足なく
ベッドがぎしりと悲鳴をあげ、私の体はゆっくりと横たわった。 背中の下に枕があったのが気持ち悪くて、身じろいだ。 「あ、悪い」 男の手が伸びて、背中の下から枕を抜いてくれた。 そして、その腕はそのまま私のシャツのボタンに手をかけた。
節くれだった、男の人にしては細めの指がひとつひとつボタンをはずしていく。 いつもの言動からは想像もつかないくらい、その動作は優しい。
私は肺にあった息をふうっと一気に吐き出した。 その息で男の前髪が僅かに揺れた。 風呂上りの髪は、柔らかそうだ。
こうやって、ボタンをはずされている間、正直どうしていれば良いのかよく分からない。 以前はあまりの恥ずかしさに、腕で顔を覆ったり、天井を見ていたり、横を向いてやり過ごしていたりしたが、 今はそこまでの恥ずかしさはない。 かといって、目を瞑っていたら男に「それはそれでやりにくい」と怒られた事もあった。 「生贄じゃないんだからさ」 男の意見はなんとなく分かる気がした。 これほどない「合意の上」での行為だというのに。
これ以上怒られるのは嫌なので、今日はしっかり目を開けておこうと決めた。 と言っても、何を見たら良いのか分からない。 とりあえず、目の前にあったものを凝視してみた。
それは、男の体。 お風呂上りで、下はスエットを履いているが、上半身はなにも身につけていなかった。 比較対照が他にないので、はっきりと言い切れないけれど、細い体だと思う。 けれど、私の体を支えてくれるほどの力はちゃんとあって。 筋肉がつき過ぎず、なさ過ぎず。 丁度いいバランスの体。 上手く言えないけれど、この体は好きだ。
「・・・ねえ」 男が、いつの間にか私の顔を訝しげに見ていた。 「はい?」 「見ないでくれる?」 「え?」 「照れるんだけど」 男が、私の視線に気がついたらしい。 顔を見上げようとしたら、目が合ってしまった。 「どこ見てんの?乳首?」 「ちがいます!!」 つい、声を荒げてしまった。 「・・・じゃあ、何?」 男に訊かれた。
「えっと・・・真山さんの・・・カラダ、です」 少し躊躇しながら答えると、男の頬が緩んだのが見えた。 「なんだよ。見るなよ、エロ」 男の目尻に皺が沢山出来ている。 「・・・真山さんだって、私のハダカいっつも見てるじゃないですか〜」 敵わないと知りながら、抵抗を試みる。 「俺はいいの」 男は澄ました顔でそう言い放つ。いかにも彼らしい。 「ずるーい」 私は拗ねて頬を膨らませた。 そして男を少し睨んでみた。
負けてしまうのは嫌なので、私は意地になってもう一度男の裸を見た。 よく見ると、腹筋のところが少し割れていた。
手を伸ばして男のお腹に触ってみた。 びくっと一瞬、男が反応した。 「・・・お前、指冷たいね。冷え性?」 彼は笑っていた。まだ前戯も十分じゃないため、私の体温は上がっていない。 臍の辺りからつつっと指でなぞり上げる。 指先だけで軽く触れているのに、腹筋の確かさが伝わってくる。 「真山さん、腹筋割れているんですねぇ」 私がそう言うと、男は意外そうな顔をした」 「・・・一応ね。何?お前そんなところに興味があるの?」 「いえ、ちょっと気になっただけでして・・・」 「もっとライダーみたいに割れてたほうが良かった?」 「ライダー?」 「あれ?見てなかった?仮面ライダー」 「あー、私はちょっと・・・真山さんより8つも若いですから」 「うるせー。お前なんか俺が中二の時にまだ保育園だったくせに」 「拗ねないで下さい。ただのジェネレーションギャップじゃないですか〜。それに私は保育園ではなく幼稚園でした」 「・・・お前ムカつく」 男が私を組み敷いた体勢やめ、ベッドに座りこんだ。 セックスする気が、失せたらしい。
「あーあー、今の冗談です」 私は慌てて起き上がる。 全てボタンを外されていたせいで、シャツの身頃が体をすべり落ち、腕のところで止まった。 「・・・もういいよ。どうせ俺、おっさんだし?」 「そんな事言ってないじゃないですか〜」 『おっさん』は、こんな風に拗ねたりなんてしない。
私はもう一度、男に触れた。 やっぱり、適度に筋肉のついている、肩にそっと手を置く。 半裸の男を、後ろから抱きしめるような格好になった。 男が少しだけ、私のほうに顔を傾けた。 「・・・時々ね、思うんです」 「何が?」 完全に顔をこちらに向けている訳ではないので、表情は見えない。 「真山さんが、もっと入ってきてくれたらいいのにって」 そう言うと、男が怪訝な顔をこちらに向けた。 「何?今度は俺の長さ批判?」 「ちが・・・」 男の言った意味をワンテンポ遅れて理解し、私の顔は赤くなった。
「違います!そういう意味じゃなくって・・・イメージの話です」 「?」 一層、男の顔が険しくなる。 「例えば、真山さんごと私の中に入って来てくれたら、もっとひとつになれるのになーって思うんです」 「・・・なんか、凄い事言うね、お前」 一転、男が軽く笑った。
一箇所だけ、なんて物足りない。 もっと、私の中に入ってきて欲しい。 もっともっと私の中に入ってきて、もっともっと痕を残して欲しい。
昔は、「純愛」を信じていた。 心だけで結びついている関係が、この世にはあると。 もちろん今も疑っているわけではない。 だけど、この男を知って、気づいた事は、 どうやら私には出来そうにもないという事。
最初は、いくら好きな人とはいえ、自分の中に他人が入ってくるのが嫌だった。 舌を絡ませるキスでさえ、嫌悪感を抱きそうだった。 それが、今ではどうだろう。 あなたを受け入れられるのが、何よりも幸せだ。
もっともっと、欲しくなる。 それは、快楽ではなくて。 凄まじいほどの独占欲と、愛されたいという欲望。
これを性欲と呼ぶのなら、私の欲求は果てることなどないのだろう。
腕を伸ばし、首に抱きつく。 「・・・真山さん・・・」 小さく、男の名を呼ぶ。 「ライダーさんじゃなくてもいいです。真山さんの体が好き、です」 肌の触感も、筋肉のつき方も、細さも、肌の色も 貴方の体だから、好きなんです。
ふぅーというため息が聞こえた。 「何、お前・・・いつからそんなになったの?」 「・・・そんなって?」 「エロいというか、積極的というかさ・・・」 男は呆れたようでもあった。 「昔は、色気も何もなかったのにね・・・」 こちらを振り返り、複雑な表情で私を見つめた。
「・・・駄目ですか?」 私がそう訊くと、男は口惜しそうな顔をした。 「そういうのを、殺し文句っていうの」
どんなに貪欲な私でも、その男はちゃんと私を受け止めてくれる。 決して大きすぎず、小さすぎない。 ちゃんと私にあったココロで。
過不足のない彼。 こんな恋人は出来すぎだと思うけど、それを口に出したら彼が得意気になりそうなので黙っておく。 それは、私だけが知っていれば良い事だから。
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