いい湯だな

 

 

週末、いつものように柴田は真山の部屋に来ていた。

それは、ここ最近始まった習慣ではなく、もうすっかりお馴染みとなった習慣。

近所の人は、あの人相も愛想も悪い真山がよく結婚できたとカン違いしているほどだった。

 

もちろん真山にとって、週末ごとに女が家に来るのは喜ばしい事であったが、

女との週末ライフにおいて、不満がないわけでもなかった。

 

「ね、柴田。一個聞いてもいい?」

「なんですか?真山さん」

「何でお前、一緒に風呂はいるの嫌がるの?」

「え?だって・・・恥ずかしいじゃないですか・・・」

「何を今更・・・」

「だって、お風呂はいるときって裸になるんですよ〜?男の人とお風呂に入るなんて・・・信じられません!」

「・・・お前さ、前服着ながら風呂に入ってなかった?」

「えっと、アレは緊急事態で・・・」

「お前が裸で風呂に入るってことを知ってったってことが俺には信じらんないよ」

一回くらい入ってみようよ。な?」

「できません」

「・・・ふーん。あっそ。つまんないね〜、お前って」

「え、え〜?」

「俺、風呂はいってくるよ。一人寂しく」

悲しそうな柴田を残して、俺は一人いじけたフリをして風呂場に行く。

 

でも、当然このままおとなしく風呂に入っているわけはなく。

自然と、顔がにやけてしまう。

鼻歌なんか歌っちゃって。

さて、どうやってアイツをおびき寄せようか。

 

ま、頭いいくせにアイツは賢くないからな。

「しーばたぁ〜?」

風呂では、声が反響して思ったよりも大きな声になる。

「な、なんですか?」

柴田が、風呂の前に来たらしい。ガラス越しに姿が見えた。

その声は、どこか警戒しているようだ。

「柴田、シャンプー取って、シャンプー。切れちゃった」

「え?どこにあるんですか?」

「洗面台の下の所。買い置きあるでしょ?」

「ええと・・・ちょっと待ってください・・・。あ、ありました。シャンプーですよね?」

「うん。ちょーだい。」

「え?あの、ここ置いてちゃ、ダメですか?」

「ダメ。ちょーだい」

「どうしても、ですか?」

「うん。どうしても」

「じゃあ、真山さん湯船に入ってて下さいね」

「・・・なんで?」

「だって、真山さん、裸なんでしょ?」

「当たり前じゃん。お前じゃないんだからさ」

「しつこいですよ、真山さん。・・・じゃあ、開けますからね?いいですか?」

「はいはい。いつでもどうぞ」

ガラス戸が、ゆっくりと遠慮がちに開く。

 

「・・・よかった、ちゃんと湯船に入ってて下さって」

「何?もしかして期待してたの?エッチ」

「期待なんかしてませんよ。え?真山さん、お風呂にまで煙草持ち込むんですか?」

「悪い?煙草は俺の恋人なの。文句言わずにお風呂まで来てくれるし?」

「・・・・・・」

「ね?風呂、入んないの?楽しいのに・・・」

「結構です」

「あ〜んなことや、こ〜んなことも出来ちゃうよ?」

「いいです。したくないですから」

「何、お前完全にへそ曲げたな?」

「曲げてなんかいないです。真山さんの馬鹿」

「馬鹿って・・・お前にだけは言われたくないんですけど?」

「そんなに煙草がお好きなら、煙草といやらしいことすればいいじゃないですか!」

「お前さ、何言ってるかわかってる?かわいくないよ?」

「別に真山さんに可愛いって思ってもらわなくても結構です!」

「あ、そう。どこまでもいじける気なわけね。せっかくの週末を」

「だから、いじけてなんかいませんってば!真山さんのわからずや!」

ああ、もう完全に柴田はご機嫌斜めだな、と真山は悟った。

仕方ない、アレをやるか。・・・やりたくはなかったが。

 

「柴田」

「何ですか?もう私、今日は失礼します!お家に帰って、親孝行でも」

「ウチに帰んの?無理だよ。無理。残念でしたー」

「何でそんなこと真山さんが決めるんですか?私は私の意志で帰りますから」

「だ〜から、無理なんだって。ほら」

 

そう言って、真山は湯船の中に隠し持っていた洗面器の水を柴田めがけてぶちまけた。

 

ぽたぽたと、柴田のからだから水が滴る。

「お、いいね〜。『水も滴るいい女』?」

「それを言うなら、『水も滴るいい男』ではないでしょうか?」

「知ってるよ!いちいち突っ込まなくていいの」

「といいますか、真山さん酷いです〜」

「何で?」

「こんなに濡れちゃったら、お風呂に入るしかないじゃないですか〜」

「どこが酷いの?かわいらしいオトコゴコロじゃないの」

「かわいらしいって・・・どこがですか?」

「お前さらっと失礼なヤツだね。ってかさ、眺めいいね〜、それ」

「え?何がですか?」

「ん?その白い服から透けて見えるブラジャー。それってある意味裸よりか、エロいよ」

「きゃ!真山さんの変態〜!!」

 

「そ。そ。変態でもなんでもいいからさ。おいで、柴田」

真山が、腕を広げて待っている。

こんなに優しく迎えられたのは初めてで、柴田の胸がきゅうっと鳴った。

途端に、真山に触れたくなった。

真山に触れて、真山を傍に感じて、真山を抱きしめたくなった。

その腕に、その胸に、その肌に。

もしも触れたら、自分の不安がなくなってしまうような気がした。

真山も、そうなのかもしれない。

カタチに見えない言葉や想いは、カラダを合わせることで確かなものになる、と。

 

「じゃあ、いきますけど。ちょっとお願い、いいですか?」

「何?言ってみな」

「電気、消してもらえますか?」

「は?電気?」

「はい。だって、裸見られたら、恥ずかしいですもん」

「だから、君の裸なんて飽きるくらい見てるの、俺は」

「・・・飽きたんですか?」

「飽きないねぇ。だんだんエロくなってきて。いいカンジだよ、お前」

「ありがとうございます」

「電気、本当に消して欲しい?」

「はい、できれば・・・」

「いいけどさ、俺きっとその方が燃えるよ?」

「燃えちゃうんですか?」

「うん。すっごいよ?それでよければ」

「大丈夫です。私も今、そんな感じですから」

 

 

追い炊き機能がない真山の部屋のお風呂で

何時間も浸かり続けた二人が

風邪で倒れてその週末を台無しにしてしまった事は、彼らだけの内緒の話だそうだ