June

 

 

 

 

外は雨降りで、じめじめしている。

こんな天気も傘をさすのも好きじゃない俺は、つい舌打ちをしてしまう。

 

思いがけず煙草の買い置きが無くなったのも、俺の機嫌の悪さに拍車をかけていた。

コンビニでいつもの煙草とビール、そして目に付いたつまみを買い、家に戻る。

 

 

やっと自分のマンションに到着し、ビニールの安い傘を畳む。

傘を乱暴に振って水を切っても、雨水はまだだらだらと垂れてきた。

見ない振りをして、そのまま部屋に向かった。

 

 

 

ドアを開けると、部屋の隅にぺたりと座っている柴田が振り返った。

「あ、真山さんおかえりなさい〜」

呑気な挨拶に思わず脱力する。

 

「お前さ、腹減ってないの?」

傘を玄関に適当に立てかけて、部屋に上がる。

「あれ?…お昼、食べませんでしたっけ?」

「もう6時だよ。お前満腹中枢も時間間隔もおかしいよ」

コンビニの袋からビールを取り出して早速缶を開ける。

プシュという音が、飲む前から爽快感をくれた。

 

 

柴田は何かに熱中しているらしく、こちらに背を向けてなにかごそごそしている。

横目でそれを見ながら、冷たいビールをあおる。

じめじめした空気が一気に自分の周りから引いていく気がした。

 

「真山さん、サインペンってないですか?」

柴田が首だけくるりと回して、こっちに顔を向ける。

「ないんじゃない?」

探すのが面倒くさいわけではなく、実際にこの部屋でサインペンを見た記憶がない。

「…じゃあ、ボールペンでもいいか」

柴田は足元のカバンを引き寄せ、ごそごそと中を探り始めた。

「っていうかさぁ、お前のそのでかいカバンには何が入ってんの?」

半ば呆れて、ぐっとビールを流し込んだ。

「あ、ありました。…ちゃんと描けるかなぁ」

 

柴田が人の話をまったく聞かずに会話にならないのは、いつものことだ。

コンビニの袋を探り、イカのつまみを取り出した。

割り箸を割ったら真ん中できれいに割れず、なんとなく眉間に皺が寄ってしまった。

湿気のせいかとこじつけで考える。

 

「できました!!」

 

柴田がうれしそうに大声で言うと、やっと体ごとこっちを向いた。

 

 

「お前、なんか作ってたの?」

イカの容器の蓋にマヨネーズを出す。七味はこの部屋にあっただろうか。

「はい!!頑張りました」

ずずっと柴田がこっちに寄ってくる。

俺はそこで初めて柴田が作っていたものを目にした。

 

「…なにそれ」

思わず笑ってしまった。

「あれ?真山さんご存じないですか?」

柴田が勝ち誇ったように、それを俺の目の前につきつける。

 

「てるてるぼうず、ですよ」

 

それは、おそらくティッシュだけでつくられた小さなてるてるぼうずだった。

芸術センスのない柴田が作っただけあって、頭と体のバランスが悪い。

その上、なんだか不気味に笑っている。

 

「怖えよ!なんだよこれ」

ぱしんと小気味いい音を立てて、柴田の頭を叩いた。

「いったぁ〜い…ですから、これはですね、『てるてるぼうず』といいまして…」

「知ってるよ!なんでこいつうっすら笑ってんだよ。気味悪ぃよ」

漫画なら『にやり』と効果音がつきそうな笑い方は、ホラーにも通じるものがありそうだ。

「え〜?かわいいじゃないですかー」

「どこがだよ!こういうのはなぁ、目だけでいいんだよ。怖ぇ、こっち見てるよこいつ〜」

「真山さん、ちょっと怯えすぎですよ…やっぱりこの可愛さに真山さんはわからないんですね」

「なんだよ、その憐れみの表情、むかつくんだよ!」

乱暴に頭を掴んでぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「きゃー!やめてください〜!!」

積み重なった苛々をもてあましていた俺は、じたばたと抵抗する柴田をここぞとばかりにおもちゃのようにしてしまう。

 

「もうやだぁ〜、やめてくださいよー」

そろそろ本気で嫌がり始めそうな柴田をやっと解放する。

いつもぐちゃぐちゃの髪型のくせに、こういう時だけ髪を整える柴田は、恨めしそうに俺を見上げた。

その視線をかわしてビールを一口飲むと、例の不気味なてるてるぼうずが床に転がってた。

手にとってもう一度それを見る。

相変わらずてるてるぼうずはにやりとこちらを見てほくそえんでた。

 

「大体さ、こういうのって効き目あんの?」

さっきまでの視線とは一転、柴田はにっこりと笑って答える。

「効き目、ありますよ。昔から母がね、作ってくれたんです」

「…お前が作って効いたことあんの?」

「なにぶん、私が一人で作ったのは今日が初めてでして…」

えへへと柴田が笑う。

「だろうと思ったよ…」

なんとなく馬鹿に出来ないような気がして、柴田にてるてるぼうずを渡す。

 

 

「だって真山さん、明日も雨だったら捜査行ってくれないですよね?」

「…わかってんじゃん」

「それに、雨だと真山さんちょっと楽しくなさそうですし」

ほんの一瞬、固まってしまった。

別に機嫌の悪いことを隠してはいなかったがあからさまに表に出していたかと思うと

なんとなくばつが悪い気がした。

柴田を見ると、目が合ってふと微笑まれた。

…非常に居心地が悪い。

 

そんな俺のかすかな葛藤を知ってか知らずか。

柴田はまた俺の目の前にてるてるぼうずを突きつけてきた。

 

「明日晴れて、真山さんが気分良く一緒に捜査に行ってくれるのって素敵だと思いませんか?」

「…思いません」

なるべくそちらを見ないように、てるてるぼうずを手で押し返す。

柴田がぷうと頬を膨らませて、判りやすく拗ねる。

「真山さん、次の査定…知りませんよ?」

「それ、パワハラ。告発するよ?告発」

次は唇を尖らせて、まるで子供のようだ。

「あ、真山さんだけ食べてる。私の分はないんですか?」

俺の手元のイカのつまみにやっと気づいて、柴田は勝手にコンビニの袋を漁り始める。

「ないよ。俺が俺の分の食料を買ってきたの。わかる?」

「あ!出し巻き卵。私これ好きなんですよね〜」

「勝手に出すんじゃないよ!あっ、お前なに空けてんだよ」

「いただきまーす。あ、これってレンジで温めた方がいいですかね?」

「人の話し聞いてる?泥棒だよ、ね?おまわりさーん!!」

「真山さーん、これって何分くらい温めたらいいんですかね?…15分くらい?」

「そんなわけねえだろ!って、ねぇ、人の話聞いて?しばたぁ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。真山さん、今日晴れてますよー!」

珍しく早く起きた柴田に起こされた。

「なんだよ…梅雨あけちゃったの?」

「まだみたいですよ。きっと私のてるてるぼうずが効いたんですねー!!」

まだ起き切っていない頭で柴田の相手をするのは難しい。

ゆっくりとベッドから起き上がって首を回すと、コキコキと音が鳴る。

 

「真山さーん、起きてますかー?早く支度して行きましょう!今日は捜査日和ですよ〜」

視線を遣ると、柴田は既に着替えをして準備万端の様子だった。

時計を見て、自分の体内時計に狂いがないのを確認すると、漸く洗面台に向かう。

 

柴田は勝手にパンを焼いている様だ。

トーストの香ばしいにおいがたちこめている。

今日は焦がさずに食べられるといいけれど。

 

 

 

いつものように顔を洗って、いつものように着替えをする。

シャツを羽織って、ネクタイをに少し緩めに締める。

スーツを手に取った瞬間、ポケットに何か入っているのに気づいた。

 

ポケットの中から出てきたのは、てるてるぼうず。

見覚えのあるそれは、昨日と同じに不気味に笑っていた。

 

 

窓の外に目をやると、梅雨には似つかわしくない爽やかな青空が見えた。

掌の中のてるてるぼうずを親指で一回だけ撫でて、またポケットに戻す。

 

 

 

 

「真山さーん!なんか、パンがちょっと焦げちゃってるみたいなんですけど…」

「・・・お前さぁ、なんでトーストくらいまともに焼けないの?」